飾り翼の天使
著:人形
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「あなたの願いを、一つ、かなえて上げます」
 きれいな羽を持った天使が、
 文字通り天使の笑みを浮かべてそう言ったら、
 人々はいろいろな夢を膨らませるだろう。
 何をお願いしたらいいんだろう?
 何でも言っていいんだろうか?
 いや、まず「願い事を百にしてください」と言うべきだな。
 などと、さまざまな思いを張り巡らせるだろう。
 だが、
 それがしゃれにもならん現実となって現れたとき、
 人は、沈黙するのだ。 「あなたの願い事を、なんでも一つかなえちゃいますっ♪」
 バイトでくたくたになって帰宅した修一が鍵をあけた瞬間、
 目の前に、満面の笑みを浮かべた一人の少女がいた。
 そしてそう言った。
「………………」
 とりあえず、この少女が何を言ったかは理解した。
 そして、それがどういう意味であることも。
「はう………」
 修一はため息をつくと、とりあえず、少女を観察した。
 おそらく、十四、五歳ぐらいだろう。真っ白でふわふわのドレスを着ており、
 レースで飾り立てられている。頭にはおなじみのエンジェルリング、そして背中からは翼も生えている。
 ただし、
 リングは針金で、そして翼は糸でつってあるが………
「あのなぁ………」
「はいぃっ♪」
 これ以上ないというくらい幸せそうな返事をした少女に向かって、
 修一は、これ以上ないくらい、不機嫌なまなざしを向けた。
「俺は今日、朝の五時に起きた。何で起きたか知ってっか?」
「は、はいぃ?」
 いきなりの質問に、彼女は目を白黒させた。
 かまわず、修一は繰り返す。
「何で起きたか知ってっか?」
「い、いいえぇ〜〜」
「朝補習というな、学校の悪しき伝統にあがらいきれずに、やむなくだ」
「大変ですねぇ〜〜〜」
「しかもその後本授業。そして終わったら、バイト、バイト、バイトだ」
「ご苦労様ですぅ〜〜〜」
 修一はそこで、一旦息を切った。
「だからな………」
「はいぃぃっ♪」
 まるで何も分かっていないふうに、それともすべてが分かっているのかも………
 そんなことを考えながら、修一は口を開いた。
「疲労&いらいらマックスの時に、おめぇみてぇななぁんも考えてねぇ不法侵入者見ると、腹がたってしょうがないんだよっ!!!!!」
「うきゃあああああああああああああ!?」
 安アパートに、悲鳴がとどろいた………

