即売会魔境
サブカルチャーの現場
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 ガレージキットだかフィギュアだか知らないが、アニメとか漫画とかゲームとかのキャラクタの人形を売る祭典があるそうで、なんでもワンダーフェスティバル(略してワンフェスだそうな。ところでなにがワンダーなんだろう?)と言うらしいが、催しを今後も続けるかどうか不明らしい。
 バイト先にそういうのに詳しい人がいて、その人に聞いたところ、どうやら当初の目的(そのガレージキット…略してガレキだそうな…を売る)から外れたところに力の加減が向いてしまった故だそうだ。版権の問題もあるが、その他にコスチュームプレイ(略してコスプレだそうだ。初耳の人には判んないだろうに…)が幅を利かせているのは言うに及ばず、ガチャポンとかでゲットしてきた、あのちんまいゴム人形を並べて売ろうとする輩や、ただ単に、コスプレしている女の子の写真を撮るためだけにうろつき回るカメラ小僧まで出る始末で、どうにも収拾がつかないらしい。
 規模が大きくなればなるほど、純粋な理念は失われていくようだ。我が図書館も、あまり表ざたにならない程度に細々とやっていくほうが良いかも知れない。

 …と、いきなりマニアなネタから始まってしまったのは、今回お話するのがそう言った方面に深く関係する話だからだ。

 ワンフェスはともかく、コミケと言うのは皆さん聞いたことがあると思う。
 おそらくコミックマーケットの略であろうが、要するに同人誌の即売会だ。
 同人誌と言うのはアマチュア素人が作った本の総称で、既存のアニメとかゲームとかのパロディ本が中心のようである。
 日本各地でそういった催しはあるらしいが、いちばん大きな祭典が晴海だかビッグサイトだかで行われる『夏コミ』『冬コミ』と呼ばれるもの。なにやら物凄くインパクトのある祭典だそうで、私も1度行ってみたいと思うのだが、開催時期がよく判らないせいもあってまだ行ったことがない(※1)。
 とは言っても、そのコミケとやらに1度も行ったことが無いわけではない。晴海だかの夏コミ冬コミは未経験だが、名古屋で行われたものには中学時代に行ったことがある。

 中2の文化祭が終わった後だったはずだから、たぶん10月か11月のことだったと思う。
 友人の中に相羽さん(仮名)というのがいて、この人がどういう因果か、女生徒数人が作っていた同人誌の中の『対談』に顔を出すことになってしまった。当時人気だった『ダイの大冒険(※2)』というマンガのパロディ本で、相羽さんも好きだったようだから、なにか話の合うことがあったのだろう。
 そういう経緯があって、同人誌なぞには全く興味のなかった相羽さんが、奥付の欄に記載してあるスタッフ名簿の中にペンネームとはいえ載ってしまったわけだ。そうなるともう、そこで『ハイさよなら』と言うわけには行かないようで、結局、即売会にも売り子として参加することを約束させられてしまったのである。
 どうやら、中心となっていた斉藤さん(仮名:※3)をはじめとするサークルスタッフは、即売会当日に、くだんのコスプレとかいうのをして遊びたかったらしく、相羽さん1人に当日の雑用を押し付けようとしたらしい。
 しかしこの相羽さん、転んでもただでは起きない性格らしく、なんと同人誌作成にすら関係のなかった私を道連れにしてしまったのだ。
 あれよあれよという間に当日の段取りが決められてしまい、秋風吹く日曜日、ダイの大冒険すら読んだことのなかった私が、同人誌の売り子として名古屋市街まで足を運ぶ羽目になってしまったのである。


 JR金山駅を降りて、歩いて10数分したところにその会場はあった。いまいちよく覚えていないが、なにかの公会堂だったように思う。別段どうということもない建物で、多少風雨に汚されてはいたが、普段であれば特に目を留めずに前を通り過ぎてしまうような、そんな存在感の希薄な建物だった。

