カステラと思い出とあの人
★変わったと思っても、「あの頃」は心の中にいつもいる★
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 長崎に行ったお土産が、長崎屋のカステラなんてベターすぎない?っていうのは友達の言い分。ま、確かにそうだよね、ちょっと芸がないかもってあたしも思う。でもね、やっぱりあたしにとってはカステラなんだ、長崎はね。あ、別にここの人たちがみんな毎日カステラばっかり食べてる、って思ってるわけじゃないよ。そう、個人的にね、食べたくなるんだカステラを。

 中学の頃お母さんとね、長崎に来たの。別に特別な何かがあったわけじゃないよ、お母さんの実家がこの辺りで、お盆に里帰りしただけだからさ。でね、そのお母さんの実家のお隣さんにね、犬がいたの。大きな犬でさ、真っ白でね、なんていったかな、秋田犬…だったっけ。よく覚えてないや。でも名前はよく覚えてるよ、ポールっていうんだ。ポール=マッカートニーのポールね。でねでね、そのポールとね、お隣さんちのお兄さんが遊んでたのね。遊んでたって言ったけど、最初は男の人が犬に襲われてるのかと思ったんだ。だってさ、ポールのあの大きな身体が人様の上にのしかかってるんだよ?襲われてるとしか思えないじゃない。でね、まあこんなでもあたし女の子だからさ、思わず悲鳴あげちゃったのね、キャーって。キャーなんてレトロすぎて恥ずかしくなるけど、その時はもうびっくりしちゃっててそんなこと考えてる余裕なんてなかった。どうしようどうしよう!って。でもさ、こっちがもうおろおろして泣きそうになってるってのに、お隣さんってばヨイショッとばかりにポールをのけて、さっさと立ち上がっちゃうのよ、恥ずかしそうに頭かきながらさ。聞いてみたらプロレスごっこっていうじゃない、もうあきれるやら恥ずかしいやら怒れてくるやら…。

 でね、気まずいながらも何となく話してるうちに打ち溶けちゃってね、お隣さんちの縁側に並んで座って、冷たいものをご馳走になった。その時に食べたんだ、長崎屋のカステラ。美味しかったよ、すごく。カステラなんてさ、別に珍しくもないし、家でもよく食べたもんだけど、その時のがいちばん美味しかった。でね、話に夢中になってた時にね、気が付くとなんかお隣さんの視線がほっぺに行くからさ、なにかと思ったらカステラのかけらがほっぺについてたんだ。あはは、なんかマンガみたいだよね。お隣さんもイジワルだよねー、ついてるならついてるで早く言ってくれればいいのに、黙ってじっと見てるんだもん。こっちもついイタズラっ気だしちゃってさ、「ちゅ―して取って♪」なんて、カステラのかけらがついたほっぺを差し出したんだ。そしたらもうさー、かわいそうになるくらいおろおろしちゃってさ。おかしかったなー、あの人の顔。

 その後まだ少し話してね、6時くらいかな、あたりが暗くなったからバイバイってあたし帰ったの。それからお隣さんには会ってない。次の日名古屋に帰る時、ポールにバイバイってしたけど、お隣さんは出かけてたみたいだし。あの人とはもうそれっきり。電話番号も聞かなかったし、信じられない話だけど、名前だって聞いてなかった。あの、カステラを並んで食べた日が最初で最後。何をしてるのか、元気なのかも判らない、特に知りたいとも思わない。でも、あれ以来あたしは、前よりカステラをよく食べるようになった。結婚して、子供が出来たいまでも……ね。

 ――――――――――――おわり
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