自称名探偵氏の事件簿「凶器消失殺人事件」〜解決編〜
★現代科学捜査の基準で言えば名探偵氏が出る幕はないんだよなという問題★
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「犯人は疑いようもない、あの女性編集員…仮に『お局さん』とでもしておこう」 ――いえ、鈴木京子と言う名前で――という警部の言葉は名探偵には届いていないようだった。「犯行時に窓際氏に近づいたのがお局さんだけである以上…」 ――窓際氏って、課長のことか…?――よほど突っ込もうかとも思った神居警部だったが、無駄なような気がして黙っていた。「彼女以外に犯人は考えられないよね。では、窓際氏を絞め殺したはずの凶器はどこへ消えたのか? 実は消えちゃいないんだ。窓際氏が殺されるよりずっと以前からそれは資料室の中に、誰の目にも留まらないはずがないほどあからさまに存在していた。それはね、新聞なのさ」

「は?新聞?」 我が耳を疑って警部が聞き返すと、自称名探偵氏、何を思ったか、しん・ぶん・ぶん・蜂が飛ぶ♪、とわけの判らない歌を唄いだした。「いや、歌はいいから」

「一本の矢は容易に折れても、三本の矢を折るのは難しい。ひらひらと広げている状態では到底人を殺せるようには見えない紙っぺらだけどね、3〜4枚重ねて細長く丸めてみると、これが案外硬くなるんだ。ためしにやってごらん、そこに朝日新聞がある。そう、その状態。それで両端を持って引きちぎれるかい? ふふ、できないだろう? それが『ごく太い紐状のもの』の正体さ。お局さんには何の用意もいらなかった。窓際氏が作業をしている資料室に何気なく入っていき、そこにどっさりと積んである新聞のバックナンバーを適当に抜き出し、丸め、資料室に人が入ってこない一瞬に、窓際氏の首を背後から吊り上げるようにして思い切り締め上げたのさ。30代の独身キャリアウーマンの腕力ってのは、これがなかなか馬鹿にならないんだぜ。ましてや新聞社の編集なんていう激務をこなす腕だ。窓際氏の頚椎が、絞められた一瞬にどういう状態になったか、考えただけでも身震いがするね。たとえ瞬殺できなかったとしても、首を絞められている状態で大声なんか出せないから、彼の苦鳴は編集室の雑音が消してくれただろう。そうして首尾よく殺人を終えたら、後は急いで新聞を始末すればよい。…ふふ、どう始末したかって、何を言ってるんだい、紙を始末するのに最高のものが資料室にはあったんだろう?シュレッダーがさ! 業務用のシュレッダーに解いた新聞を突っ込めば、ものの数秒で細かい紙くずに変身。もう誰も、その紙くずが凶器だなどとは思わない。この名探偵をおいてはね! 後は平静を装って資料室から出て行き、入れ違いになりそうな他のスタッフをそこはかとなく牽制しておけば、発見までに数分の余裕が出来る。これが、凶器消失殺人事件の舞台裏さ」

 後に鈴木京子は語っている。30代後半の女にとって最大のセクハラは「まだ結婚しないの?」という言葉だと。その言葉を聞くたび、「結婚だけが人生じゃないだろう!」という反発心とともに、自分の、女性としての『存在』が白蟻に食い荒らされていくような感覚を覚えるのだと。運命のその日、資料室でたまたま間宮課長と二人きりになった時、彼の、脂の浮いたあばた面の下方にある醜く歪んだ唇からその言葉が吐き出されるのを認識した瞬間、彼女は自分の中の大切なものが壊れてしまう恐怖に襲われたという。「私は、私を守るために、課長を殺した。それのどこがいけないの? 大事なものが今にも壊れそうな時、それをただ指をくわえて黙って見ていろとでも言うの? 私は違う。私は、私のために戦う。結婚?くだらない! 一人で生きて行けるのに、どうしてそんな面倒なことしなくちゃならないの? みんな、みんな優しくなんてない。優しいのは私、私に優しいのは私だけ。だから、私は独りで生きていく。誰にも頼らない。誰も要らない。だから、だからあのあばた面を殺してやった! あは、あははは、いい気味。いい気味だ! あの面で奥さんがいて、子供がいて、幸せなくせに、あの面で幸せなくせに、あいつなんて言ったと思う? 『よかったら俺が可愛がってやろうか?』だって。ふざけんじゃねえよ! 鏡見て物言えってんだ、馬鹿野郎! てめえみてえなブ男に、何でこのあたしが可愛がられなきゃいけねえんだよ! あたしはなぁ、あたしは…あたしはぁ!もっと、もっと、いい男じゃなきゃ…だめなんだよぉ……あたしのこと、あたし…の…ことを…ずっと……ずっと………」

 ――――――――――――おわり
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