にゃんにゃんタマお姉ちゃん
第二回葉鍵板最萌トーナメント出展作品
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 そもそも姉貴にやられっぱなしというのが、なんというか男のアイデンティティ? そういうのを揺るがしているわけでな、一度くらいは反撃しても良いんじゃないかとアイアンクローを決められている最中に考えたのが、今回の計画の発端なわけだ。
 何言ってんのかわからない? まぁ、判りやすく言えば、この俺・向坂雄二サマがついに姉貴の支配下から脱し、自由と平和を謳歌する日がやってきたってことなんだな。
 …まだ判らない? しょうがないやつだな。
 じゃあ、計画名から言うからな、一度しか言わないから、耳かっぽじってよっく聞いとけよ?
 ズヴァリ!『姉貴をヘンな薬で無力化しちゃうぜ大作戦』ッッ!
 …な、なんだ、その、可哀想なヒトを見るような目は。
 言っとくけどな、薬っつっても、媚薬とか麻薬とか、そういう危ないやつじゃないぜ。…だいたい、俺が姉貴に媚薬とか使うわけねーだろが、よりにもよってあの凶暴女に。何のメリットがあるんだっつの。
 じゃあ、どんな薬かって? ふふ、聞いて驚け見て驚け、これが、去る筋から手に入れた秘密の魔法薬・猫ネコα(改良版)〜! ぬぁんと、この薬液をターゲットに飲ませればあら不思議、たちまち無力な子猫ちゃんに変身しちゃうって寸法よ!
 ……だ、だから、なんだその哀れみをバケツでひっくり返したように溢れさせた悲しい目は!
 知らねーんなら教えてやるけどな。ウチの学校に昔あったオカルト研は、ホンキで魔術の実践とかやってたんだぜ。今はもうオカ研はないみたいけど、似たような研究会があってな、こいつはそこから仕入れてきたワザモンなのさ。ご丁寧に取扱説明書までついてな。信頼度は抜群だっての。
「…雄二」
 くっくっくっ、これさえありゃあ、姉貴なんて目じゃねーって。いくら姉貴だって、猫にされちゃあ何にもできねーだろ。
「…ちょっと、雄二?」
 なーになに、心配いらねぇよ。効果は約2時間程度らしいから、時間がくれば元に戻るって。ま、でも2時間あれば、俺様のキョーフを骨の髄まで染み渡らせるに充分! 明日からは、晴れてこの家の天下を握れるってわけさ。ぬぁーっはっはっはっは!
「……3・2・1……」
 んぁ? なんだこのカウントダウン…

「ふんっ!」

 ガッ
 ギリギリギリ…

「ぐぁああああだだだだだ! 割れる割れる割れる!」
 突然、俺の視界が真っ暗になり、一瞬後に猛烈な痛み、っつーか痛ぇ!痛ててててて!
「さっきからお姉ちゃんが何度も呼んでるというのに…いつから雄二は私を無視できるほど偉くなったのかしら?」
 ギリギリギリ…
「わ、割れる! 割れるってまじまじ!」
 シャレになんねー! まじ、まじ割れる! 助けろ、っつーか助けて!
「悲しいわ…、こんなに大きくなっても、まだ躾が足りないなんてね…。何年も家を空けていた影響が、まさか我が愛する弟を蝕んでいたなんて…」
「ごめんなさい! もうしません! もう無視しません! だから、…あだだだだ! お、お願いだからお許しください! わ、割れっ! 割れるっ! 割れる割れる!」
「……ふぅ」

 ドサッ

 あ、ががが…
 死ぬかと思った…つーか、よく生きてるもんだ、俺。
「ま、いいわ…これに懲りたら、呼ばれたらすぐ返事をすることね」
「…へいへい」
「何かしら?」
「いえ、はい。判りましたお姉さま!」
「よろしい」
 ……く……くそぉおおお! 今に見てろ、姉貴!
「ともかく、さっさと箸を動かしなさい。冷麦が伸びちゃうじゃないの」
「お、おう…」

 ちりんちりん…

 ――夏の陽射しに照らされた向坂家に、風鈴の音が少しだけ響く。そんなに風があるわけでもないが、やはり風鈴が鳴ると、じめじめとした蒸し暑さが一瞬ではあるものの和らいだ気になるから不思議だ。
 今は食事時。日曜昼間、普段なら貴明でも連れて、駅前通りでおねーちゃんたちに声をかける算段をしながらヤックでハンバーガーでも食ってるような時間帯だが、今日は計画を遂行するため、おとなしく家にいるのだ。
 まぁ、ここんとこ、貴明は付き合いが悪いから、誘ってもついてこねえ可能性が高いけどな。けっ、彼女ができたら男友達なんて二の次かよ。…ま、俺も同じ立場ならそうするけどさ。
「ふぅ…それにしても暑いわね…。九条院はこの点良かったわね、山の中だから涼しくて…」
 …なら帰れよ。誰も姉貴にいてほしいなんて思ってねっつの。…まぁ、チビ助は寂しがるかもしれないが…。あいつ、この凶暴女に懐いてるからなぁ。いなくなったら、きっとまた泣くんだろうな…。
 いや、まぁ、そんなことはいいんだ。ともかく、作戦を遂行しようぜ、俺。
 …えっと、説明書は…っと。
「何をごそごそしているの?」
「ああ、いや、ちょっとな。ケータイが…メールだよ、メール」
「…食事時ぐらい、携帯電話の電源は落としておきなさい。行儀が悪いわよ」
「ああ、わかったわかったって。今度からな」
 …今度があればな。えーっと…なになに?

