もう一つの道
著:リュウジ
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第一章 「初音島」

 風に揺れる桜の木、見とれてしまうほどの綺麗な桜の木。


 でもその木を見ていると、とても寒く、寂しく、悲しく、見れば見るほどそんな感情が胸に溢れてきた。


 こんなにも綺麗な桜の木なのに、見入ってしまうほど孤独を感じた。


 そう、この木は孤独そのものなのかもしれない。


 誰もいないこの空間にただ一本の木だけが立っている。


 それだけの理由、誰もいないという理由だけでこの木は孤独なのだろう。


 だが俺はこんな綺麗な桜の木をずっと眺めずにはいられなかった。いや、眺めることしか出来なかった。


 触れることも、近づくこともできない。自分さえ動くことが許されなかった。


 あの木に触れてみたい、だがそんな僅かな行動も叶わず自分はただ傍観することしかできなかった。


 しかしこの木は他にも別の何か、不思議なものを感じた。自分の未来が見透かされているような、そんな感覚。


 自分の未来を予言されているのか、もしくは何かを知らせるものなのか。


 そんなことを考えていると、周りの景色が白く薄くなっていくのに気づいた。


 どんどん景色が白に埋め尽くされていく光景、こんな普通には起こりえない光景を見ていると不思議な感じだった。


 そしてまわりの景色が完全に白くなりかけた時に俺は、この木のことをもう一度見たいと思った。


 あの木はなにか俺に伝えたかったものがある、そう感じた。


 もう一度この木と会わなければならない、何か伝えたかったその答えをもってもう一度、そう思った。


 そう思ったが最後、次に見た光景はガラス張りからみえるあたり一面の青い海だった。




「夢か・・・あれは、なんだったんだろう。」


 さっきのは夢であったが、不思議とさっきの木を見た感覚が残っているような気がした。


 とりあえず、この眠気を覚まそうと外に出ようと思った。


 扉を開けた瞬間、外の空気が一気に俺を包み込む。


 気持ちいい日差しとあたり一面に広がる青い海、眠気覚ましには贅沢といえるほどの絶景と環境だった。


 そう、ここは船の上だったのだ。待っているうちに寝入ってしまったのだろう。


 俺は大きく背伸びをして目的の場所の方角を眺めてみる。


 少しだけだが港が見えてきた。それと同時に、


 「まもなく初音島、初音島に到着いたします。お忘れ物などに気をつけて降りる準備をしてください。」


 そう、俺の目的の場所とは初音島。話を聞く限りでは、一年中桜が咲いていると言われている不思議な島。


 正直疑っていたがこれから見にいくのだ。すぐに真実がわかるだろう。


 忘れてはいけないのが俺はこの初音島で幼馴染の桜内義之に会いに行くこと、そして彼の家に居候しにいくのが俺の目的。


 昔は義之も同じ町で暮らしていたのだが、随分前に初音島に引っ越してしまったのだ。


 まあ追いかける形になってしまったが、正直俺は一刻も早く地元から遠出をしたかった。


 自分の町が気に入らないのか、義之とは特別仲がよかったのか、毎日が退屈に思えて仕方がなかった。


 また、親との仲もよくなかったのも理由の一つだった。


 俺も今年で高1、いい機会だと思って俺は他の学校に転校することに決めた。


 それであいつが通ってる学校に行こうと思い連絡をとってみれば、すんなり居候の許可を得たのだ。


 義之の親を見たことはなかったが、心の広い方達でよかったと心底思う。


 俺の親も少し悩んだ末に許可をくれたので俺は嬉しくて胸が弾けた。


 親が拒否したところで、俺はそれに従うことは無かっただろう。


 そして今の現状に至るのだった。


 一刻もはやく地元を離れて遠出をしたいと思っていた俺は、今の気分は絶頂に達していた。


 あまり好きではなかったのもあるのか、親と離れるのがここまで気分を良くさせるものなのかと、妙に複雑な気持ちもあった。


 初音島らしき島ががくっきり見えてきたころには他の人たちはもう降りる準備をしていた。


 俺もさくさくと準備を済ませ、期待に胸を膨らませ初音島に到着するのを心待ちにしていた。




 「足場には十分に気をつけてお降りください」


 初音島に到着してアナウンスが流れる。


 待ちに待った初音島に一歩を踏み出し俺はかの友人、桜内義之の姿を探す。


 人ごみの中を俺は流れに沿って船を降りる。


 とうとうやってきた初音島。周りを見回すと、あたり一面のピンク色、桜が咲いていた。


