鷹乃祭鳥
著:Sohma
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 季節外れになったけど誘ってよかったな、夏祭り。ささら、喜んでくれてるみたいだ。


「サンショウウオさん、可愛い……」


「にゃっはっはー、何さーりゃんに見惚れてるかに? たかりゃん二等兵はいまから屋台を制覇するという任務があるではないか。女子に現を抜かしとる暇はないぞぉ」


 ……二人っきりじゃないけど。


 まあいい。結局、ささらと「二人っきり」にはなれなかったけど、彼女も楽しんでる事だし、よしとしよう。ちょっと財布と胃は痛いけど。


「ほらほらたかりゃん、まだ道は長いぞぉ〜。このみん上等兵を見たまえ、食って食って食いまくっておるではないか」


「くらげさん、可愛い……」


 いやいや、ささらも可愛いよ。でも、ささらと一緒にまわりたかったな……


「あ、ウミウシさん」


 ちょうどささらが向いた先に射的のコーナーがあった。確かに最上段にはウミウシらしきぬいぐるみがおいてある。よし、ここは彼氏らしい所を見せてやろうか。


「欲しいの?」


「え? 貴明……さん? や、やだ、今の声に出てた?!」


「バッチリと。んで、欲しいんでしょ?」


「そ、それは……欲しい……けど」


 彼女の声は終わりに向かってどんどん小さくなっていく。でも小牧さん以上に遠慮の塊だった彼女が自分から希望すると言うのは格段な進歩だ。よし、いっちょ一肌脱ぐか。


「じゃ、ちょっと待ってて」


 こうみえてもタマ姉に連れられて射的に興じた事もある。それ以来射的は得意だ。下町のゴ○ゴ13と呼ばれた腕、存分に披露してやろうじゃないの。幸い、ウミウシは何故か立っているので重心も高い。ヘッドショットを決めれば簡単に落ちるだろう。親父さんに百円玉三枚を渡す。三途の川の渡り賃だ。得物は自分で選ぶ。よっしゃ、銃身が長いタイプがあった。これは得意だ。


「んじゃ、弾は三発まで。当たっても倒れなかったらあげられないよ」


 わかってる。向こうもプロだ。立たせてあるのはおそらく敵《俺》を油断させる為。その位置は綿密に計算されているに違いない。このオヤジ、思った以上に喰えないな。


 ……望む所だ。


 狩るモノ、狩られるモノ……実力に関係なくその瞬間は美しい。でも悪いなおっちゃん。この河野貴明、彼女の前じゃ非情に徹するぜ。足に当ててバランスを崩した直後にヘッドショット。さて、俺のリロード速度についていけるかな?


「ふむ?」


 おっ、オヤジの目つきが変わった。「構え」が違う事に気付いたようだ。そんじょそこらのガキとは違うのがばれた様だな。だがおそかったなとっつぁん、賽はもう……投げられた!!


「「?!」」


 初弾で足を狙った事にまわりは戸惑ったようだ。ささらも目を見開いている。しかし思った以上に効果はあったようでぬいぐるみは振り子のように揺れていた。


「Kill foot of a bag first/獲物はまず足を殺せ」


 タマ姉《The boss》の言葉だ。足さえ殺せばどうにでもなる。ぬいぐるみはぼろかったのか威力がありすぎたのか足の部分がちぎれて綿が覗いていた。


 しかし親父の目はぬいぐるみではなく俺の手元に向けられている。わかってるじゃないか、おやじ。そう、


      “ 既 に 次 弾 は 込 め ら れ て い る ” 


 未だに揺れるウミウシの頭に照準を決める。これで……ジ・エンド《終わりだ》!


「駄目ぇぇぇ〜〜〜〜!!」


 とつぜん照準がぶれた。


 いや、厳密には“止められた”。この感覚はささらだ。あったかい……でも、なぜ?


「ウミウシさんを……いじめないで!」


 ――心優しい彼女らしいセリフだった。


「わかったわかった。でも、いらないの?」


「ほ、ほしいけど……それよりウミウシさんが可哀想なの!!」


 涙目で見上げてくる彼女の視線は本気《マジ》だ。ああもう、どこまで純粋で、どこまで可愛らしいのだろう。駄目だ。こんな目で見つめられては何も出来ない。男、河野貴明17歳。今宵限りでカタギに戻ろう。


 優しい気持ちで銃を置く。もう自分には必要ない。彼女とともに生きていこう、そう決心したのだ。慈しみを込めてウミウシを見つめた。ゴメンよ、さっきは怖い目で見て。もう大丈夫だよ。酷い事はしないから。命って大切だよね、素晴らしいよね。


 俺の心に感服したのかウミウシは頭《こうべ》を垂れている。オヤジも感服したように俺の事を見つめていた。ふふっ、仏の貴明たぁ俺様の事よ……ってあっー!! 


「負けたぜ。俺の計算が“たった一発で”崩されるなんてな……持ってきな」


 驚いてささらの方に振り返る。惚けた様に立っていたが


「……!! 貴明さん、うれしい!!」


 気付いた頃には喜色満面で飛びついてきた。今までで最高の笑顔だ。ぽつり、ぽつりと観客《ギャラリー》から拍手が沸き起こる。拍手はだんだん大きくなり夜空に響いた。その中にはリスのように頬を膨らませたまーりゃん先輩とこのみもいる。




 そんなこんなで新学期。ささらの部屋には、足に包帯を巻いたウミウシのぬいぐるみが、窓際《一等席》に座っている。主人の帰りを待ちながら、その恋人を、待ちながら……。
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