奥手で知られる委員チューが唯一心を許しているのが、前述の河野貴明である。入荷した書籍を図書室まで運んでもらったことがきっかけだった。その後紆余曲折を経て、「お互いの異性恐怖症を克服するための恋人ごっこ」を始めるに至る。
「きょ、今日のお題は…これです、なのよ」
2人の目の前には一杯のフルーツパンチ。透明なイエローの液体が満たされて、数種のフルーツと四角いゼリーを浮かべている。曲がるストローが2本入って、準備は万端である。
「ま、愛佳…えっと、まさかとは思うけど…」
「応用編なの」
震える声で委員チューがストローに手をかける。一方貴明はといえば、気迫の委員チューにおされ気味。
しかし、「一緒にがんばろうって言ったよね……?」と、うるうる目で懇願され、あっさりノックアウト。観念したようにストローをくわえる。
…が
「あ、あれ?」
ぱしゃっ
「……愛佳?」
「あ、あれ? おかしいな…。……それっ」
ぱしゃっ
見ると、委員チューがストローに口を持っていくたびに、ストローの先がジュースの中から飛び出てしまっている。彼女の背丈よりもグラスの方が大きいため、角度的にどうしてもそうなってしまうのだ。
「あの、今日はもう諦めた方が…」
「や、や、問題ないです。ちょっと待っててください、なの」
ぱしゃっ
まぁ、なんというか、いい加減読者も飽き飽きしているかもしれないが、もう一度お願いしよう。彼女に暖かいエールを送ってあげていただきたい。
すなわち、『委員チュー、がんばれ!』と。
ぱしゃっ
とはいえ、物理的に無理なものは致し方ない。がんばって背伸びをするのだが、焼け石に水である。だが、諦めきれないらしく、爪先立ちになった身体をさらに上へ押し上げようと、勢いをつけて跳ね上がる。
だが、それが間違いの元だった。勢い余って前のめりにつんのめり、すってーんとばかりに転んでしまったのだ。
「うきゃ☆」
「ちょ、愛佳、大丈夫!?」
読者の皆様の(以下略)。
要するに、これが、運命なのだ。
「へ、平気です、平気…」
慌てて立ち上がる委員チュー。しかし、左のほっぺが赤くなっているところを見ると、かなり痛そうだ。
「う、うう…」
哀れ、チャームポイントのハム耳は悲しそうに伏せって、尻尾がたらんと垂れ下が
ってしまう。そろそろ泣く頃か?
…と
「ほら、愛佳」
「え…?」
貴明の手が、委員チューの前に差し出される。
「あ、あの…貴明くん?」
「乗って、愛佳」
「でも…」
「一緒に、飲もう? その…恋人同士、なんだからさ」
「たかあきくん……」
そっと、委員チューの足が貴明の手のひらに乗せられる。
彼女がバランスを取り終えたことを確認し、貴明は手を持ち上げて、難なくストローをくわえられるところまで持っていく。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして」
2本のストローに、フルーツパンチが流れる
微炭酸の飲み物は、とっても甘くって
2人の顔が思わずほころぶ
お互いの目をちらちらと盗み見ては
嬉しそうに、ぽっと頬を染める
それは、きっと…
「たかあきくん…」
「うん?」
「すごく…おいしいね」
うららかな春の午後はゆっくりと流れていく。
甘い甘いフルーツの香りは、いつまでも、書庫の中を満たしていた。
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〜跋文〜
委員チューは小動物である。名前は小牧愛佳というが、呼び捨てにすると恥ずかしがって隠れてしまう。
彼女は今日も、どこかの学校のどこかの書庫で、小さな身体で一所懸命、本の整理にいそしんでいる。
もしも、あなたの学校の書庫から、とことこと可愛らしい足音が聞こえてきたら…
それは、ひょっとすると、委員チューが本を運ぶ足音なのかもしれないよ?
―――――――――――おわり
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この物語は、
『委員チュウ 〜秘密基地はお菓子天国の巻〜』
(塚本ミエイ:ToHeart2 〜あなたが恋する物語〜 vol.2:ブロッコリー)
『てのりまなか』
(Wter Emp-TEI 管理人:みづな氏)
の両作品を元に、白詰草が独自解釈のうえ執筆したものです。
両作者様には最大限の感謝の意を表します。
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