 まだ3月なのに、本当に桜が咲いていた。年中無休で桜が咲いているってのもなかなか悪くない光景だった。


 周りの人たちも、「すご〜い!」「きれ〜い!」と浮かれ気分に浸っていた。


 でも、俺もその気持ちは同じだった。ここまで桜が綺麗だといいたくもなるだろう。


 とりあえずは桜はいつでも見れると分かったので、俺は昔の友人、義之の姿を探すことにした。


 しかし俺が義之と会ったのは小学3年の時が最後、それ以来まったく会っていない。


 義之を見て分かるかと少し不安が生じたが、それを一気に打ち砕く言葉が耳に入る。


「お前、もしかして・・・龍次か?」


 俺はその言葉の発せられたほうを反射的に振り向く。


 そこには、俺と同じ背ぐらいのきりっとした感じの青年が立っていた。


 顔立ちもしっかりしていてどちらかといえば爽やかな感じだ。


 発言からするとこの青年は、


「やっぱり龍次じゃないか!俺だよ。義之だよ!」


 義之だった。すっかり様変わりした義之が俺の前に立っていた。


「まさか、義之か?やっぱ6年も会ってなかったから義之じゃないかと思ったよ。」


「俺も最初は戸惑ったけど、なんとなく一目でわかったよ。」


 なんとなくか。たぶん雰囲気かなんかで分かるのだろう。


 まあ俺もなんとなく義之だとはわかっていたぞ。うん。決して嘘ではないぞ。


 まあとにもかくにも、こうして俺達は再会することができた。


「ここの桜、凄いだろ?俺も最初に来たときははしゃいだからな。」


「ここまで綺麗だと、もう驚くしかないって感じだよ。」


 4月にしか見れない花がいつでも見られるのは悪い気分ではない。むしろ華やかな気分になれる。


「まあとりあえず、お前の荷物を俺の家に持っていこうか。」


 そして俺達は義之の家へ向かうことになった。




 俺達は道中、お互いが離れ離れになってからの話をしていた。


 義之の話を聞く限りでは、充実した日々を送っていることが悟れる。


 俺も毎日が退屈、などとは言えないので話を変えながら日々のことを語った。


 義之は昔ながらのフレンドリーな感じだったので、話が途切れることの無い充実な時間を過ごすことが出来た。


 ここは俺も見習うべきところだな。俺はすぐ話が途切れる方だからな。


「まあ龍次が来たいっていった時は驚いたけどな。急にだったからな。」


「押しかけるような形になってすまなかった。他に遠出する場所が思いつかなくて。」


 これは俺が一方的に義之の所に邪魔するわけだ。いまでも申し訳ないと思っている。


「そんなのはいいんだよ。あと、久しぶりに会えてよかったしな。家が賑やかになって嬉しいしな。」


「義之・・・」


 本当に義之はいいやつだ、改めて思った。


 普通だったら居候までさせてくれるような家はないのに、それにも関わらず友達という理由だけで俺をおいてくれる。


 俺は必ず義之の力になろう、そう誓った。そんなことを思っていると、、


「ここが俺の、いや、お前の家になる芳野家だ。」


 そこには、いかにも和といった感じのごくごく普通にある一軒家。


 昔ながらの日本の家といえる作りだった。


「ん?芳野って・・・確か義之の名字って桜内じゃなかったか?」


 そう、家の前には芳野と書いてあるのだが、義之の名字は桜内。疑問を感じてもおかしくなかった。


「ああ。俺はもともと親がいなくて捨て子だったらしいんだ。だから名字も名前も今のこの家主につけてもらったんだよ。


 もともとは俺、初音島の出身だったんだが、さくらさん達が引き取れない状態だったから一時、龍次の町においてもらってたんだよ。」


 義之が捨て子、そのことに俺は正直驚いた。確かに義之の家にいったことは一度もなかったが、捨て子だとは微塵にも思ってなかった。


 義之は俺がこじつけてここに来た理由なんかよりももっとつらいものを背負っていたのだ。


 それを思うとなんだか自分が情けなくなってきた。


「まあ、こっちに俺に名前をくれた親がいることしってたから、親がいないと思ったことはなかったよ。」


 普通は親が遠いところにいたら悲しいはずなのに。人のこと言えるかどうかは定かだが、義之は強いな、そう思った。


「義之は・・・強いんだな。」


 素直な気持ちから自然にこの言葉がもれた。


「そんなことないよ。なんかしんみりした話して悪いな。まあまず家に入ろうか。」


「そうだな。じゃあ、これからお世話になります。」


 そうして俺は門の前で深々と頭をさげ、義之の家に一歩を踏み入れた。ここからが俺の始まりだと感じた。


 さっそく義之の家にあがると、普通の家より少し広めだが、なんら変わらない廊下がのびている。


