イブに咲く花
〜10年目のクリスマス〜
| Novels | Home | 



     1



 12月の恋人たちがいちばん優しくなる日。駅前をとりどりに彩るイルミネーションに唇をほころばせながら、柚原このみは隣に歩く大好きな人と繋いだ手に、きゅっと力を込める。
「きれいだね〜」
 24日のイブ・デート。誘ったのはこのみからだったか、それとも河野貴明からだったか。そんなことすらもう覚えていないほど溶け合った二人の日常も、この日ばかりは少しだけ特別な輝きを放ちながら過ぎていく。
 朝は隣同士である自宅前で待ち合わせ。電車に乗って繁華街まで繰り出し、クリスマスの飾り付けが踊る街を歩きながらショッピング。
 きらきらと光るシルバーアクセサリーや、サンタの格好をしたキャラクターグッズ、雪だるまを模した小物たちを見ながらの幸せな時間。
 この日のために新調したピンクのダッフルコートも心なしか軽やかに、二人で紡ぐ足音のメロディが街に踊る。
 そうして、特に高価な物ではないが、お互いへのクリスマス・プレゼントをそれぞれ買ったりしながら過ごした一日。そろそろ辺りは夕暮れを迎えていて、今は自分たちの街へと戻り、帰途へとついているところだった。
 夕方と言っても、辺りはもう夜のとばりが包み込む直前で、駅前のイルミネーションが照らす夜空は濃い藍色に染まっている。吹く風はもうすっかり冷たく、コート越しにも寒さが実感されるほどだ。
 とはいえ――、繋いだ手から伝わる温もりは、それを消して有り余るほどに暖かかったが。
「毎年、この飾り付けも派手になってくよなぁ」
 そう言って、貴明がしげしげと駅前ロータリーの噴水を見上げる。
 そこは、周囲いっぱいに光るイルミネーションの中でもいちばん派手な箇所。毎年意匠が違っているが、今年はどうやらそりに乗ったサンタクロースのようである。
「去年は、確かもみの木だったよね?」
「あー、そう言えばそうだっけ」
「うん。それで、おととしは流れ星だったかなぁ。毎年誰が考えてるんだろうね?」
 年ごとに違う飾り付けの意匠を、このみはひとつひとつ思い返す。もっと小さな頃は、そもそもこんなライトアップなどしていなかったような気もする。
「うーん。どうなんだろう。商工会の人とかか?」
「案外、タマお姉ちゃんが飾り付けしてたりして」
「はは、まさか……。いや、でもあり得るか? お祭り好きだし……」
「でしょでしょ?」
「となると、雄二あたりがこき使われて……。はは、なんかホントにそう思えてきたな」
 そう言って、貴明がくすくすと笑い声を漏らす。たぶん、向坂環にあれこれと叱られながら、ひいひいとクリスマスの飾り付けをする向坂雄二の姿を思い浮かべているのだろう。このみの脳裏にも、なんだかリアルにその光景が想起されて、申し訳ないとは思うのだが思わず笑ってしまう。
「じゃあ、ユウ君に感謝だね〜。こんなに綺麗に飾り付けしてもらって」
「そだな。ちゃんと彼女ができるまでは、毎年こんな感じ……、おっと」

 プルルル……

 不意に、貴明のポケットから電子音が鳴り始めた。
 彼はすぐにポケットから音の元――携帯電話を取り出すと、ピッピッと操作して音を止める。アラームをセットしていたようだ。
「もう時間か……」
 ふと噴水上部の時計に目を移す。示されている時間は17時15分だった。
「予備校?」
「うん」
 高校二年生である貴明は、この秋から予備校に通い始めている。前はそんなに勉強熱心な方ではなかったが、今年の春頃からだったろうか、以前よりも真面目に将来のことを考えるようになったようだ。
「……悪いな、イブなのに」
「ううん、気にしないで。もう来年は受験生だし、仕方ないよ」
 そう言って、このみは精一杯の微笑みを返す。
 もちろん一緒の時間が減るのは寂しい。しかし、それでも少ない時間を自分のために割いてくれる貴明の優しさは嬉しいし、また頼もしくもある。それどころか、最近は前にも増して、自分に温かく接してくれるようになったような気もするくらいだ。
 だから、できるだけ彼に協力してあげたいと思う。
「そか。ありがとな。――それじゃあ、そろそろ行くよ。明日はまた、一緒にいられるからさ」
「ホントに?」
「ああ。ケーキでも買って、食べよう」
「やたー!」
 貴明の言葉に、小さくガッツポーズ。
 ケーキもそうだが、明日また一緒にいられることが嬉しい。
 もっとも、家が隣同士だから、こうして予備校に行っているのでもなければ、いつも一緒にいるようなものではあるが。
「じゃ、もう行くな?」
「あ、待って待って!」
 そろそろ行かないと遅刻してしまうと言う時間。歩き出そうとする貴明を、このみはふと呼び止める。
「ん? なんだ?」
 くるりと振り返る貴明。
 その彼にもう少しだけ寄り添って、このみはとっておきの微笑みを浮かべる。
「忘れもの――」
 つっと小さく目を閉じて、あごをちょっとだけ上げて、来て来ての体勢。
 それは恋人たちだけに許されたおねだり。
「あー……」
 その要求に気づいたのか、小さく貴明のとまどう声が聞こえてくる。相変わらず、照れが先に立つのだろう。
 でも、おねだりを取りやめるつもりは全然無い。「ん、ん」と喉を鳴らして、早く来て来ての催促。
 そうしてしばらく待っていると、やがて――

 ――――……♪

「ん……」
 もう何回目だろうか、数え切れないほどの中の一回。
 でも、これまでがそうであったように、この一回もまた、何より特別な一回。
 触れあう箇所から温かく、とびっきりの『好き』が広がっていく。
 やがて離れて目を開けば、そこにはいつもの彼の顔。
 頬が赤くて、はにかんで。
 もちろん、自分だって――。
「甘えんぼめ……」
「甘えんぼだもん……♪ タカ君にだけ、甘えんぼ」
 くすくすと、どちらからともなく笑い声。
 そして、やはりどちらからともなく、もう一度『好き』が交わされる。
「じゃあ、いってらっしゃい。がんばってね」
「ああ、まかせとけって」
 このみの言葉に貴明が手を振って――
 今日の恋人たちの時間は、もう終わり。
 明日また、二人の時間が幸せであるように、イルミネーションにお願いをひとつだけ。
 そして、このみはゆっくりと、自分の家へと足を向けた。