『ぱんぱかぱーん! 猫ネコα(改良版)げっと、おっめでとー! 今から、この薬の使い方を教えちゃうよ? メモの用意はいいかな? 使い方はとーっても簡単! この薬液を一滴だけ水に薄めたものを意中の相手に飲ませれば、それでおっけー! 1リットルの水に薄めてくれればいいからね。あ、それから、多目に使っても効果は変わらないからその点は安心だけど、もったいないから少しずつね? 効果はズバリ2時間! これだけあれば、あーんなことやこーんなこと、いっぱいできるよね! 加えて即効性だから、飲んだらすぐに効いちゃうよ? それじゃあ、会員のみんなの健闘を祈ってるよ! あ、それと、できたら薬液の使用結果を報告してくれると嬉しいな♪ 連絡先は、ミステリ研究会会長・笹森花梨までお願いね! それじゃあ、まったねー♪』

 …な、なんかえらくフレンドリーな説明書だが…まあいい。もらった時に聞いた使い方で合ってるんだな。くく、一滴だけなら、なんとでも入れようがあるぜ。それに、都合よく、今日の昼飯は冷麦だからな…。器の中にぽつんと一滴、楽勝じゃねーか。
 …それにしても、なんだ? "あーんなことやこーんなこと"って…。
 ま、いいか。死ぬこたねーだろ。たしか、貴明が入ってるクラブの会長らしいし…そういう点では信頼できるだろ。
 それじゃ、ひとつ…
「姉貴!」
「え? な、何よいきなり…食事時に大きな声を出すなんて行儀が…」
「いや、そこ! ゴキブリ!」
「え? いやっ! え?え? どこ!? どこよ!」
 慌ててその場から飛びのく姉貴。強がってたって、こういうとこは女だよな。ともかく、チャァーンス!

 ぽたっ…

 よっしゃ! 成功! 第一段階突破!
「あ、悪ぃ、柱の節を見間違えた」
「……っ!」

 ガッ
 ギリギリギリ…

「あだだだだだ! すんませんすんません!」
 くぉおおおおお、割れる!割れる! だ、だが…これも今日が最後ぉおおおおおお!
「次から気をつけなさい…死にたくなければね」
「は、はいっ!」
「ふんっ」

 ドサッ

 がはー…。命は助かったか…。でも、これで…。
 姉貴が冷麦を口にした瞬間…!
 天下が…っ!
「…な、何よ、ひとの食べる所をじっと見て…」
「へ? ああ、いや、何でもねぇよ」
 へへ、誰も食べるところなんて気にしてねぇよ! 即効性だっつー、その効果を気にしてんだコラ! 早く食え、ほら、ぐぐっといけ!
「…ヘンな子ね…」
 つるつる…
 冷麦が姉貴の口に吸い込まれる。
 よぉっしゃー! 第二段階突破! いくのか!? いっちゃうのかネコッ!?
「あら…? 何か、味が少し…」

 ビクンッ

「あっ…」
 姉貴の体が一瞬跳ねる。もう一度、さらにもう一度、心臓の鼓動に呼応するかのように。

 ビクンッ… ビクンッ…

「あっ…ふあっ!? ……あっ!」
 …な、なんか色っぽいな。…って、何考えてんだ俺! 相手は姉貴だっつーの!

 ビクンッ… ビクンッ…
 ビクンッ… ビクンッ…

「あっ……あっ! や、やだっ! あっ!」
 姉貴が跳ねる…跳ねる…
 身悶えする衣擦れと、姉貴の切ないような声が部屋に響く。
 そして…

 ぽんっ!

 と…
「くはっ…」
 痙攣が、治まる。
 そして、姉貴は…
「な、何…? いったい、今の…」
 …なんつーか…あんまり変わってねぇ…
 いや、変わったは変わったけど、俺の考えていたのと違うっつーか…
「……あら? 何か頭の辺りが……」
「姉貴…それ、なんつーか、耳…」
 耳、だよな…
 人間の耳じゃなくて…
「耳?」
 そう言って、手――たぶん、手だと思う。脚…にも見えるが――を、"それ"に持っていく姉貴。
「……っっ!」
 がばっ
 やおら立ち上がり、どたどたと足音も大きく部屋から出て行く姉貴。
 多分、行き先は洗面所だろう…鏡を見に。
「……きゃああああああああああっ!? な、何これっ!?」
 姉貴の悲鳴が聞こえる。無理もねえよなぁ。

