――タカ坊の部屋には、PCがある。
タカ坊が高校入学祝にパソコンを買ってもらった……そう雄二から聞いたのは、去年の四月の事だった。
パソコンって何をするもの？ インターネットで情報収集？ 図書館に行きなさいよ。そう思った私も、「これからの時代には必需品だから」という理由で買ってみた。のは良いものの一通り操作を覚えた後は部屋の隅で埃を被っている。どうも私には合わないらしい。雄二なんかは自分で編集したDVDをタカ坊と共有したり夜半過ぎまでタカ坊と文字のやり取りをしていたりと有効活用しているようで、少々羨ましかったりする。主に「タカ坊と」の辺りが。
最近は動画投稿サイト等という物にはまっている、と聞いたときは何も言わずに雄二を握りつぶしたっけ。雄二から没収したいかがわしい雑誌には「日本最大級の素人娘写真投稿マガジン」とあったからてっきりそれの動画版をタカ坊に教えたんだと勘違いしていた。まったく、普段は冷静なふりをしていてもタカ坊に話が及ぶと思考が短絡するのは自分でも考え物だと思う。
そう。私、向坂環はタカ坊が大好きなのだ。どれ位好きかというと「ライク」「ラヴ」「アガペー」「愛」「恋」等等。凡そ人類の持つ全ての「好き」という言葉を合わせても、きっとタカ坊への気持ちは表せないだろうと断言できる。ちょっと前に知り合った1年生の女の子曰くこの気持ちは「すきすきすきー」というらしいが、それはちょっと違う。私のタカ坊への思いは「すきxG64(4)」くらい。自分でもちょっとおかしいのではないか、と思う位だ。
で、そんな「向坂・タカボウスキー・環」を自認する私としてはタカ坊は可愛い。可愛いくてかっこよくってそれでいて優しくて親切で時には強引なところもちょっと素敵で時折見せる潤んだ瞳が最高にキュートな癖に時々ドキッとさせる位に男らしいところもあるタカ坊は、上下同級生問わず女の子から慕われまくっているらしい。当然だ。タカ坊が認められてうれしい反面、ちょっとだけ妬けるジレンマ。
もちろん、そんなタカ坊に悪い虫がつかないように幼少期から躾けている。まずタカ坊を色々つれまわして私以外の女の子から遠ざけた。次に、タカ坊が他の女の子と遊べないように「私以外(このみは例外)の女の子に対して」少々苦手意識を植え付けることに成功した。両親の陰謀か九条院に行く事になったときもタカ坊の情報は雄二から定時報告を受けていたからタカ坊の半生史を書く事も余裕だろう。尤も、「ハードカバーＡ４ 15145ページフルカラー上質紙110kg、タント紙見返しのしおり紐付き(オリジナルアンケートはがき付属)」のタカ坊半生記は千部刷りで一億九千十七万五十五円したので諦めた。何故か両親が泣きながら辞めてくれというのだ。私としては破格の値段だと今でも信じている。
これほどまでに練りに練られた「タマお姉ちゃんすきすき大好き大作戦/Operation:TAMAKI」は完璧なはずだったのだ。寸分の隙も無く、ネズミはおろかグルーオンすら通さない完璧な守り。だからこそ、目の前の現実が理解できない。
まずは5W1Hからはじめよう。
――Who?
私、向坂環とタカ坊こと、河野貴明。
――When?
土曜日の午後3時。
――Where?
タカ坊の部屋の前。
――Why?
タカ坊と外出しようと思って。
――How?
タカ坊はタマお姉ちゃんの言う事は絶対聞くのだ。
――What?
……それが理解できない。
タカ坊はPCの前にいる。PCの画面にはウェブブラウザとメッセンジャーソフトが開いていて、どうやら前述の動画投稿サイトをみて笑い転げているようだ。ヘッドホンをしているので何を見ているのかは聞こえないが、さぞ可笑しそうに、お腹を抱えて笑っている。が、そこからあとが問題だ。
――なぜタカ坊は。
――うららかな土曜の午後に。
「全裸の白人男性がひたすら男性のお尻をたたき続けている動画」を見て笑っているのだろうか。
この時漸く私は「タマお姉ちゃんすきすき大好き大作戦/OperationTAMAKI」の穴を見つけた。
そして、その穴はもはや修復不可能と悟った。
そう、タカ坊の「女性苦手意識」は「思春期男子が通る健全な道」ではなかったのだ。
タカ坊が進む道は、果てしなく遠い衆羅の道。
溢れる涙を堪える事もせず、私は家に走った。
――10年越しの失恋はほろりと苦く、そしてちくりと苦しかった。
UG の発言:
これ面白すぎだろwwwwww
貴明 の発言:
同意w
UG の発言:
パンツレスリングシリーズはガチ(兄貴的な意味で)
貴明 の発言:
www
貴明 の発言:
でもさ
貴明 の発言:
土曜の真昼間っから俺たちは何を見てるんだろうな。
UG の発言:
(´・ω・`)
UG の発言:
(´；ω；`)
――この直後、雄二のウェブカム越しに貴明は「地獄」を見た。そしてその日以来周りの女の子の視線が妙に生暖かく感じるようになったというのは、またちょっと別のお話……仕方ないね。
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