     ※



「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る〜……♪」
 今日一日のことを思い出しながら、このみは帰り道の途中にある橋にさしかかる。冬の宵の口、周囲に人はあまりない。誰も聞いていないしと、なんとなくクリスマス・ソングなど口にしてしまうこのみである。
 とはいえ、その後に続く歌詞が思い出せず、なんとなく「ふんふんふ〜ん……」と鼻歌で濁してしまう。思わずぺろっと舌を出す。
「『赤鼻のトナカイ』なら唄えるんだけどな……」
 クリスマスの歌など、そういえば小学校のクリスマス会以来、まともに唄う機会はあまりなかった。
 去年までは、友達の吉岡チエや山田ミチルと毎年のようにクリスマスパーティを開いていたものの、改まって『ジングル・ベル』を唄ったことはない。どちらかというと、ポップスのメロディーを唄うことの方が多かったろうか。
 それを思い出して、今度はポップスの定番ナンバーを口ずさむ。
「夜に向かって雪が〜、降り積もると〜……♪」
 もうずいぶん前、このみが小学校の頃にリリースされた歌だが、この曲はよく覚えている。特に母親の春夏がお気に入りの曲で、よくコンポのスピーカーからメロディが流れていた。きっと、今もCDラックの目立つ場所に並んでいるだろう。
「あの赤煉瓦の停車場で、二度と帰らない誰かを待ってる〜……♪」
 このみ自身も、印象的なサビの部分がとても好きなメロディだ。そして、ちょうど次のセンテンスはそのサビの部分。思わず、唄う調子に力がこもる。
「今宵、涙こらえ……」
「ああーっ! もう! 見つからないなぁ!」
 ――と、いきなり周囲に響く大声。びっくりして、せっかくのサビが吹っ飛んでしまった。
「え、な、なに?」
 きょろきょろと辺りを見渡してみる。女の子の声のようだったが、いったい何事が起こったのだろうか。
 しかし、橋の上には特に誰もいない。このみがぽつんといるばかりである。
 ヘンだなと思ってもう一度ぐるりと見回してみるが、やはり誰もいない。
 しかし――
「もう〜! ドジっちゃったとはいえ、あれがないと何も出来ないなんて、不便もいいとこよ、ったく……」
「……?」
 まさか、と思ってこのみは橋の下をのぞいてみる。
 と、そこには――
「……サンタさん?」
 河川敷の草むらに、どこかで見たような格好で立っている一人の人物。
 赤い三角帽子、赤い靴、赤い上着。その全てに白いファーの縁取り。それはまぎれもなくサンタクロースの格好だった。
 しかし、決定的にイメージと違っていたのは、そのサンタがミニスカート姿だったことだ。赤いミニスカートからすらりと伸びた脚は紛れもなく女の子のもの。体型だって、よくあるふっくらとした太っちょ型ではなく、このみと同じくらいのほっそりした身体つき。もじゃもじゃのお髭も生えていないようだ。
 ただ、遠目にもわかる豊かな髪の毛は輝くような金色で、服の赤とのコントラストが綺麗だった。
「ん?」
 と、このみの気配に気づいたのか、そのサンタ――というより、サンタの格好をした女の子が、橋の上を見上げた。そして、ばっちりと合う目と目。
「あ、あの……」
 なんだか黙っているのもヘンな気がしたので、このみは努めて明るい声で、その子に声をかけた。
「どうしたんですか? そんなところで……」
「えっ……?」
 だが、その子はこのみの声に、なぜかびっくりしたような表情になった。暗いのでよく判らないが、そうとう驚いているような感じである。
「な、え? どうして……」
「はい?」
 まじまじと自分を見つめてくる女の子。何かおかしいところでもあるのかと、自分の格好に目を落としてみたが、別段変わったことはない。
「えっと、あの……」
「ああ、いや、まぁ……うん。そう言うこともある……のかな?」
「?」
 ますますハテナ。
「えっと……。その、何か探し物ですか?」
「あー……。うん、まぁ。ちょっと。たいした物じゃないんだけど……」
 何となく歯切れの悪い言葉。しかし、このみはその中に何か困っているらしい気配を感じた。
「あの、私も手伝いましょうか?」
 少し差し出がましいかなとは思ったが、それでも手伝った方が良いと思った。水のすぐ近くで風はいっそう冷たいし、ましてや辺りはもうすっかり真っ暗で、こんな中を一人で探し物は難しいだろう。
 しかし、その女の子はこのみの言葉にふるふると首を横に振った。
「ああ、いや、いいよいいよ」
「え、でも……」
「大丈夫。すぐ見つかると思うし」
 そういって、サンタの女の子は『ノー・プロブレム』とばかりに手を顔の前で振った。
 だが、このみにはとうてい大丈夫そうには見えない。先ほどの声音からしても、ずいぶん大事なものを探しているのだろう。
「でも……こんなに暗いし」
「大丈夫だから。ありがとう」
「そ、そうですか……」
 何度目かの申し出を断られ、さすがにこのみもこれ以上はお節介かと、言葉を引っ込める。まだ少し心配だったが、あまりしつこくしても気分を害してしまうだろう。
「それじゃあ……がんばってくださいね」
「うん。ありがとうね。じゃあ」
 その言葉を残して、サンタの子は下を向いて探し物を始めたようだった。話は終わり、と言うことだろうか。
 その姿を残して、このみは仕方なしに歩き出す。
 肌寒い風が渡る橋の上。きっと、河川敷はもっと冷たいのに違いない。
 なぜだか気になって仕方ないその女の子のことを考えながら、このみはその場を後にした。



     ※



「ただいまー……」
 家の玄関をくぐると、夕餉の美味しそうな香りが廊下に漂っている。
 今日はシチューだろうか。牛乳を含んだクリームの匂いがいっぱいに香って、いかにもおいしそうだ。
「あら、おかえりなさい。早かったのね?」
 シチューの香りをかぎながら買ったばかりのブーツを脱いでいると、母親の春夏がパタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関までやって来た。まだ料理の最中だったのだろう、持ったタオルでタオルで手を拭いている。
「あ、うん」
「今日はタカ君と一緒だったんでしょ? お夕飯食べてくるのかと思ってたけれど」
「タカ君、予備校だって」
「あら、そうなの? クリスマスなのに、頑張ってるのね」
「うん……」
 まだほどけないブーツの紐を指でもてあそびながら、このみは気の抜けた返事をする。気がかりなことがあったからだ。
「どうしたの?」
「え?」
「元気がないみたいだけど」
 このみの様子をどう思ったのか、春夏が心配そうに声をかけてくる。
 自分では顔に出しているつもりはなかったのに、母親の目はごまかせないらしい。
 だが、このみはゆるゆると首を振って「ううん、そんなことないよ」と返した。
 実際、何か自分にとって良くないことが起こったわけではない。ただ少し、気になるだけだ。
 だが、ことの次第を知らない春夏にとっては、娘の元気のない様子はやはり気になるのだろう。まして、デートから帰ってきた様子がこれでは無理からぬことだ。
「タカ君と喧嘩でもしたの?」
「ううん、タカ君とは仲良しだったよ。そうじゃなくて、もっと別のこと」
「そう……。じゃあ、やっぱり何かはあったのね」
「え? あっ……」
 知らず、心のとげを口にしてしまったことに気づくこのみ。別に隠していたわけではないが、何となく気まずい。
「なあに? お母さんにはナイショのこと?」
「うーん……」
 頭に浮かぶのは、あの赤い服を着た女の子。
 まだ、あの場所にいるのだろうか?
 冷たい風が吹く、12月の河川敷に――。
「ねえ、こんなに暗くなったらさ、探し物なんて出来ないよね」
 時計はもう18時を指そうかという時刻。外は真っ暗で月も低く、明かりはほとんど無い。
 懐中電灯を持っている様子はなかったし、こんな中で探し物など無理だと思う。
「探し物? 外で?」
「うん」
「そうね……、明るいところなら判らないけど、そうじゃないとちょっと難しいわね」
「そうだよね……」
「何か、落としたの?」
 もしも、大事なものを探しているのだとしたら。
 もしも、まだ見つからずにあの場所にいるのだとしたら。
「川の橋の下で……知らない女の子がいて……」
「女の子?」
 見も知らぬ他人。
 でも、言葉を交わした。
「たぶん、大事なものを落として……、だから……」
 たった一言二言だったけど、それでもあの子と声を交わした。
 それなのに、自分だけこんなところで温まっていて良いのだろうか?
 もしかして、あの子は河川敷で泣いているかもしれないのに――。
「……お母さん」
「なぁに?」
「私……、もう一回行ってくる!」
 やっぱり、放っておけない。
 例え袖触れあうだけの縁であったとしても、手の届くところにいる人を見て見ぬふりなんてできない。
 このみは急いで解きかけのブーツの紐を結び直す。この日のためにおろした新品の靴。汚れてしまうかも知れないけれど、そんなことはどうでもいい。
 早く行かないと、きっと凍えてしまう。
「ゴメンなさい。夕ご飯は、だから……」
「ふふ、いいわ。温めるだけにしておくから。いってらっしゃい」
「うん、ありがとう!」
「気をつけてね。あ、それと、ゲンジ丸を連れていくと良いわ」
「うん!」
 春夏の声に、このみは家で飼っている犬のリードを持って、表に出る。
 そして、犬小屋の中で寝ていたイングリッシュ・シープドッグを引きずり出してリードに繋ぐと、彼女はもう一度、夜の街へと駆けていった。