 でも、少し懐かしさを纏っているように見える気がした。


「じゃあ荷物くるまで居間でのんびりしてようか。」


「そうだな。そうさせてもらうよ。」


 お互いの意見が同意した上で、居間に向かうことにした。


 居間に入ると、真ん中にこたつという実に和風を漂わせるものだった。


 他にはテレビ、掛け軸というまさに日本を感じさせるものだった。


 こういう居間はわりと好きだった。和むというか、癒されるというか。


「適当にくつろいでてくれ。今お茶いれてくるからさ。」


「ありがとう。悪いな。」


 本当に義之は気がきくな。昔からそういう性格だったけど、毎回感心させられるよ。


 そうしてお茶を持ってきてくれた義之と荷物が届く時間までお互いのことを話し合っていた。


 少し時間がたってからインターホンの音が聞こえた。


「お、やっと荷物が届いたかな。」


 そうして玄関へと二人で向かうと、予想通り宅配の人がまっていた。


 引越しセンターの人たちは関心するほど手間がよく、みるみる荷物が二階の自分の部屋へと持ち込まれる。


 さほど時間もかからずに終わり、お礼を言った後俺達は部屋の片付けの仕事へと移る。


 まだみぬ自分の部屋、期待と緊張を胸に二階への階段と一歩を踏み出す、と大袈裟に自分のなかで思ってみる。


「今日からはここがお前の部屋だ。」


 そこに広がっていたのは、居候の俺には悪いほどの申し分ない広さの部屋。


 床に三人は軽く寝れるぐらいに広く、それでいて日が通りやすいと思わせるほどに日が差し込んでいる。


「この部屋を俺が使ってもいいのか?」


「そうだけど、不満か?」


 不満なものか。逆にこっちが悪いと思うぐらいだ。


「こんな立派な部屋使わせてもらうのが逆に悪い気がしてさ。」


「そんなの気にするなよ。どうせ使わないし、俺合わせて二人しかいないしさ。」


 断るばかりも失礼な気がして、俺はこの部屋を使わせてもらうことにする。


「そういえば、義之ともう一人の人って?」


 俺は気になっていた質問を聞いてみた。義之の家族は昔から一度も見たことなかったから気になっていた。


「ああ、もう一人は芳野さくらさん。この家の当主だよ。こっちに来てからお世話になってる人だよ。」


 さくらさんか。今日から俺もお世話になる身、迷惑などないように心掛けないと。


「まあさくらさんの前ではそんな改まった態度はしなくていいよ。あの人は気さくでそういうの好まない人だし気楽にしてくれればいいよ。」


「でもまあ初対面だし、やっぱ礼儀は必要だよ。」


 いきなり初対面で、この家の当主、つまり俺はお世話になる身、軽い言動、態度は慎んだほうがいいだろうと思う。


「まあ会えばすぐ慣れるよ。じゃあまずは部屋片付けないとな。」


「だな。ちゃっちゃと終わらせますか!」


 そういって俺達は部屋の片付けに取り組んだ。


 部屋の掃除がここまで楽しいと感じたのは初めてだった。義之がいるのも一つだが、これが自分の部屋になると思ってやると自然に体が動く。


 片付けが終わったころには、ちょうど日が沈む頃合でちょうどいい時間になっていた。


「よし、だいたい終わったな。そろそろさくらさん達も帰ってくるぐらいだし、夕飯にするか。」


「そうだな。後は俺一人でもできるし。今日はサンキューな。」


 そういうと、義之は気にするなと言うかのような素振りで下へと降りてった。


「もう少しやっていくかな。」


 義之が下に下りていった後、また少し自分の部屋を掃除して、きりのいいとこで終わらせた。


 終わって階段を下りていくのと同時に、インターホンの音が聞こえる。そこに義之が今からでてくるのを見かける。


「お、ちょうど終わったか。もう夕飯できるから居間で待ってくれるか?」


 分かったと義之に告げた後、俺は居間へと向かう。


 そんなに間もなく義之が戻ってくると、


「こんばんは〜!君が弟君の言ってた龍次君?」


 そこに入ってきたのは義之ではなく、目を疑うほどの美人が二人。


 一人は後ろのリボンがよく目立つロングヘアーでお姉さんな感じを漂わせて、少し甘えてみたいというものがある感じだ。


 そしてもう一人は、両側につけた丸い髪飾りがチャームポイントの、少し幼い感じで守ってあげたいタイプな子だ。


 俺は今幻覚を見ているのかと、その場であっけにとられていた。


「初めまして。私は朝倉音姫です。で、こっちは私の妹の由夢ちゃん。」


「初めまして。朝倉由夢です。今後ともよろしくお願いします。」