 だがその日は違った。

 日曜日の朝9時……最近の私であれば、間違いなくグースカ眠っているようなそんな時間に、公会堂の前に並ぶ人!人!人! しかも尋常な人種ではない。全員が全員、持つ手が痛そうなほどに膨らんだ紙袋を携え、ある一団などは折畳み式と思しきテーブルを広げて、なにやら必死の形相でペンを走らせている。男女の割合は均等なようだが、男性は総じてよれよれのシャツにジーンズの上下、ジージャンでなければ着古したパーカという要するに個性のないファッションで、女性はと言えば、これが異様にフェミニンな格好か異様にボーイッシュな格好かで、結局はツートンカラーにしかならない。
 我がサークルのメンバも、なにを思ったのかOLのような格好に身を固めた斉藤さんをはじめ、ジーンズ&Tシャツにドラゴンズの帽子という、遠くから見たら少年にしか見えない出で立ちの小川さんに、二人並んだら小川さんと兄弟にしか見えない大田さん、ピンクハウスばりのフリフリ衣装に身を包んだ山口さんに、唯一まともな服装だった林さん(以上すべて仮名:※4)も、両手にいっぱい紙袋を抱えているというありさま。
 哀れ、いつもは静かな佇まいであったろうその公会堂も、今日ばかりはサイケデリックな色合いに包まれて、街行く人々に奇異な目で見られていた。もはやその場面で度肝を抜かれていた相羽さんや私が、いかに心細い気持ちで会場に入ったか読者には判るまい。
 入ったら入ったで、これがまた地獄絵図。学校で使うような横に長いテーブルが、縦何列かに並べられ、1つのテーブルに1つのサークルという割り当てのようだが、自分たちの陣地に入ったサークルの形相と来たら地獄の鬼もかくや。怒号と悲鳴は渦巻き、指から血を吹くんじゃないかと思えるほどの勢いでイラストを描いている人や、街を歩いていたら職務質問されること間違いなしの顔で、懸命にお金を数えている人などがそこここに見受けられ、小心者の相羽さんや私などはすっかり縮みあがってしまった。来るんじゃなかった。
 そんな中でも、我らが斉藤さん率いるサークルの面々は淡々と仕事をこなしており、横で30分もボーっとしていると、すっかり私たちの陣地…ブースと言うらしい…は整理され、すぐにでも商売ができるようになった。
 だが、わがままを言わせてもらえば、整理なんか終わって欲しくはなかった。ブースが整備されるということは、要するに私たちが働かなくてはいけなくなるわけなのだから。
 案の定、妙に晴れ晴れとした我らが斉藤さん、一言『じゃ、がんばってね』と言うと、みんなを引き連れてスタスタどこかへ消えてしまった。

 2人ぽつんと取り残されてしまった相羽さんと私。立っていてもしょうがないので、とりあえず椅子に座ってみるのだが、いったいこれから何をすれば良いのか皆目判らない。
 売り子と言うからには目の前に陳列してある同人誌を売るのだろうが、黙って座っていて売れるものなのだろうか。八百屋さんのように『寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!』とかやらなくては、誰も目に留めてくれないんじゃないか?
 なにしろ我らが斉藤さんたちの作った同人誌といえば、先述のダイの大冒険本の他には、自作のラミカード(※5)がいくつかと、ドラゴンクエストのスライムのイラストがでっかく書かれたイラスト集、それから「サザエさん」の登場人物である磯野波平が、娘である磯野ワカメに謀略の限りを尽くされ殺されてしまうという、意味不明の作品集「波平危機一髪」だけ。殺されてるんだから『危機一髪』どころじゃないだろうに。(※6)
 いったいこんな品揃えで、どうやって客を呼べというのか!? いや、そもそも売れるようなものなのか、これは!?
 売り子どころか、途方に暮れる以外にいったい何をしろと言うのだろう、新手のいじめだろうか。
 おろおろしながら辺りを見回していたら、突然、会場中に響き渡るヴォリュームで、聴いたことのない音楽が盛大に鳴りはじめた。どうやらアニメソングの1つらしいが、しかしこんな大音量でなくたって良いだろうに。
 だが驚愕なのはこの後だ。
 突如、隣のブースで作業をしていた人たちが、天にも届かんばかりの大声でその曲を唄いはじめたのだ。いや、その人たちだけではない、向かいのブースの人たちも、その近くのブースの人たちも一斉に。スタッフの人たちだけではない、一般のお客さんであろう、売られているものを物色していた人たちまで声をそろえて唄う唄う。ある一角では、その曲に合わせて輪になって踊っているし、もはや会場内は狂乱の嵐。恐るべしコミケパワー! 相羽さんや私のような門外漢などが入り込む余地はなく、ただひたすら、一刻も早くこの悪夢のような光景が終わってくれることを祈るしかなかった。