     ※



 聖夜の街並み。所々の家ではクリスマス・イルミネーションが光り、ともすれば無機質にも見える街を暖かく照らしていた。
 その中をこのみは駆け抜ける。
 目指すは河原、まだあの女の子がいるであろう河川敷。
 傍らでは、先ほどまでまどろんでいたところを叩き起こされたゲンジ丸が、ハァハァと息を切らしていた。犬のくせに体力のないことであるが、それでも主のスピードにきちんと付いてきている。
「まだ、いるかな……」
 もう探し物が見つかって、帰ってしまっただろうか?
 それならそれでも良い。自分もまた家に帰り、美味しいシチューで身体を温めよう。
 でも、まだいるならば――
 せめてその冷たさを半分に。
 やがて、吹く風に水の匂いが漂い始める頃、このみは高校へと通う途中にある橋へとたどり着いた。そして橋のたもとへ駆け寄ると、そこから広がる土手から河川敷へと降りていく。
 はたしてそこには、まだあの赤い服を着たサンタの子がうろうろしていた。
「あ、あのっ!」
「え――?」
 走ってきた勢いそのままに、このみは女の子に声をかける。
 すると、その子は屈んで下を見ていた顔をつっと上げてこちらを見た。
 そして広がる、驚きの表情。
「っとと……」
 ずささっ、と枯れた草むらをかき分けて、女の子の目の前で急ブレーキ。勢いが付きすぎていてつんのめりそうになったが、なんとか停止に成功。
「あ、あなたは……」
「えへへ……やっぱり来ちゃった」
 少し息を切らしながら、このみはそれでもその子に微笑みかける。
 近くで見ると、上から下まで文字通りのサンタクロースだった。赤い三角帽子に赤い上着。寒そうに伸びた脚を飾るミニスカートもやっぱり赤いし、もこもこのブーツだって目の覚めるような赤。そして、それらを彩る白いファーの縁取り。
 これでトナカイのそりとプレゼントを詰めた白い袋があれば、正真正銘のサンタクロースだ。
 思わず、このみは目の前のサンタ・ガールに見とれてしまう。
「どうして……」
 だが、当のサンタクロースの方はまだ状況がよく飲み込めていないのか、目をぱちくりさせているばかり。まさかこのみが戻ってくるとは思っていなかったのだろう。
「うーん。……やっぱり気になるから、かな」
「気になる?」
「だって、大切なもの探してたみたいだったし。こんなに暗いのに、一人で探すのは難しいんじゃないかなって」
 お節介かも知れないけれど仕方ない。気になるものは気になるのだから。
 だが、その女の子はこのみの言葉にますます申し訳なさそうな顔をする。
「そんな、悪いよ。それに……」
「それに?」
「こういう言い方は良くないかも知れないけれど、私、あなたとは関係ないただの他人なのに」
 そう言って、サンタクロースはつっと目を伏せる。何となく寂しそうな感じがしたのは、このみの気のせいだったろうか。
「関係はないかも知れないけど……、でも、困っている時はお互いさまだから」
「お互いさま?」
「そう、お互いさま。だから、一緒に探すよ。二人の方が、きっと早く見つかるし」
「……でも……」
「あと、これ……」
 まだ逡巡している様子のサンタクロースに、このみは持ってきていたビニール袋の中から、湯気の立つ紙袋を取って差しだした。とたん、当たりに美味しそうな匂いが広がっていく。
「えへ、買って来ちゃった」
 紙袋の橋から、白っぽいパン生地のようなものが見えている。そして、紙袋の表面には『井村屋』と書かれたロゴマーク。
「……?」
「あ、知らないかな。肉まんって言うんだよ。えっと……お肉の入ったおまんじゅう。温かくて美味しいよ? 好きなの判らなかったから、カスタードまんと、ピザまんも」
 そう言って、このみは紙袋を開いて中身を見せる。きっと凍えているだろうと、途中にあったコンビニで調達してきたものだ。
 具はどれもこのみの好きなものだったが、一つくらい食べられるものもあるだろう。サンタクロースなら、ピザまんあたりだろうか? それともカスタード?
「それと、コーヒー。紅茶も買って来ちゃった。どっちが好き? 紅茶はミルクティーだけど……。あっ、ダメ、ゲンジ丸! この肉まんはゲンジ丸のじゃないんだからぁ」
 漂う肉まんの香りに反応したのか、ゲンジ丸がしっぽを振りながらコンビニの袋に口を伸ばしていた。慌てて袋を高い高いして、獲物を狙っているらしいゲンジ丸を制する。
 ――と
「ふふ……、くすくす……」
 聞こえてくる笑い声。見ると、サンタクロースがおかしそうに笑っていた。
「あ、えへへ……」
 笑われたのが恥ずかしく、このみはゲンジ丸の頭をおさえておすまし。しかし、ゲンジ丸はまだ肉まんに未練があるらしく、なんとか主人の手をかいくぐってコンビニ袋に口を伸ばそうとする。
「も、もうっ。ゲンジ丸、おすわり! おすわりだったらぁ」
「あはは……、ふふ。大きな犬だね……」
「うん、ゲンジ丸って言って、ウチで飼ってる……、も、もう、ゲンジ丸ったら! しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ? これだけだからね?」
 どうやらおやつをあげないと収まりそうにないようで、このみは仕方なく肉まんを少しちぎって、ゲンジ丸に差しだした。
 とたん、このみの手にむしゃぶりつくようにして、肉まんを平らげてしまうゲンジ丸。このみが家に帰ってきた時には、もう晩ご飯は食べた後のはずなのだが、食欲旺盛なことである。
「はい。おしまい。……おしまい! もうあげません」
「あはは……」
 そんなやり取りをずっと見ていたらしいサンタの子が、まだ小さく笑っている。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと食いしんぼで……」
「ううん、いいよ。その方が可愛いし」
「そ、そかな。えへへ」
 少しだけ、二人で笑い合う。風はまだ冷たかったが、そこだけ何となく温かくなったような気がした。
 そして、このみはコンビニの袋から缶紅茶を取り出し、サンタの子に差しだす。
「あ、あの……、お節介だったかな」
「ううん。そんなことない」
 そう言って――
 女の子は、このみの手からミルクティーの缶を受け取った。
「――ありがとう、とっても温かい」
「うん! あ、私、柚原このみって言います」
「ゆずはら?」
「はい。えっと……、お名前、教えてくれると嬉しいな」
「……クレア」
 そう言って――、クレアはその名の通り、花が咲くように微笑んだ。
「クレア・マーガレット」
 少しカールしたプラチナブロンドの髪と、透き通るような青い瞳。あどけない中にも優しそうな微笑みを湛えた、とても可愛らしい子だった。サンタクロースの衣装も、よく似合っている。
 外国の人のようだから年の頃はよく判らないが、背格好からしてこのみと同年くらいだろうか。少なくとも、映画で観るような外国の学生さんたちよりは、幼い顔立ちをしていた。
「クレアさん?」
「ううん」
「え?」
「クレア、でいいよ。……このみちゃん」
「……うん! じゃあ……クレアちゃん!」
 そう言って、このみはクレアと名乗ったそのサンタクロースの子に笑いかける。
 そしてクレアもまた、このみの言葉に、とびっきりの笑顔で応えてくれたのだった。



