地下室
★君は世界の全てを持っている。花も、水も、星も、命も、なにもかも★
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 階段を降りると地下室への扉がある。扉を開けると中は暗闇で、1メートルほど先の闇にほの白く浮かんでいる光をつかんで引っ張ると、思いのほか明るい蛍光燈が灯る。部屋が明るくなると、グリーンのカーペットが敷かれた6畳ほどのスペースが輪郭をなす。調度の類は極めて少なく、ベッドがひとつと、おおきめのスピーカを持ったオーディオ機器、CDやMDなどが入ったラックと小さな本棚がある。壁には白一色の壁紙が貼ってあり、右手の壁上方に、アンティークな鳩時計がすえつけてある。そして、正面のベッドの上に、一人の少女が座っているのが見える。13、4歳くらいのその少女は、壁に固定された2メートルほどの鎖の先端にある首輪に繋がれている。たくさんの大きなフリルとリボンに彩られた、赤を基調としたその服は、よく洗濯されているのかとても清潔で、少女自身も、波打つ豊かな髪から、丸みを帯びてきた身体から、リンスと石鹸の香りを発散している。

 神居鈴は、満足そうに少女を見ると、脇に立てかけてあった折り畳みテーブルを広げ、用意してあった食事をその上に並べる。パン、グリーンサラダ、ポタージュスープ、マカロニグラタン、ミルク、それが今日の献立。「温かいうちにお食べ」と神居鈴が言うと、少女は「いただきます」と一言だけ言って、料理を口に運びはじめる。20分ほどすると、食器の中身は綺麗になくなる。

 食事が終わったのを見届けると、神居鈴は10分ほど待って無造作に首輪の鍵を外し、左壁にある扉を開けて、少女を連れて中に入る。中はシャワー室になっていて、アイボリーのタイルの上に、忘れられた玩具のように、ボディソープとシャンプー、リンスが転がっている。神居鈴は、てきぱきと少女の衣服を剥ぎ取ると、それらをたたんで入り口脇の洗濯物かごに入れ、カランで水がお湯に変わるのを確かめてシャワーに切り替え、慣れた手つきで少女を洗いはじめる。体を拭いて身綺麗にし、髪をドライヤで乾かし、新しい下着と服を着せてアクセサリで飾り付けを済ますと、神居鈴はもう一度少女を鎖に繋ぐ。日に日に美しく成長していく少女を幸せそうに見つめた後、神居鈴は地下室から出て行く。この作業を、毎日続けている。たまに話をしたり、右の扉の中にある機械で運動させたりしながら、もう何年もこの作業を続けている。1日たりとも欠かさず、ずっと続けている。

 神居鈴は、少女のことを全て知っていると思っている。そして、少女が神居鈴のことを全て判ってくれていると思っている。だが、神居鈴は、ただひとつだけ少女に隠し事をしている。ずっと隠し通すつもりはなく、いつか話そうとは思っている。ふと、そのことを思う。 ――ねえ、君は知ってる? 世界にはもう、ほかに誰一人として、人間がいないことを。この地下室だけが、今もまだ生き続ける、2人だけの世界だってことを。たったひとつの、理想境だってことを――

 ――――――――――――おわり
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