 そんなこんなで、1時間もする頃には私たちはすっかり疲弊して、売り子どころではなくなっていた。さすがに見かねたのか我らが斉藤さん、ドラゴンクエストXのビアンカの衣装を着たまま一言「ちょっと遊んで来て良いよ」(※7)。
 ありがたやありがたや、感謝の念を抱きつつブースから離れて初のコミケ会場内に飛び出した私たちであったが、しかし、別段なにか欲しくて来たわけでもなく、そもそもコミケなぞというものの本質をよく判っていなかったから、遊んで来いと言われても、はたしてなにをどう遊べば良いのか判らない。同人誌の即売会…と言うくらいだから、我が「波平危機一髪」のような、ああいった珍妙な本が売られているわけだろう。だがああいうのが欲しいかと言われれば全然欲しくないわけで、しかも金まで取られるのだ。なんて理不尽な!
 だが、愚痴を言ってみたところで状況が改善されるわけではない。しかたがないので、なにかお目当てのありそうな相羽さんと別れて、1人しばらくその辺をぶらついてみることにする。
 するとまあ、いるわいるわ異人種たちが。当時人気だったゲームとかアニメとかのキャラクタは、もう勢ぞろいと言うほかはない。
 ちょうどストリートファイターUとか餓狼伝説2、サムライスピリッツなんかがゲームセンタで猛威を振るっていた頃で、春麗やナコルル、橘右京などは言うに及ばず、なんと不知火舞の、あのちょっと動けばポロッといきそうなきわどい衣装を、平気で着ている女の人までいる。それがまたひどくスタイルの良い美女だったので、周囲の注目を集めること集めること。恥ずかしくないんだろうか?(※8)
 だが、そういった奇抜な方向ではなく、ストレートに感心させられる人たちもいた。
 イラストレータの方たちは特にそうで、中にはアマチュアとは思えない、プロ顔負けのすごいイラストが展示してあったりする。特に私が『すごい』と思ったのは、客が差し出したスケッチブックや色紙なんかに、下書きもなんにも無しで、さらさらと上手な絵を描いてしまう人たちだった。絵心の全く無い私にとっては、それはもはや『魔法』を見せられているに等しく、あれだけでもコミケ会場に来た価値はあったと思う。

 そういったものを見ているうちに警戒心が緩んだのだろうか。「お金を出してまで…」などと敬遠していた同人誌とやらをふと買ってみる気になり、ちょっと真剣に並べられている同人誌を眺めることにする。
 結果、どうやら半数近くが『美少女戦士セーラームーン』の本で占められていることが判った。しかもただのパロディ本ではない。表紙には扇情的なタイトルと、ピンク系のぼんやりしたカラー、主人公だかヒロインだかのヌードイラストが描かれた、要するにH本だったのだ。
 これには参った。うら若き純真な中学2年生には、いくらなんでも刺激が強すぎる。昨今の中学生はなんだかいろいろな意味で発育がよろしいようだから、このくらいは別段どうということもないのだろうが、時は8年の向こう側である。しかも田舎のこと、エッチなビデオ1本で2週間は大騒ぎできるような連中ばかりだったのだ。
 当然、あんな色っぽい本を大量に見せつけられるなど初の経験で、もうくらくらするやらふらふらするやら…。そのせいで警戒心と共に判断力も鈍ってしまったらしく、ふと目についた『幽遊白書』というマンガの同人誌が目に留まり、深く考えもせずその本を買ってしまった。(※9)

 実は、今回の話のメインがそれである。

 ポーっとした頭のままブースに帰ってくると、「収穫あった〜?」と、1人普通の服装のままの林さんがオレンジジュースをこちらに差し出しながら、相変わらずのおっとりした口調で話し掛けてきた。経緯を話したらけらけら笑われてしまったのが少し悲しかったが、なんだか久しぶりにまともな会話をしているようで安心する。
 だが、幽遊白書の同人誌の段になると、とたんに林さんの瞳がイタズラっ娘のそれになり、なにやら含みのある口調で「中身確認した〜?」と言う。
 表紙のイラストしか見てなかったので正直にそう言うと、林さん「幽白の同人誌、かぁ〜。きっとね、面白いものが描いてあるから、早く読んでみたほうが良いよ〜」。
 なんだかよく判らなかったが、他にすることもないので抱えていた紙袋を開いて本を取り出す。飛影と蔵馬(共に、幽遊白書の登場キャラクタ)のイラストが、淡いタッチで描かれた表紙が目に飛び込んでくる。すると林さん、なにがおかしいのかますます面白そうにけらけら笑い出した。
 「な、なに?」「いやいや〜、いいのいいの、気にしないで〜」
 いぶかしい思いを抱きながら表紙をめくると、どうやらマンガではなく、イラスト入りの小説集であることが判った。ずいぶんと感傷的な文体で書かれていて、男の子向け少年マンガの「幽遊白書」のイメージからはかなり遠かった。だが別段どうと言うこともなく、ただ単に飛影と蔵馬のやり取りが描かれているだけの、特徴のない小説に見えた。
 ページをめくるまでは…。

 林さんにせかされて次のページに移行した私の目が点になった。
 そこに描かれていたイラストは…

 いや、文章から先に取り出そうか。あの同人誌はもう残っていないので、記憶に頼ったものではあるのだが、だいたい以下のような文章であったはずだ。

 ※以下記憶から抜粋
  (飛影の一人称:登場キャラクタ…飛影♂ & 蔵馬♂)