     2



「笛?」
 クレアの言葉を、このみはオウム返しに繰り返す。
 買ってきた中華まんを2人と1匹で食べて温まり、では落とし物を探そうと言うことで、クレアに物は何かと聞いたのだ。そして返ってきた応えが『笛』だった。
「うん。このくらいの……」
 クレアが指で大きさを示す。40センチ弱くらいだろうか。
「象牙色だから、目立つと言えば目立つんだけど……。こう暗いとさすがに意味ないかも」
「河川敷の、どの辺りで落としたとかは?」
「それもよく……。何しろ、転げ落ちた場所が場所だったから」
「うん? どういうこと?」
「なんでもない。とにかく、この辺りのどこかというくらいしか判んないな」
「そっか……。じゃあ、とりあえずゲンジ丸にも探してもらおうかな」
 そう言って、このみは傍らに寝そべっていたゲンジ丸の脇に手を入れ、無理矢理起こす。そうでもしないと起きないのだから仕方ない。
 そして、ゲンジ丸が自分の足でちゃんと立ったことを確認すると、このみはクレアから借りたハンカチをゲンジ丸の鼻先に近づけた。
「ゲンジ丸、この匂いだよ。よーく覚えてね?」
「クゥン……」
 すると、ゲンジ丸は差し出されたハンカチに鼻先を向けて、フンフンと匂いをかぎ始める。そしてしばらくするとこのみに向き直り、一つ「ヲフ」と鳴いた。
「覚えた? じゃあ、これと同じ匂いをするものを探してきてね」
「ヲフ」
 このみの言葉に返事をするように鳴くゲンジ丸。そして、すぐに地面に鼻を近づけたかと思うと、そのままのそのそと夜の河川敷へと歩いていった。
「すごいなぁ……」
 一部始終を見ていたクレアが感嘆の声を漏らす。
「利口な犬なんだね。このみちゃんがしつけたの?」
「ううん、お父さんとお母さん。特にお母さんかなぁ、ちっちゃい頃に厳しくしつけてたから」
 まだ小学生の頃に、幼馴染みの向坂環が川で拾ってきたのを、柚原家で飼い始めたのがゲンジ丸である。ふさふさの長毛種で子供の頃からむくむくと可愛く、このみはよく甘やかしたものだ。
 逆に、春夏たちがこのみの分まで厳しくしつけたせいか、拾われっ子にしてはずいぶんと大人しい犬に育っていた。面倒くさがりらしくあまり動きたがらないが、ちゃんと命令すればそれなりに芸もする。――おあずけ以外は。
「でも嬉しいな。ゲンジ丸のこと褒めてもらえて」
「そう?」
「だって、友達に話すと、みんな『ヘンな犬だー』って言うんだもん」
 このみの脳裏に、吉岡チエや山田ミチルをはじめ、何人かの友人の顔が浮かぶ。なぜか、みな例外なく『ヘンだ』と言う。どうしてなのか、これだけはこのみにもまったく理由が判らない。こんなに可愛いのにと、首をかしげるばかりなのだ。
 しかし目の前のクレアも、そう訴えるこのみの言葉にあろうことか2〜3度頷いている。
「それは……、なんとなくそうかも」
「ひっどーい、クレアちゃんまで」
 ぷっと頬を膨らませながら、このみは少し離れた場所で地面をかぎ回っているゲンジ丸を見やる。相変わらずのお利口さんぶりで、ヘンな所など一つもないように思えるのに、どうしてみんなヘンだヘンだと言うのだろうか? やっぱり食い意地が張っているのがいけないのだろうか。それともちょっと運動嫌いなところだろうか。
「あはは、ごめんごめん」
「もぉう……」
 そうして、しばらく二人はゲンジ丸の動向を眺めていた。
 が、犬の鼻とはいえ、広い河川敷の中から簡単には見つからないらしく、10分ほど待っていても反応は無かった。
「やっぱりゲンジ丸だけだと、すぐには無理かなぁ」
「そうだね。じゃあ、私たちも探し始めようか。このみちゃん、お願いしてもいい?」
「うん」
「私はこっちを探してるから。このみちゃんはそっちをお願いできるかな」
「うん、いいよ。じゃあ、何か見つけたら呼ぶからね」
「おっけー」
 夜の河川敷、二人は二手に分かれて、草の間に笛を探し始める。このみは川側、クレアは土手側。
「うーん……」
「…………」
 腰を折り、目をこらして草をかき分け、白っぽいものが落ちていないかをくまなく探索する。
 12月の川辺のこと。辺りはもうすっかり暗くなって視界は悪く、おまけに水の上を渡る風はひどく冷たい。夜空に浮かぶお月様の光だけでは温かくならないし、このみは何度もポケットに入れたホッカイロで手を温めなくてはならなかった。
 そんな風に、無言で過ぎる夜の河川敷。カサカサと、草をかき分ける音だけが響く。