 どたどたどたっ

「雄二っ! こ、これ、まさかアンタの仕業じゃないでしょうね!」
 部屋の入り口に仁王立ちになり、姉貴が自分の頭を指差す。
 そこには、耳。大きな耳。
 猫の耳が…
 そして、姉貴の手は猫の手…いや、前脚? のようなそれになって…
 …ていうか、なんだよ、これ、猫化は猫化でも、猫娘化じゃねーか!
 あ、あのアマぁ〜〜騙しやがったな! 図体が小さくならなきゃ意味ねえじゃん!
「い、いや、なんつーか、予想外っつーかこういう結果を望んでいたんじゃないっつーか」
「よ、予想外、ですってぇ〜〜〜〜。じゃあ、やっぱりあんた、これの原因について身に覚えがあるということね!」
「う"っ…」
 しまった、バレた!
 くそっ、想定外もいいとこだから、思わず動揺しちまった!
「覚悟は…できてるんでしょうね…?」
 猫耳・猫手の姉貴が、もともと猫目のような目をさらに吊り上げて、こちらに近づいてくる。やべぇ、マジ怒ってる!
 しかし、俺の脚は恐怖にすくんじまったのか、ぴくりとも動かない。っていうか死ぬ?
 俺、死ぬ?
「念仏を唱えはじめなさい…」
「ま、待て姉貴!話せばわかる!平和的解決を要求! つーか、2時間で元に戻るし!」
「…だから?」
「だ、だから…、……お手柔らかに……」
「ふんっ!」
 来る…っ。姉貴のアイアンクロー!

 ガッ

「ぐぉおおおおおああああああ……」
 あー、思えば短い人生だったぜ…。17年か…俺、今まで何をしてきたんだっけ…? なんか、他のやつに誇れるようなことしたっけ? …そういや、バカばっかりやってきた気もするなぁ。ま、それはそれで楽しかったけどさ。いろいろあったなぁ。姉貴に殴られたり、姉貴に蹴飛ばされたり、姉貴に投げられたり…、つーか、姉貴ばっかだな。くそっ、いい思い出なんか…。…でも、俺が風邪で寝込んだ時、泣きながら看病してくれたっけ。ありゃあ…小学校の時だったかな。慣れない玉子酒なんか作ってて…。…そうだ、確か、姉貴が料理を始めたのは、あの時…。なんだ、いい思い出、あるじゃん、俺…。姉貴…一言くらい、言いたかったぜ。…いつも、気にかけてくれて…
 と、そこまで一気呵成に恥ずかしい回想をしたところで、はたと気づく。
「…………あ?」
 痛くねぇ。
 ぜんぜん痛くねぇ。
 ていうか、むしろ…

 ふにゅっ♪

 き、気持ちいい…

「あ、あら?」
 顔に当たる、何やら柔らかい感触。いつもの、万力のような握力じゃない。これは…
 そこで、思い出す、確か今、姉貴の手は…
「な…何よこれっ! 私の手…」
 どうやら、姉貴は今気づいたらしい。
 猫耳に気を取られて、手が猫になっていることに気づいてなかったな?
 そう、俺の顔を掴んでいるのは、紛れもない猫の手。
 ていうか、掴まれているというより、肉球を押し付けられているといったほうが正しい。

 ふにゅっ♪  ふにゅ、ふにゅっ♪

 うぉおおお、なんかクセになるぅ!
 に、肉球ってこういう感触だったのかよ! こ、これはイイ!
 ていうか、アレか? 説明書の「あーんなことや、こーんなこと」って、これか?
 た、たしかに、こいつでムスコさんをふにふにされた日にゃ、なんつーかタマんねえ!
「おおおお、も、もっと…」
「は、はぁ?」

 ふにゅっ♪ ふにゅ、ふにゅっ♪

「おおおほほほははあぁははははっほほははっ♪」
 我ながら奇妙な笑い声だが致し方なし。おま、そういう顔すんな、マジでいいぜこれ!

 ふにゅっ♪ ふにゅっ♪ ふにゅふにゅっ♪

「つーか、サイコー! うはははははは!」
「…………」
 ――と。それまで俺の顔を覆っていた肉球の感触が離れる。
 なんだよ、もうちょっと堪能させろっての。ケチだな、姉貴は…
「おい、姉貴…」
 もうちょっとやれ、と抗議を上げようとした俺に目に、その光景は飛び込んでくる。

 しゃきーん

「…あ、姉貴?」
「アイアンクローは効果がないみたいだけど…。猫っていろいろ武器があるしね…」
 つ…爪…
 猫の爪って、あんた、そのサイズはシャレになってない…
「再度言うわ、雄二…」
「な、なんだよ」
 汗が一滴、俺の背中を流れ落ちる。
 それは、あたかも呼び声のように、大量の脂汗を背中に流れさせる契機となり、俺のシャツは運動をしたわけでもないのにびっしょりになる。

「念仏を…唱えはじめなさい」

「ひっ…ま、待て姉貴! 話せばわかる、話せば…」
「問答無用ぉおおおおおお!」

 バリバリバリバリッ!

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアア!」

 夏の陽射しに照らされた向坂家に、俺の断末魔が轟く。
 ていうか、ミステリ研のあのアマァああああ!
 おーぼーえーてーろーーーーーーーーーっ!

 ――――――――――――おわり

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