〜扉〜
「さ、触ってみたい……かも……」
口にした瞬間
『な………何言ってんだ俺はああああああああああああああ!!!!!!!???????』
沸騰、灼熱、大噴火。
身体中の血液が巡り巡って、顔から火が出るとはまさにこのこと。いま体温を測ったら、きっと体温計の目盛りが振り切るどころの騒ぎではないだろう。
言うに事欠いて『触ってみたい』とは何ごとか。
だいたい、マウスパッドはともかく、実の姉の胸など触ってみたいとは思わない。これっぽっちも思わない。と思う。たぶん。きっと。
『そうだよ、姉貴の胸なんか、どうせ固くて……』
いつも身体を鍛えている環。きっと筋肉質だ。胸だって、大きいだけで固いばっかりだろう。どうせ触っても面白くない。
でも――
なんとなく、思い浮かべてみる。
ツン、と生意気そうに上を向いた環のおっぱい。89センチのFカップ。
マウスパッドでは、確か白いビキニをまとっていた。ヴォリュームたっぷりで、いまにも紐がちぎれ飛びそうなバスト。少なくとも、固そうには見えなかった。
いや、それどころかむしろ、日頃滅多に見せない"やさしいきもち"がいっぱいに詰まっているような気さえする。
あの胸に手を置いてみたら、いったいどうなってしまうのか――。
『ゴク……』
思わず生唾。
ちらり、と様子を窺ってみる。
そこには、ぽっと赤くなって俯いた姉の姿。
「じゃ、じゃあ……」
小さな唇を奮わせて、環がちらりとこちらを見た。
「触って、みる?」
そうして――、
つっと、胸をこちらに差しだした。
『なっ……』
ドク、ドク、ドク、ドク……
心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。
いったい、これは――、
夢か、現か。
あの環が、
あの姉が、
畏怖の対象でありこそすれ、憧憬の対象では決してなかった実の姉が、
いまはこんなにも、切なげな顔で佇んでいる。
その光景は、まるで陽炎のように現実感に乏しくて。
でも――、
心の、どこかで
きっと、こんな場面を
夢に見ていたような気が、する
だって、
畏怖の対象であっても、
憧憬の対象ではなかったとしても、
姉の美しさを疑ったことは、一度たりともないのだから。
たぶん、
世界でいちばん、美人のお姉ちゃんなのだと――
「は、早く……、早くしなさい。男の子でしょ、だらしないわね……」
「あ、ああ……」
少しぼーっとしていたようだ。姉の不服の声に我に返る。
でも、その強気な言葉に、むしろ『やはり目の前にいるのは姉なのだ』という実感が沸いてしまう。
『マジか……』
それでも、雄二は必死の思いでそろそろと手を近づけていく。早くしないと怒られてしまうと思ったからだ。それに、もしかすると、このまま放置しておいたら泣いてしまうかもしれない。
だから――
『いくぞ……』
覚悟を決めた。
あと、ちょっとで、マウスパッドではないふくらみに手が届く。
たぶん、この世の何よりも、心地よい感触を持ったものへ。
あと、一センチ――
とはいえ、
まぁ、
この小説は18禁ではないものでして、
これ以降は描写したくてもできないんですよ。
だからね、
次の行でお邪魔虫を呼んじゃうのですよ♪ 悪しからず。
「タマお姉ちゃん、ここにいるのー?」
ガチャッ
「あ、2人ともやっぱりここにいたぁ」
急に声がしたかと思うと、誰何を問う間もなくドアが開く。そこに立っていたのは、幼馴染みの柚原このみだった。
「もう、呼び鈴鳴らしても誰も出てこないんだもん。それなのに鍵は開いてるし、いけないんだぁ。ちゃんと鍵を閉めておかないと、強盗さんに入られちゃうんだよ? きっと怖いんだからね。…………って、2人ともどうしたの? なんだか、美術の教科書に載ってる彫像みたいなポーズになってるよ?」
そろそろ春の気配も漂う二月の向坂家。
姉弟揃って、「ジョジョの奇妙な冒険」もかくやというようなポーズで固まっている昼下がりであった。
〜その予感は〜
明けて次の日。
「ほら、もっとシャキッとしなさいよ。男の子でしょ」
「う、うるせーなー。朝なんだから仕方ないだろ?」
いつものように学校へと続く道すがら、ほとんど日課のような、軽い姉弟ゲンカの声が街に踊る。
「あん、もう、襟のホックも外れてるじゃないの。貸しなさい、留めてあげるから」
「いいよ、……って、だからいいってば! 自分でやるよ!」
「なら早くしなさい。もう、いつまで経っても子供なんだから……」
「ちぇっ」
その数歩後ろ。これまたいつものように、仲睦まじく並んで登校している河野貴明と柚原このみが、顔を見合わせて苦笑した。
「あいかわらずだな、この姉弟は」
「あはは、そうだね。でも……」
ちらり、このみが前を行く姉弟を見る。
「ちょっとだけ……、ね?」
「……そうだな、ちょっとだけ……な」
ちょっとだけ、
それはいつもと違う朝だったかもしれない。2人はそのことに気付いている。
なぜなら――
「うん、留めたわね。よろしい」
「キツいんだよな、これ」
「ガマンなさい。いい男のたしなみなんだから」
「へいへい」
このみたちの視線の先。そこには環と雄二の手。
いつもはカバンを持っていたり、ポケットに入れていたりする2人の手が――
今日は、そう、ちょっとだけ仲良しさんだったから。
「ねえ、タカ君」
「ん?」
「このみたちも、手を繋いでいこうよ」
「甘えんぼ」
「いいの。ほら、行こう?」
きゅっと、繋いだ手。
このみと貴明、そして――環と雄二。
重ねられた手に交わされる温もりは、たぶん、あの角からこっちを見ている春の気配。
何かが変わる、そんな予感。
並木道に桜舞う頃、きっと――、物語はまわりだす。
――HAPPY END
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