 そうしてしばらくの間、寒風吹きすさぶ川原を、二人と一匹でうろうろと歩き回った。

「…………」
「無いなぁ……」
「フンフン……、クゥン………、フンフン……」
 このみの呟きと、最後のはゲンジ丸の鼻声である。探し始めてそろそろ十数分になろうかと言うところだが、ゲンジ丸もサボることなく働いているようだ。
 だが見つからない。
 どうにも見つからない。
 何しろ暗い。夕暮れなどとっくに通り過ぎて、既に辺りは夜のとばりにとっぷりと包まれている。橋の上の街灯の光は遠すぎて役に立たないし、頼りになるのは月明かりだけという状況である。
 せめて先ほどのコンビニで懐中電灯でも買っておけば良かったのだが、あいにくその時はそこまで頭が回らなかった。
 仕方ないので、携帯電話を開いて液晶ディスプレイのバックライトで照らしてみるのだが、光の範囲はせいぜい手元の周りの少しだけ。なかなか効率よく進まない。
 ゲンジ丸の方は犬だから視界の悪さは気にならないかもしれないが、ぴゅうぴゅうと風が吹いている中では、しっかりと匂いをかげないのかもしれない。状況は極めて悪いようだ。
「見つからないなぁ……」
「小さいからね。でも、あれがないとちょっと困るんだよね……」
「そっかー」
 クレアの言葉に、このみは『やっぱり大事なものだったんだな』と改めて思う。誰かにもらったプレゼントなのか、それともサンタクロースの小道具だろうか。
 『そういえば……』
 ふと、思う。
 なぜクレアはサンタクロースの格好などしているのだろうか?
 確かにクリスマス・イブとはいえ、こんな何もない河川敷でサンタの格好をすることに意味があるとは思えない。
「ねえ、クレアちゃん」
「うん?」
「どうしてサンタのカッコしてるの?」
「これ?」
 このみの言葉に、クレアは自分の着ている衣装に目を落とした。そして少し考えている風だったが、やがてぽつりと「アルバイトみたいなものかな」と言った。
「アルバイト?」
「そう。サンタのバイト」
「サンタ……、ああ、駅前とかで?」
「駅前?」
「違うの? 駅前とかで女の子がティッシュ配るやつ。えっと……なんだっけ、レースクイーンじゃなくて」
「……キャンペーンガール?」
「そうそう、それそれ。キャンギャル」
 このみの脳裏に、昼間に街で見かけた、サンタ衣装のキャンギャルたちの姿が浮かぶ。そういえば、今日もいくつかポケットティッシュをもらった。英会話教室の宣伝ティッシュだったはずだ。
 もうすっかり夜になっているが、クレアもこれから駅前に行くのだろうか?
「まぁ、そんなとこ」
「やっぱりそうなんだぁ。クレアちゃん可愛いもん。ぴったり」
「そう? ありがとう」
 微笑んで、クレアはその場でくるりと一回転。
 そうして見ると、なんとなくどこかの芸能人のようにも思える。背もこのみより高いし、出るとこも出ているし。
「いいなぁ、私もそういうのやってみたいな」
「サンタクロース?」
「うん。サンタとか、他にも色々やってみたい。……でも、背がちっちゃいとダメかなぁ」
「このみちゃん、可愛いから大丈夫だよ」
「え、ええー。そかなー」
「ホントホント。そう言われない?」
「い、言われないよぉ。……子供みたいで可愛いって言われることはあるけど」
 改めて自分の格好に目を落とす。
 服はがんばって可愛いのを着ているが、体型がどうにもお子様。背もあまり伸びないし、出るとこも出てないし。
 毎日たくさん牛乳を飲んでいるのに、どうして幼馴染みのタマお姉ちゃんのようにグラマーにならないんだろうと、それがいちばんの悩みの種である。
 せめて背をあと3センチ、いや2センチ。それが無理なら、胸をあと5センチばかり大きくしてほしい。タマお姉ちゃんのようにとは言わないまでも、そのくらいなら何とかなりそうな気がするし、何とかなってほしい。
 そうすれば、まだ妹扱いの抜けきらない貴明だって、ばん・きゅ・ぼーんで悩殺しちゃうのに。
 だが、そんな密かな悩みをよそに、クレアはこのみの言葉にからからと笑う。
「あはは、それ判るなぁ。このみちゃん、ちっちゃくて可愛いもん」
「あー、ひっどーい。けっこう気にしてるのにぃ」
「ごめんごめん。でもさ、うん、サンタさんとか信じてそうなさ、そういう感じする」
「も、もうっ。私これでも高校生なのにぃ」
 と、そこまで言うと、クレアはどういうわけか「ええー!」と大きな声を上げて驚いた。
「うそ!ホントに? そうなの?」
「ええー! なんだと思ってたの?」
「中学……」
「中学生? もう、またそう言われ……」
「1年生……」
「ひどい!」
 さすがにショック。もう高校に入って半年以上経つのに、まだ中学1年生に見られるとは。
 これは真剣に背を伸ばす計画を立てないといけないかもしれない。
「あはは、ごめんごめん。……やだ、悪かったってば。機嫌直して?」
「むぅー……」
「ほーらほら、サンタさんだよー?」
「もうっ! 知らない!」
 あまりの子供扱いさ加減に、普段は大らかなこのみもちょっとばかりむくれてしまう。いくら背が低いとはいえ、そんなにも子供っぽく見えるだろうか。
 だが、無邪気に笑うクレアの顔を見ていると、なんとなくそれでもいいかなとも思う。
 そうすると、今度はむくれていた自分の方が逆に可笑しく思えてきて、このみもクレアと一緒にころころと笑ってしまう。
 なんだか不思議で、ヘンな気分だった。
「じゃあサンタクロースとかは、もうとっくに卒業なんだね」
「当たり前だよぉ」
 これにはさすがに苦笑。
 いくらなんでも、未だにサンタクロースの存在を信じているなどということはない。
 本当にいたらきっと素敵だとは思うけれど――
「私、保育園の頃にはもう卒業したんだから」
「そうなの? けっこう早いね」
「うん、そうかな。ちょっと早いのかも」
 実は貴明よりもそれを知ったのは早かった。貴明は、小学生まではサンタクロースを信じていたのだから。
「でも何で? 誰かに教えてもらったの?」
「ううん。自分で気づいたよ」
「そうなの?」
「うん。その時、私プレゼントのことを、お母さんたちにナイショにしててね――」



     ※



 ――みんなしってる?
 12月24日はクリスマス・イブ。
 いいこのところにはね、今夜サンタクロースさんが来るんだよ。
 このみのところにも、きっと来てくれるんだから。
 だってだって、このみね、おとうさんとおかあさんの言うことちゃんときいて、いいこにしてたもん。ピーマンもちゃんと食べたし、おトイレもなるべくひとりで行ったし、歯もちゃんとみがいたし、朝だっておねぼうしなかったもん。たまにしか。ホントだよ?
 だから、きっときっと、サンタさんがね、このみがねている間に、ベッドにかけたくつしたに、プレゼントを入れておいてくれるんだよ。
 えへへ、たのしみだなぁ〜。サンタさん、ちゃんと来てくれるよね。いいこにしてたから、ちゃんとこのみの家にも来てくれるよね。
「ねえこのみ。サンタさんにプレゼントはお願いしたの?」
 うん、もうおねがいしたよ、おかあさん。
 サンタさんのところにとどくように、夜ねるまえに、ちゃあんとサンタさんにまいばんいのったもん。きっときっと、サンタさんのところに、おねがいとどいたよ?
「そうなの。このみは何をお願いしたの? おもちゃ?」
 えへ〜、ナイショナイショ。
「内緒?」
 だってだって、おねがいごとは他の人におしえたら、かなわくなっちゃうんだもん。だからおかあさんにもナイショだよ。プレゼントをもらったら、おしえてあげる。
 あれれ? なんでおかあさんは、こまったかおをしてるのかな。
 このみがおしえないから、イジワルしてるって思ったのかな。
 でもでも、サンタさんにちゃんとプレゼントもらったらおしえてあげるからね? それまで、おかあさんもまっててね――

 ――――――
 ――――
 ――ぽわぽわぽわって、ゆめのなか。
 おふとんのなか、あったかくってぽかぽかで。
 今日はクリスマスなんだよ。このみはもう、おねむなの。
 サンタさん、ちゃんと来てくれるかな。
 このみ、いいこでねてるから、きっと来てね、サンタさん。
 白いけしきは、雪のなか。こなゆきちらちら、夜空にちらちら。
 どんどんふって、まっ白で。もうすっかり雪がいっぱい。
 雪だるまに雪がっせん、かまくらだって作れちゃう。
 ねえねえタカくん、このみといっしょに雪だるま作ろ?
 いっぱいいっぱい大きくして、きっと家より大きくて。
 バケツのぼうしとホウキの手をつけたなら、もうりっぱな雪だるま。
 タカくんとこのみで作った、かわいいかわいい雪だるま。
 足を付けたら、歩くかなぁ。
 雪だるまといっしょに、夜空のおさんぽ。きっときっと楽しいよ――

 コトン……

 あれれ、あれあれ、なんのおと?
 もうこのみはおねむなの。
 ちゃんとねてなきゃ、サンタさんが来てくれないよ。
 だってサンタさんは、いいこのところにだけ来てくれるんだから。
 だから、このみは
 もう、おねむ――
 なん、だけどなぁ……

 ふわぁ……あふ、ん……

 なぁに? なになに? なんのおと?
 このみのあくびのおとかなぁ。
 だって、そろそろサンタさん
 あかはなのトナカイのそりにのって、
 このみの家まで来てくれるのに。
 でもでも、なんだか目があいちゃう。
 あれれ、あれあれ、なんでかなぁ……

 こつん……

 おでこにひとつ、かたいもの。
 ゆっくりゆっくりゆっくりと、このみの目がそーっとあくよ。
 ぽわぽわぽーって、まだおねむ。
 でもでも、ちょっとめをこすって。
 あれれ、おへやはまだくらいよ?
 まだおひさまはでてないの。まだ夜だから、ねてなきゃダメだよ。
 でも、ちょっとだけ、まくらのそばを見てみたら――
 そこには大きな白いはこ。
 ほら、だんだんよく見えるようになってきた。
 リボンをむすんで、おっきくて。

 これってこれって、サンタさん――?

