情報化社会と情報化人間
★協賛 友人ココ嬢★
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「おい、パンツ1丁で屋根の上を逃げ回った空き巣がいたんだってよ。すげえなあ」
 日曜日の特番を観ていた秋葉義則は、台所で煮物と格闘していた妻・珠美にそう話しかけた。だが、奥方にとってはテレビの特番よりも、目の前でころころと良い音を立てている野菜たちの方が重要らしく、「へえ、すごいわねえ」と、気の無い返事をよこしただけだった。だが、さしたる返答を期待していたわけではない義則は、妻の無関心にもめげずに、ひたすら「すげえなあ」を連発する。
「世の中にはヘンな奴がいるもんだよなぁ、すげえよなあ」

「おい、今年の秋はレザー物が流行るんだってよ。なあなあ」
  筑前煮を箸に刺したまま、義則がテレビの方を向きながら騒いでいる。画面には、10代後半と思われる女の子が、身体にぴったりとした、窮屈そうな服を着ている姿が映し出されている。
「お前も、あれ買って来たら?」
「やあね、あれは若い子向けのものじゃないの。あたしには似合わないよ」
  少し淋しげな顔をして珠美が言う。30代ともなれば、肌の張りにも、つやにも衰えが出てくる。若作りの珠美とは言え、細かいところでは『年齢』の2文字をごまかせないのだ。
「だってほら、テレビで言ってるじゃないか、この秋はこれがトレンドなんだって」
「だから、それはティーンエイジャーの…」
「そうかぁ、今年はああいうのが流行りなんだなぁ」珠美の話が耳に入らない様子で、義則は1人喋りつづける。

「お、おい!」切羽つまった様子で、風呂上りの珠美に義則が声をかけた。「なによ、そんなに慌てて…」「自衛隊の重要なデータが盗まれたって! アメリカのCIAにハッキングされて、ひょっとしたらアメリカに攻め込まれるかもしれないって! いま、テレビでやってるんだよ!」
  さすがにこれには驚いて、珠美がテレビ画面に目を向ける。だが、ものの1分もしないうちにテレビから目を離すと、義則の顔を見ながらけらけら笑い出した。
「なんだよ!なに笑ってんだよお前は、こんな非常時に!」
「バカねえ、これ映画じゃないの。金曜ロードショー」
「え?」
「ああ、びっくりしたぁ。ん、もう…なんでもかんでも鵜呑みにしちゃダメよ、あなたったら人が良いんだから…」
  だが義則はまだ、テレビを凝視しながら納得できない様子でいる。
「だって…これテレビなんだ…テレビがそう言ってるんだ…」

 秋も深まったある日、勤め先から帰ってきた珠美の耳に、聞きなれない嬌声が聞こえてきた。
「やぁーだぁ、ヨシったらテレビの言うこと真にウケちゃってぇ」
  胸騒ぎを覚えて居間にかけこんだ珠美の目に、下着のままで笑い転げる若い女の姿が目に入った。その横には、下着どころか素っ裸でくつろいでいる義則。
「お、珠美じゃないか。お帰り」
  何らの後ろめたさも感じていない様子で、のんびりと声をかけてくる義則に怒りを覚えて、珠美は声を荒げた。
「ちょっと、なによその女は! あ、あんたたち、そんなカッコで…!」
「いやぁ、テレビでね。不倫は悪いことじゃないって言ってたからさぁ」
「な、何を言って…」
「夫婦って言ってもさ、他人同士なわけで別の異性に興味を抱いてもおかしくないって。テレビで言ってたんだよ。マンネリする夫婦生活の中に、刺激を求めるのは、夫婦の仲を円滑に保つためにも必要なんだって、こないだテレビでやってたんだよ。だからさ、怒るようなことじゃないんだよ。テレビでやってたんだ、テレビで。だからさ、間違ってないんだ。テレビでやってたんだから。テレビでやってたんだから」


 ――――――――――――終わり
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