バスタイム in 柚原家
第二回葉鍵板最萌トーナメント出展作品
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 満たされた湯船からミルクの匂いが立ち上る柚原家の夜7時半。ぼんやりと湯煙踊る浴室の中で、その肢体にお湯をかけているひとりの女性の姿が摺りガラスに影を写す。柚原家の大黒ばし…もとい、柚原家の笑顔を支えるパワフルママさん、柚原春夏その人である。
「ふう……」
 吐息がひとつ、湯気を舞わせて零れ落ちる。
 その音につられてか、首筋から胸元へ一滴、水滴がつたって谷間へと落ちる。谷間を渡った水滴は、滑らかな肌理の上を静かに流れ、蜂のようにくびれたウェストラインを確かめるようになぞりながら、眼下の茂みの中へ入っていく。
「……………」
 再度、桶にお湯を満たして、左肩の上から流しかける春夏。
 ざーっとお湯のはじける音。彼女の身体を、勢いよく熱い水流が洗っていく。
 もう一度、今度は右肩から。
 そのたびに、娘のそれとは違う豊かな胸が、湯の洗礼を受けてふるふると揺れ、うっとりと熟れて誘うようなおしりから、ぽたぽたと熱い湯が流れ落ちていく。
 ほつれ毛のかかるうなじは愛撫を待ち望むかの如くにしっとりと濡れて、誰かを見つめるような鴇色の乳首は、歓喜の涙のような雫をたたえている。
 二重の瞼をうっすらと伏せた瞳は口に含んでそのままの飴玉のようで、しゃがんで折り曲げられた柔らかいふとももは、母性と女性の同居する、えもいわれぬ香りを惜しげもなく発散していた。
「ふう……」
 またひとつ、吐息。
 辺りに漂う香りは、乳白色の香りか、それとも春夏の香りか。
 並の男がかいだなら、くらくらと失神してしまうような芳香満たされた浴室。そこは、あるいはもう人間の住むこの世ではなく、女神の住まう秘められた湖だったのかもしれない。

 ――と

「……」
 ふと、無言で立ち上がると、扉にかけたバスタオルをくるりと巻く春夏。
 そして、何を思ったかそのまま窓の方へ――


     ※


「犬は……へへ、よーく寝てやがらぁ」
 柚原家の裏庭に不審な人影。黒で統一した上下にキャップ。柚原家飼い犬のゲンジ丸が眠りこけているのを確認しつつ、すすすと浴室の窓に近寄っていく。どうやら覗き男のようだ。
「ここん家の親子はどっちも上玉だかんなぁ、前から拝んでみたかったんだよな。へへ、どっちが入ってんだろな? 奥さんか? 娘っ子か? くく、どっちもどっちの楽しみがあらぁな、ってなもんだ、ってよ…」
 そっと窓の下まで忍び寄る。摺りガラスなので中は見えないが、浴室の窓は、使い終わった後の換気のために開けておくことが多いので、鍵がかかっていないことがあるのだ。ちゃんとロックしてあった場合は諦めるしかないが、そこはギャンブルである。むしろ、当たりを引いたときの喜びが増すことを考えれば、これぞ覗きの醍醐味ともいえるだろう。
「ぬふ…開け〜ゴマ、っときたもんだ、ってなもんだ、ってよ…」
 そっと、窓に手をかけようと男の手が伸び――

  ガラッ

「へ?」
 いきなり開く窓。男が開けたのではない。
 そして眼前には一面に握り拳――

  ズドォオオオオオン!!!!!!

 悲鳴を上げる間もなく、黒ずくめの男が宙を舞う。そのまま塀に叩きつけられ…いや、塀にめり込ん…いや、塀を突き破って、そのまた向かいの塀にめり込んだ。
 …死んでないか?
「この世で私の身体を見ていい男は一人だけ――」
 浴室の窓の中、バスタオル一枚で仁王立ちになった春夏が、腐った生ゴミでも見るような目で、大の字にめり込んだ男を一瞥する。
「あの世で後悔することね、坊や」
 そう言い残すと、ピシャッと窓を閉めて、鍵をかける。
 あとには、ただ漠とした静寂と、春夏がお風呂を使う音。
 そして、柚原家の番犬、ゲンジ丸が漏らす、幸せそうな寝息だけが残っていた。

――――――――――――――――終わり
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