 ほぉら、やっぱり来てくれた。
 ねえねえ、ちゃんと来てくれたでしょ?
 このみの言ったとおりでしょ?
 ちゃんといい子にしてたから、サンタさん、来てくれたよ。
 いまごろきっと、タカくんのところにも行ってるのかな。
 そうだ、おかあさんたちにもおしえちゃおう。
 まだおきてるかな、もうねてるかな。
 プレゼントのはこを持って、さあ部屋からでよう。
 あはっ、まだろうかにでんきがついてるよ。きっと、まだおきてるんだね。
 かいだんを下りて、どこにいるのかな。
 あれあれ、リビングの戸がちょっとあいてるよ。きっと中にいるんだね。おとうさんもいるかなぁ。
 あ、でも、このみがまだおきてるって言ったら、おこられちゃうかな。
 いい子は早くねるんだもんね。
 じゃあ、ちょっとだけ、へやの中をのぞいてみよう。
 そーっとそーっと、そーっとね……

「このみ、どうだった?」
「ああ、寝てた寝てた。サンタクロース、楽しみにしてたみたいだったからなぁ。ホントのプレゼントじゃないのが痛いけど」
「仕方ないわ。それはまたあの子に聞いて買ってあげましょ」
「そうだね」

 あれれ、あれあれ、サンタさんがいるよ?
 どうして、どうしているのかな?
 でもでも、おかあさんと話してるサンタさんは、おかしいな、だって、あれは、おとうさん――

「でも、じゃあ、その格好も無駄足だったかしら? せっかく着たのにね」
「いやいや、こういうのは気分だからさ。それに、なかなか似合うだろう?」

 なんで? なんで? どうしておとうさんが、サンタさんのカッコしているの?
 だって、サンタさんはそりにのって、鈴をならして、いいこにしてたら来てくれて。
 だから、あれれ? おとうさんは、サンタさんで、あれれ、あれあれ? サンタさん?

「そうね、うふふ……。そうしてみると、もうすっかり『いいお父さん』ね」
「うん? もうときめかないかい?」
「ううん――、結婚する前より、ずっと素敵だわ。私こそ、あなたにまだ恋されてるかしら?」
「春夏だって、今の方がずっと綺麗だよ。毎日毎日、朝起きておはようを言うたびに、新しい君に出会ってるみたいだ」
「あら、口説いてくれるの?」
「いつだって」
「ばか……」

 サンタさんはおとうさん。
 おとうさんはサンタさん?
 おかあさんは少しほっぺが赤くなって。
 おとうさんもやさしくわらってて。
 だんだんだんだん、だんだんと、おかあさんたちの顔がちかづいて。
 あれれ、あれあれ、おかしいな。
 だってだって、それは"ふうふ"でしかやっちゃダメなのに。
 でも、あのサンタさんは、おとうさん。
 だから、いいのかな。
 サンタさんじゃ、ないから――

 だから、おかあさんとちゅーしても、いいのかな――

 ねえ、みんなしってる?
 12月24日はクリスマス・イブ。
 いいこのところにはね、今夜サンタクロースさんが来るんだよ。

 でも、そのサンタさんはね――



     ※



「ママがサンタにキッスした――」
 土手の坂に腰を下ろしたまま、このみは幼い日の思い出をクレアに語る。
「でも、そのサンタは、パパ――、って。歌の通りだったんだ」
「そうだったんだ……」
「もう、なんかパニックだったなぁ。だって、お父さんがサンタさんだったなんて思わなかったもん。それに、お母さんとキスしてるし」
 あの日のことを、このみは懐かしく思い出す。あの時、サンタクロースはホントはいないんだな、と思ったのだった。保育園でのおませな友達も、確かそんなことを言っていたっけと。
 でも、その時はそれなりにショックだったけれども、いま思えば微笑ましいエピソードだ。サンタクロースが父親だったことよりも、今も昔も変わらず仲睦まじい両親の事が羨ましく、また、憧れてしまう気持ちが強い。自分も、貴明と一緒にあんな風に暮らしていけたらと、そんなことを思う。
「それで、その後どうしたの?」
「なんか部屋に戻って、そのまま寝ちゃった。のぞき見しちゃったことは、その後もずっと黙ってたなぁ。なんだか言えなくて」
「わ、大人だ」
「えぇ、そうかな」
 さっきとは打って変わって『大人だ大人だ』と言われて、なんだか照れてしまう。
 あの頃、自分ではそんなことは思っていなかった。ただ何となく、黙っていた方が良いのかな、と思っていただけ。
「ちなみに、プレゼントはなんだったの?」
「お菓子の詰め合わせ。すごく大きな箱でね……」
 クレアの言葉に、このみは箱の中に入っていた、たくさんのお菓子を思い出す。
 コアラのマーチ、タマゴボーロ、ビスコ、果汁キャンディ、チョコボール、キャラメル、チロルチョコ……。色とりどりのお菓子が、一抱えほどもある箱いっぱいに詰め込まれていて、思わず歓声を上げたほどだ。
「それと、メッセージカードが入ってた」
「メッセージ?」
「『ほしい物を書いたメモをなくしちゃったから、お菓子の詰め合わせをあげるね。ごめんね。メリークリスマス』って。日本語で」
「あはは、サンタさんは日本人なんだ」
 その光景を思い浮かべているのか、クレアが笑う。
「でも、このみちゃんにはもうバレバレだったんだよね」
「うん。でもそのカード、今でも取ってあるよ。ちょっと宝物なんだ」
「へえ……」
 背の低い本棚の上。指輪やペンダントを入れるアクセサリーボックスの一番下に、それは今でも大事にしまってある。
 たぶんお母さんが書いた、世界で一枚だけの、サンタさんからのお手紙。このみの大好きな宝物のひとつだった。
「そういえば、プレゼントのおねだりなおしはしたの? お母さんとかに。ホントに欲しかったもの」
「ううん、その時はしなかったなぁ」
「え、なんで?」
「お隣のタカ君……、今の、その、恋人さんなんだけど」
「彼氏いるんだ?」
「う、うん……えへへ。それでね、そのタカ君に『サンタさん、やっぱりいなかったんだ』って言ったら、代わりにタカ君がプレゼントくれたんだ。『これあげるから』って」
「え、どんな?」
「タカ君が大事にしてたおもちゃの人形。忍者戦隊カクレンジャーの」
「戦隊? 女の子に?」
「うん。でも、タカ君はそのおもちゃをずっと大事にしてたし、それをこのみにくれて、すごく嬉しかったなぁ」
 あの時の貴明のことを思い出す。よほど未練があったのだろう、このみに手渡された人形を見ながら、複雑そうな表情をしていたものだった。そしてもちろん、カクレンジャーの人形もこのみの部屋にまだ鎮座ましましている。
 そういえば前に部屋に来た時に、ずいぶん懐かしそうにしていたものだった。貴明もその時のことをまだ覚えているのだろう。
「なーんか、子供の頃からアツアツなんだね」
「そ、そんなことないよぉ。……そうなのかな」
「そうそう」
「そかな〜。……そうかな〜、えへ〜。あ、それでね、その人形をもらったから、お母さんにおねだりはもういいかな、って」
「そうなんだ……。そういえば、ホントは何が欲しかったの? プレゼント」
「その時やってたアニメでね、ウェディングピーチっていうのがあったんだけど」
「ウェディング?」
「それのね、魔法のステッキ。セント・オペラシオンっていう……、光って音が鳴るおもちゃ」
「へえ……」
 子供の頃に大好きだった、変身魔法少女のテレビアニメ。
 変身する時に使う手鏡『セントミロワール』はもう持っていたから、次はステッキが欲しかった。二つのアイテムを持ってドレスっぽくおめかししたら、即席のウェディングピーチのできあがり。
 ぜひ欲しかったのだが、結局このみが手に入れたのは鏡だけだった。もっとも、鏡だけでも充分楽しく遊べたけれど。
「女の子はみんな好きだったなぁ。クレアちゃんは知らない?」
「うーん、ごめん、ちょっと判らないな」
「あ、そっか、外国の人だっけ?」
 そういえば金髪碧眼だったなと思い出す。日本語が堪能だから、ついつい忘れてしまいがちだ。
「うん。グリーンランド」
「へえ、温かいの? 緑が多そうで」
「いやー……、めちゃくちゃ寒いよ」
 このみの言葉に苦笑しながら、クレアがそう言う。
「北極に近いところだから、緑が多いどころか、辺り一面雪と氷だらけ。お世辞にも温かいとは言えないなぁ」
「そうなんだ。それにしても、日本語が上手なんだねー」
「うん、まあ、たいていの言葉はしゃべれるよ。英語とかドイツ語とか、中国語とかも」
「すごーい!」
「あはは、まぁ、いろいろとね」
 このみの感嘆に照れたのか、クレアはあははと笑いながら夜空に目を移しているようだった。そして、すこし言葉を止めたかと思うと、ふと「……ステッキ、か」と一言呟いた。
「うん?」
「あ、ううん、なんでもない」
 どうしたのかな? とこのみが怪訝に思った時、少し離れたところから聞き慣れた声が聞こえた。