「さて・・・おめえ、一体誰だ?」
「あううぅぅぅ…………」
 散々叩かれて痛いのだろう、少女は恨みがましい声をあげながら上目遣いで修一のほうを見る。
 それにかまわず、修一は続けた。一言一句、噛み締めるように。
「お前は、一体、誰なんだ?」
「うううぅぅぅううううっ!」
 いつしかその声は、不満げな響きを含み始めた。少しばかり頬を膨らませ、少女はこちらを睨み(というほど鋭いものではないが)付けている。
 修一は溜息をつくと、ポツリとつぶやいた。
「………今度は、グーでいくぞ」
「ファメールと申しますぅ♪」
 少女――ファメールはあっさりと、笑顔(多少引きつらせて)を浮かべて言った。
「ったく、さっさといやあいいんだよ」
 修一は不機嫌そうにそう言うと、コタツの上に置いたスナック菓子を一つ口に放り込む。
「………で、だ」
 放り込んだスナック菓子をぼりぼりと噛み砕きながら、彼は不機嫌そうに言った。
「何のようだ? 犯罪者」
「えぇ?」
 面食らった表情をしているファメールを無視して、修一はさらに続ける。
「なにが目的だ? 犯罪者」
「え、あのぉ……」
「なにが楽しい? 犯罪者」
「ちょっとぉ……」
「警察に行くか? 犯罪者」
「あううぅぅぅ……」
「お前は絶対、犯罪者」
「しくしくしく………」
 泣き出したファメールを見て、修一は観察者の目のままに言った。
「ふむ。犯罪者という自覚はあるみたいだな」
「なんでですかぁ〜〜〜〜!?」
 かけらも濡れていない目(おそらく泣きまねだったのだろう)を、修一のほうに向け、
 ファメールは思わず立ち上がってそう言った。
「やかましいっ! 古今東西、人の家に無断で入りこんで、
『一つだけ願い事をかなえますッ♪』
 なんぞのたまう精神異常者は犯罪者だと相場が決まっとるんだっ!!!」
「あぁ〜〜、でもぉ、でもぉっ」
 少女は手をじたばたさせながら、なにか良い言い訳はないかと頭を巡らせる。
「うぅ〜〜・・・あっ♪ ほらっ、わたし、こんなに可愛いですよっ♪」
「あん?」
 そう言われて、修一はあらためてファメールを観察した。
 かすかに霞がかかったかのような、薄いブルーアイ。
 ゆるいウェーブのかかった髪は、綺麗に肩口で切りそろえられており、清潔感をこちらに漂わせている。
 少々唇が薄い気がしたが、幼い外見にあいまって、むしろ少女らしさをかもし出していた。
確かに、十人が十人とも、彼女を美少女だと言うであろう。
 だが………
「思慮、分別、常識のない女はだいっ嫌いだ」
 修一はきっぱりとそう言い放った。
「しくしくしく……」
 再び泣き(おそらく真似だろうが……)はじめたファメールに向かって、
 修一はもう一度溜息をついた。
「で、まじで一体何のようなんだよ?
 見たところ物取りには……まぁ、死んでも見えんが……」
「あのぉ、ですからぁ」
 彼女は修一に向かって手をパタパタと振りながら(おそらく、自分の格好をアピールしているのだろう)、一生懸命にそう言った。
「わたし、天使ですぅ」
「…………」
 修一は、今度こそ完全に黙り込んで、半眼でファメールを睨み付けた。
 しかし、不意にはっとしたように。目を見開くと、次の瞬間、哀れみを含んだ瞳に変る。
 そして―――
「すまなかったッ」
「え、ええぇ??」
「辛かったんだよな?」
「は、はいぃ??」
「いやっ! みなまで言うなっ! 世間の冷たさ、規格化、合理化に耐え切れず、
 そういう行為に走ってしまったんだよな? な!? なっ!?」
「え〜〜〜と………」
 半ば混乱しているファメールに、修一は有無を言わせず続けた。
「だから、な、病院行くぞ」
「だからなんでですかああああ!?」
 じたばたと抵抗するファメールを、足で踏みつけながら修一は叫んだ
「やかましいっ! これ以上疲れるのはまっぴらなんだっ! 俺はっ!」
「あ〜〜〜んっ! そんなぁ〜〜〜〜!」
 しかし、天使と名乗っているからかどうかは知らないが、ファメールは修一の猛襲を巧みにかわすと、思いのほか身軽に部屋の隅へと逃げた。
 そして、ぜーぜーと荒い息をつきながらだが、ファメールはにっこりして言った。
「と、とりあえず、何か、願い、事、言って、みません? どうせ、だめ、もとじゃ、ないですかぁ」
「お、おのれの、くだらん、遊び、に、付き合う、じ、自分が、嫌だっ!」
「ご、強情ですね……」
「犯罪者が偉そうだな……」
「まあ、それはおいといてっ♪」
「一番、重要なことだと俺は思うぞ……」
 修一はあきれた顔でそうつぶやいたが、やがてため息混じりに言った。
「じゃあ、おまえは一体何ができんだよ?」
「願い事を言ってくれるんですかっ?」 
 顔全体に期待と歓喜をいっぱいに浮かべて、彼女は修一に擦り寄ってきた。
 そんな彼女を蹴倒しながら、修一はうざったそうに言う。
「なんでもいいから、何が出来るのか言え。それなりに聞ける話だったら、飴玉ぐらいやるから」
「……なんか、ひどく屈辱を受けてる気がするんですが……」
「気のせいだ」
 きっぱりとそう言いきると、修一はベットに腰掛けながらパタパタと手を振った。
「ほれっ、だからなんか言えっ、聞いてやっから」
 彼女も、それなりに何か引っかかるものがあったが、聞いてくれるうちに聞いてもらおうと決めたのか、にっこり笑って言った。
「歌が歌えますっ♪」
「上手下手を無視すりゃあ、誰だって歌えるわっ!」
「泳げますっ♪」
「それなりに自慢かもしれんが、今の状況とはまったく関係ない!」
「ミントアイスなら、2リットルはいけますっ♪」
「………それは自慢だな……」
 修一はあきれと驚きを含んだ声で、ポツリとつぶやいた………

 その後、数々のやり取りが行われたが、やがて、修一の心にある一つの結論がたった。
『これ以上、付き合うと馬鹿だ』
 そもそも、願い事を何でもかなえると言っているのだ。
 言ってみても損はない。
 それに、これ以上時間が過ぎると、明日の朝補習に間に合わない。
「よし。おいっ」
「名前で呼んでくれません〜?」
「なんか恥ずかしいからいやだ。んなことより、願い事を言うから、聞け」
 瞬間、彼女の顔がほころんだ。状況さえまともなら、勘違いしていたかもしれない。
「はいぃ〜〜♪♪」
 例えどんな女であれ、喜んでいる姿を見るのは悪くない。ましてや、彼女は性格を抜きにすれば、間違いなく美少女である。
 そんなことを考えつつも、修一はのんびりとつぶやいた。
「出ていけ」
「…………はっ?」
「今すぐに、五秒以内に、俺の視界から存在しなくなれ」
「……………」
 一瞬、泣くかな? とも思ったが、しばらく(と言ってもほんのすぐだが)してきょとんとした眼差しをこちらに向けた。
「そんなことで良いんですかぁ?」
 修一は、少しばかりたじろくほどの、なんともすっきり……というかのっぺりとした表情のないファメールの顔を見て、とりあえず頷いた。
「あ、ああ」
「分かりました」
 そう言って、彼女はにたりと笑った。
 にたり、と…………
「? っおいっ!? 俺は出て行けと言ったぞ!!」
 そんな修一の声には耳も貸さず、彼女はゆるゆると修一のほうへと近づきつつ、言った。
「ご契約、ありがとうございますぅ。それでは、これから契約を遂行いたしますのでぇ、その代償をいただきますぅ」
 そう言って、彼女は背中から、飾りの翼を、そして頭の上で揺れていたリングのまがいものをむしりとった。
 そして、ゆるりと、修一を見た。
「おいっ! お前、天使じゃなかったのかよ!? おいっ!!!」
「そうじゃないことは、修一さんが一番よく分かってるんじゃないですかぁ?」
 そう言って、彼女は笑みを―――最初に会ったときと同じ、無垢な笑みを浮かべた。
 そして、
 彼女は、いずこからか、巨大な、黒い鎌を取り出した………
「それでは、代償をいただきますぅ♪」
 その鎌は、大きく振り上げられ…………

 END


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