 と、礼儀正しい挨拶が二つ。俺はまだあっけにとられているのを振りほどき、


「あ、ど、どうも。三藤龍次です。こちらこそよろしくお願いします。」


 と少し棒読みになってしまった。こんな不意打ちには慣れてないせいだろう。というか全国の男どもが許されていないようなシチュエーションだった。


「ああ、まだ話してなかったな。隣に住んでる朝倉姉妹だよ。俺とは昔からの馴染みでね。」


 義之のやつ、こんな二人に囲まれながら生活していたのか。さっき言ったことをぶち壊すようなポジションだな。


 正直言ってかなり羨ましいと思ったが、自分もそのポジションにこれたと思うと、義之には感謝仕切れないほどだな。


「さくらさんは遅くなるらしいから、4人で食べちゃうか。」


「そうだね。あ、弟君、私も手伝うよ。」


 そうして音姫さんと義之は台所へと向かっていった。


 そして残されたのは、妹のほうにあたる由夢ちゃんのほうだ。


「えっと、由夢ちゃんは今何年生?」


 最初から沈黙はまずいかと思い、話をふってみた。


「私は今度から中学3年です。あ、あと私のことは由夢って呼んでもらって構いませんから。」


 と満面の笑顔を向ける。この笑顔は凶器かと思うぐらいの可愛らしい笑顔だった。赤面してないか少し心配だった。


「兄さん、ご飯まだ〜?早くしてよ〜!」


 無邪気な声が義之たちに向けられる。


「もう少しだからまってろ!」


 ぶ〜・・・という由夢の愛らしい表情、こんな毎日をおくっていた義之にまた羨ましいものを一つ。


 は!っと由夢は何か気づいたのか?という反応をして、


「あ、えっと・・・いつもはこうじゃないんですけどね!えっとですね。い、今のはなかったことに!」


 ちょっとだらしないところを見せて焦って赤面になっているのが、これまた可愛いというか。反則だな。


 そこにもう一人の天使が、


「さあ、お夕飯できたよ!たくさん食べてね!」


 音姫さんが放った笑顔も凶器のようなこの愛らしい笑顔。


 音姫さんも反則なほどのものを備えているようだ。この姉妹自体が反則ですね。うん。


 こんなことはもう二度とないだろうと思い、俺はこの贅沢を今のうちに存分に味わっておくことにする。


 夕飯を食べ終えてから、


「今日さくらさん遅いな。大丈夫かな?」


「あ、兄さん。さくらさんから伝言で今日は帰れそうにないって。」


 徹夜になるほどの大仕事をおっているのだろうか、俺が思っているよりもさくらさんはもっと偉大な人なのかと思った。


「さくらさんは何の仕事をしてるんだ?」


 そう聞かずにはいられない自分がいた。気になることは早めに聞くのがいいのかもな。場合にもよるけど。


「さくらさんは私達の学校、風見学園の学園長なんだよ。」


 この家は万国ビックリショーなのかと思うぐらいに驚かされることばかりだ。


 まさか俺が通うことになる風見学園の学園長だとは思いもよらなかった。


 それを考えてみると、さくらさんが手筈をとってくれたおかげでの入校なのかもしれないな。


「まあ明日ぐらいには帰ってくると思うから、その時に挨拶なりすればいいよな?」


「ああ。仕事なら仕方ないさ。ここに住むことになるんだから会おうと思えばいつでも会えるしさ。」


 そうしてさくらさんの話題はストップし、朝倉姉妹と義之のことなど、自分がいた町のこと、この一晩でたくさんの話を聞いたり話した。


 時間を忘れるぐらいに話した。話を終えたころには、もうこの美人姉妹と話すことに緊張がなくなっていた。


 ここに来た理由などを二人は何も言わず聞いてくれて、素直に受け入れてくれた。


 ここまで心が広い人たちがいると、地元の人たちの態度とは大違いだった。ここにきて心底よかったと思った。


 そして、義之と朝倉姉妹との関係なども聞けた。これで少しこの朝倉姉妹と義之との距離が縮まったと思う。


 こうして俺は芳野家での一日を終えた。1日目がここまで充実するとは思いもよらなかった。


 二人が帰った後、自分の部屋はまだ寝られるほどではなかったので義之の部屋に行き、


「お前には感謝しきれないな。こんな良い人たちと関わらせてくれたり、本当にありがとうな。」


「なんか改まって言われると照れるな。まあこれからもこんな感じだけどよろしくな!」


 俺もこちらこそと言って握手をした。また夜遅くまで話し合い、気づかぬ内に二人は眠りにおちていた。


 明日からの俺の初音島での生活に期待を、そしてこれからが俺の旅の始まりなのだと。

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