「ヲフ!」

「え?」
 声のした方を見ると、ゲンジ丸がこちらを見ながら吠えていた。そして、同じ場所で2〜3度くるくる回ると、またこのみたちの方を見て「ヲフ、ヲフ!」と鳴く。
「あ、見つかったのかな?」
 どうやら、先ほどかがせたクレアのハンカチと同じ匂いをかぎつけたようだ。笛が見つかったのかもしれない。
「いま行くから。待っててー」
「ヲフ!」
 このみはクレアと頷きあい、ゆっくりと立ち上がってゲンジ丸の元へと向かう。
 寒空の下の探し物も、どうやら終わりに近づきつつあるようだ。



     ※



「わあ……」
 ゲンジ丸の足元に落ちていたそれをクレアが拾い上げる。そして、掌に載せてこのみに見せてくれた。
 それは白っぽい色合いをした、細身の横笛。形状はフルートにも似ているが、大きさからすると少し違うようだ。
 いや、そういうことよりもなお、このみの目を奪ったのは、その横笛がほんの僅か光をおびていたことだった。
 明るく目を射るような光ではない。それどころか、蛍の光よりもなお薄いものではあったが、その笛は確かに青白く光っていたのだ。枯れ草の中では目立たないが、こうして見ればとても美しい光だった。
「なんか凄い……」
「家宝だからね。無くしたなんて言ったら、おじいちゃんに怒られちゃう」
 大事そうに笛を手で包み込み、クレアはほっとしたようにそう言う。やはり相当に価値のあるものだったようだ。あのまま見つからなかったら、きっと大変だっただろう。
「そうなんだ……。うん、でもすごいよ、やっぱり。どんな音が出るんだろう」
「聴いてみる?」
「え、いいの?」
「もちろん。聴いたら、きっと驚くよ」
 そう言って、クレアはくすくすと何やら笑う。そんなに綺麗な音がするのだろうか? ならば、ぜひとも聴いてみたいと思う。
「そうなんだぁ。うん、私、聴いてみたいな」
「じゃあ……、リクエストにお応えして」
 横笛をハンカチで綺麗にすると、クレアは歌口へと唇を近づける。そして、直前で少しこのみの方を見て、何となく照れくさそうに笑った。
「ふふ、人前で吹くのは初めて」
「そうなの?」
「うん」
「そうなんだ〜。じゃあ一人目だね、私。なんか照れちゃうかも」
「あは、吹くの私だよ?」
「だぁってー」
 そうして、少しだけ二人で笑い合う。川からの風は冷たかったが、それももう気にならない。
 やがて、ぽつりとクレアがこのみの名を呼んだ。
「……このみちゃん」
「うん? なあに?」
「ありがとうね。一緒に探してくれて……。嬉しかったよ」
「え? そんなの……、いいよ、だって。もう友達でしょ?」
「…………うん!」
 とびっきりの笑顔を浮かべて――
 クレアは笛に口を付け、そっと旋律を奏で始めた。

「わぁ……」

 月明かりの下、たおやかに笛の音が流れていく
 それはまるで、少女が耳に囁く声のような、そんな穏やかな音

 軽やかで、それでいて温かくて
 星空を映しながら、流れるメロディは風に乗って空へと溶けていく

 『やさしい、おと――』

 このみは、そっとその音色に耳を澄ます
 懐かしいような、安らぐような、そんな音だ
 貴明に抱きしめてもらう時のように
 母親に甘えている時のように
 このみの胸いっぱいに、想う心が広がっていく

 名も知らぬメロディは星の瞬き
 クレアが奏でるメロディだけが、夜の川辺に静かに響く

 ――と  その時、だった



 シャンシャンシャン………



「え――?」
 どこかで聞いた音。
 笛の音ではない、何かの鈴の音が――
 遠くの方から、このみの耳に聞こえてきた。


 シャンシャンシャン………


「うそ――」
 音のした方を振り向く。
 そこに、思いもよらない光景があった。

 シャンシャンシャン………

 軽やかに鳴る鈴の音。たくさんの小さな鈴が鳴る音。
 その音をお供に従えて、堤防の道を駆けてくる影がある。

「と……トナカイだ…………!」

 そう――
 それはまさに、おとぎ話に出てくるようなトナカイ。
 頭のツノがよく目立つ、大きなそりを引いた二頭のトナカイだった。
「どうして……」
「ああ、来た来た」
 気付くとクレアがこのみの隣に立って、駆けてくるトナカイたちを何か安堵した様子で眺めていた。
「この笛はね、トナカイを呼ぶ笛。まぁ……、羊飼いの笛みたいなものかなぁ」
「そうなんだ……。すごい……」
 呆然とするのもつかの間、すぐにトナカイは河川敷まで降りてくると、驚いて隠れてしまったゲンジ丸をよそに、二人の前にゆっくりと止まった。
「ラーサ、ルーイ、お疲れ様。ゴメンね、ほったらかしで」
「ルーイ?」
「この子たちの名前。ラーサとルーイ。こう見えてお利口なんだよ」
 そう言って、クレアは二頭のトナカイの背中をそっと撫でた。
 このみにはトナカイが利口かそうでないかという判断基準が判らないが、クレアが言うのだからそうなのかもしれない。
 いずれにせよ、トナカイのそりなど生まれて初めて現物を見た。
 大きな器のようなかごに、スケートの歯のような足が付いたそり。木でできているようで、見た目ほどには重くないようだ。そして、四隅にくくりつけられたいくつもの鈴と、座席に載せられている大きな白い袋。
 絵本で見たサンタクロースのそりが、このみの目の前に止まっていた。
「さーて、ようやくバイトを再開できるかな。ちょっと時間ロスだけど、急げば間に合うか」
「このそりで、ティッシュ配りするの?」
 先ほどキャンギャルのバイトだと言っていた。白い袋の中は、駅前で配るティッシュが入っているのだろうか。
 それにしても本格的だ。サンタクロースの格好だけならともかく、トナカイのそりまで用意しているなんて。
 そこまでしないと、最近はお客さんを捕まえられないのだろうか。なんだか圧倒される気分のこのみである。
「まぁ、配るのはいろいろとね」
「ふうん……」
 そして、クレアはそりに乗り込む。座席に腰を下ろして、頭絡から伸びた手綱を手に持ち、いつでも出発できる体勢だ。もうアルバイトに行かなければいけない時間なのだろう。
「あ、もう……、行っちゃうの?」
 なんだか寂しくなって、このみはそりに乗り込んだクレアに声をかける。
 その声に振り向いて、クレアもやはり寂しそうに笑った。
「……うん」
「そっか」
「ありがとうね……」
「いいってば」
 名残惜しい時間。
 きっともう行かなければいけないのだろう。でも、クレアは手綱を持ったまま、まだ走り出そうとはしない。
 やがて、このみは我慢できなくなって、ひとつお願いを口にした。
「ねえ、ちょっとだけ、いい?」
「うん?」
「クレアちゃん――」