  蔵馬はいつも俺によくしてくれる。俺はなにも頼んでいないのに、あいつはいつも俺の世話を焼きたがる。
  いつからだろう、俺たちがこんな関係になったのは。
  最初は蔵馬からだった。
  告白したのも
  キスした時も
  抱かれた時も、
  いつも最初は蔵馬だった。
  一緒に暮らし始めてもう半年になる。その間、何度ベッドを汗で湿らせたことだろう。
  あいつの目が、指が、舌が、何度も何度も俺の身体を駆けずり回った。
  そしてあいつのアレ(以下略…)


 そう、もうお判りであろう。だが上記の文章でも、まだピンと来ない純真な読者がいるかもしれないことを考慮して、万全を期すために付け加えれば、3〜4ページの見開きいっぱいに描かれたいくつものイラストは1つ残らず、飛影と蔵馬のラブシーン! 男同士のベッドシーン! しつこいほど描かれる濡れ場!
 大爆笑の林さんを横に、もう私の頭はごっちゃごちゃ。なんと私が購入した同人誌は、世に言う「やおい本」だったのだ。
 生まれて初めて見る、そのあまりにも常軌を逸したイラストが私に与えた影響ははたして? とりあえず、やおい本を作ったりはしていないし、恋愛もごくノーマルな嗜好ではあるが、純情な中学生の心に「世の中の裏」を刻印するには充分だったはずだ。
 その後しばらくしてブースに帰ってきた相羽さんも、どうやらやおい本をつかんでしまったらしく、以降相羽さんと私の間ではコミケを「魔境」と呼ぶことになる。

 このエッセイを読んでいる皆さんの中で、これから初めてコミケに行こうとする方たちがいるのなら、その人たちには「ゆめ油断するなかれ」と言っておく。あの魔境は、通常の物差しでは測れない空間だ。人生観が変わってしまったとしても……私は責任を持ちませんよ(笑)。


――――――――――終わり

(初出:2000年)




※1:同じように、行ってみたいけれども行ったことのないのが「東京ゲームショウ」。同人誌にもゲームにもさしたる興味は無いが、オタッキーさんたちのメンタリティだけには興味がある。コスプレしている人とかに話が聞けたら最高なんだが…。

※2:週刊少年ジャンプで連載していた、「ドラゴンクエスト」の世界観で描かれたマンガ。アニメにもなったはずだが、どちらも作者は見たことがない。

※3:この斉藤さんという御仁、セーラー服の時はともかく、いったん私服になったが最後、とてもではないが中学生には見えないほど大人っぽかった。我がサークル、メンバ全員中学生のくせに、会場内に陣地を確保することができたのは、この斉藤さんが年齢を24歳と詐称したからである。10歳も詐称してバレないんだもんなァ…。

※4:もちろん、みんなペンネームがあったのだが、大半は忘れてしまった。だが、斉藤さんのだけはよく覚えていて、大店出世流と書いて「バーゲンセール」。いったいどんな由来で…。林さんは、下が「絵留香」となっていたはずだが、苗字の部分が思い出せない。バーゲンセールさんに心当たりのある方、ぜひご一報を。

※5:ラミパックしたお手製イラストカード。1枚50〜100円が相場と思われるが、プロのイラストレータとかの作品にでもなればもっと高いだろう。ラミパックの機械は、オフィス用品として売っているらしい。

※6:「飾り翼のデブ」も「正しい自殺のやり方」も、この作品のテンションに比べれば赤子同然。ストーリーなんか無いに等しいが、読んでいる間はむやみに熱くなる。誰か現物を持っていませんか?

※7:ドラゴンクエストを今さら説明してもしかたがないだろう、エニックスが発表している、超人気テレビゲームシリーズだ。私的にはファイナルファンタジーシリーズの3倍は好き。そういえばいまいち評価の低かったXだが、私個人は非常に高く評価している。欠点と言えば、プレイ時間が短すぎることくらいだ。

※8:ストリートファイターUはカプコン、餓狼伝説とサムライスピリッツはSNKが発表している格闘ゲーム。両作ともいまだに続編が作られている人気者だ。不知火舞のきわどい衣装が、どこまで過激になるかが、当時のゲームファンたちの胸を熱くさせた。

※9:セーラームーンはもはや説明の必要はないだろう。社会現象にまでなった超ヒットマンガである。「幽遊白書」は、週刊少年ジャンプで連載していた一風変わったマンガ。主人公が死んでしまうところから物語が始まるという、斬新極まりない作品。ところで、両作の先生方は、現在、夫婦となっているらしい。



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