 そっと――

「あっ……」

 このみはそり越しに、クレアの身体を抱きしめる。

「…………このみちゃん――」

 なぜだろう、ほんのわずか一緒にいただけなのに
 いまは、別れるのがとても寂しくて

「――元気でね」
「うん」
「また、会えるよね?」
「………会える、かな」
「会えるよ。会えるって言ってほしいな。私はこの街にずっといるから」
「……うん。きっと、会いに来るよ」
「えへへ……」

 やがて――
 どちらからともなく、身体を離す。
 お互いの目に、小さく涙の雫。

 クレアは手綱を引いて――

「バイバイ――」

 ひとつ、別れの言葉。

 そして、トナカイが走り出す。
 引かれたそりはゆっくりと動き始めて……

 シャンシャンシャン………

 軽やかに鳴る鈴の音
 まるで子供たちへの歌声のように
 夜の街へとそれは響いて

 そして――

「え――?」

 それは、ほんとうに

 夢のような、光景

「クレアちゃん――」

 まるでスローモーションのように

 クレアの乗ったそりが

 トナカイに引かれて

 空へと

 浮かび上がって――

「さ………」

 シャンシャンシャン………

 鈴の音が響く。

 街へと響く鈴の音。

 きっと、世界中の子供たちが楽しみに待っている音。


 ――ねえ、みんなしってる?

 12月24日はクリスマス・イブ。

 いいこのところにはね――


「サンタ、さん……。本物の、サンタさんだ――」


   ――メリークリスマス――


 このみの頭上を、そりに乗ったクレアがぐるりと一周する。
 そして耳に響く、サンタクロースからのクリスマスメッセージ。

「あっ……」

 駆け抜けるそり。
 星の粉を振りまきながら、
 やがて夜空の向こうへと消えていく。
 きっと――、子供たちに夢を配りに行ったのに違いない。

 そして、彼女が飛び去ったその後から
 光に包まれた何かが、このみの元へと落ちてきた。

 このみは、胸の高さまで降りてきた光を、両手でそっと抱きかかえる。
 すると、光はすぐに収まって
 後に残されたのは、リボンに彩られた箱がひとつ。
 クリスマス・プレゼントのようだった。
「もしかして――」
 このみはある予感を胸に、急いで包みを開ける。
 破らないように、慎重にリボンを解いて、テープをはがして。
 そして、綺麗な包装紙の下から現れたのは――

「あは……」

 それはウェディングピーチの魔法のステッキ。
 子供の頃、ずっと欲しかったセント・オペラシオン。

 きらきらと電池で光るおもちゃのステッキが、このみの手の中で――

「10年越しのプレゼントだね……」

 ぎゅ、……っと、このみは宝物を胸に抱きしめる。

 遥かな時を越えて――
 幼い日の夢が、温かく胸に輝いていた。



     エピローグ



 夜空の上、光るネオンを眼下に見ながら、クレアはトナカイを操る手綱を握りしめる。
 もうずいぶんと時間をロスしていた。今日がサンタクロース・デビューとはいえ、せっかくならちゃんとお勤めは果たしたい。
 それに、そうでなければ、おじいちゃんからのお小遣いがもらえない。何を買うかはまだ決めていなかったが、買いたいものは山ほどある。服にアクセサリー、バッグだってほしいし、人間が持っている携帯電話だって使ってみたい。サンタでも申し込みできるかは判らないけど。
 それが、まさかトナカイの笛を落とすなんて思わなかった。
 もしもあの子が助けに来てくれなかったら、いまでも河川敷で途方に暮れていたことだろう。そうなれば、お小遣い所の騒ぎではない。
「このみちゃん、か――」
 思いがけず知り合った、あの女の子。クレアはあの桜の花のような、可愛らしい笑顔を思い出す。
 そして、最後に見せた、あの寂しそうな表情。

 『また、会えるよね?』

 あの子はそう言っていた。
 その声が、胸に痛くて――。
 だからクレアはもう一つ、名残の涙を目に浮かべる。
「いけない……」
 泣いていてはダメ。サンタクロースは笑顔が基本だと、おじいちゃんに言われているのに。
 クレアは慌てて、ポケットからハンカチを取り出そうとする。

 ――と

「?」
 ふと、指に違和感。
 カサリと、ハンカチとは違う感触があった。
「なんだろう?」
 クレアはハンカチから"それ"を取り出す。
「……手紙?」
 それは小さな封筒だった。
 差出人名はない。ただ、表に可愛らしい字で『サンタの女の子へ』と書かれていた。
「なんだろう……」
 ハートのシールの封を開けて、中を改める。
 そこには一枚のカードが入っていた。ピンク色の地に、星や雪の絵柄が縁を飾るカード。
 書かれていたのは――

 『サンタの女の子へ メリークリスマス! ――柚原このみ』

 いつの間にポケットに入れたのだろう。あの女の子からのクリスマスカードだった。
 そして、その後に続く11桁の数字。080から続くその数字。

「あは……」

 『きっと連絡してね』
 最後に一言だけ、そう書いてあった。

「このみちゃん……」

 またひとつ――
 クレアの目尻に、涙の雫。
 でも、その涙はぬぐわずにおこう。
 だって、こんなにも温かいから。

 だから……
 だからね――

 お小遣いをもらったら、
 きっと、携帯電話を買おう。
 世界中どこでもかけられる、良いのを買おう。

 大丈夫、サンタだけど、きっと買える。
 そして、可愛い電話を買ったなら、きっといちばんに、あの子のナンバーへかけてみよう。

 どんな声で話してくれるかな。
 また、あの明るい声で、話してくれるかな。
 友達でしょ、って言ってくれた、あの声で。

 シャンシャンシャン………

 夜空に響く、鈴の音。
 それは世界中の子供の元へと届いて、枕元に夢を運んでいく。

 その音を聞きながら、クレアは夜空にひとつ、笑顔をこぼす。

「サンタクロースへのプレゼント、か――」

 それはクリスマスに咲いた花。
 小さな街の片隅に出会った少女たちが育んだ、友愛の花。

 この世界にいつまでも咲き続ける、イブに咲く花――


 ――ねえ、
 みんなしってる?

 12月24日は……ね――



 
 
 ――――――――――おわり




原作:世にも不思議なアメージングストーリー Xマススペシャル
        ――第4話 「52年目のクリスマスプレゼント」
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2007 Walkway of the Clover All rights reserved.


inserted by FC2 system