神様のおくりもの 〜おためし版〜
C77冬コミ出展作品
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 百の言葉、千の理論、万の思考を費やしたとて、結局は「これはこうでなきゃ始まらない」というコトが世の中には存在する。
 例えば、朝起きたらぬいぐるみに挨拶しないと頭が冴えないとか、
 例えば、歴史の教科書の坂本龍馬にはヒゲを生やさないと威厳が出ないとか、
 例えば、みんなでおみくじを引いたら誰か一人は凶が出ないと信憑性がないとか、
 例えば、巫女さんの袴は赤くなければ可愛くないとか、
 いわゆる「お決まり」「定番」「お約束」の類である。
 往々にしてくだらない内容が多いのも特徴だが、何しろ「お約束」というくらいなので、なかなかスルーするのも難しい。趣味嗜好の類であれば個人個人によって採用の度合いも違うかもしれないが、一般通念としての恒例行事になってくると、大して好きでなくてもやっておくのが義務のようにも思えてくる。
 クリスチャンでなくてもクリスマスにはケーキを食べたくなるし、嫁に行く予定が無くても雛人形はさっさと片付けたいし、卒業式には意地でも泣きたい。
 そして、神道の何たるかなんて何も知らなくても、正月には神社に行きたくなるものなのだ。
「賑わってんなぁー」
 ごった返す人波。普段はひっそりと静まりかえって音もない境内も、この日ばかりはハレの日と、とりどりの装いに身を包んだ人たちで溢れている。その様子に目を細めながら、河野貴明は傍らの友人に語りかけるでもなく、感嘆の呟きを漏らした。
「毎年恒例とはいえ、こうたくさんの人が集まってるってのも不思議なもんだな」
 にこやかな親子連れ、振り袖のお姉さん、友達とはしゃいでいる中学生、難しそうな顔で歩いているおじさん、穏和そうなお年寄り。向こうでは買ったばかりのたこ焼きをほおばっている女の子が歩いていて、あっちでは缶ジュースを抱えた男の子が駆けていく。
 普段は接点もなく、ましてや同じ時、同じ場所に一堂に会することなんて無いだろう人々が、今まさにこの場に集まっている不思議。
「ま、人がいなかったらいなかったで、逆に不気味だけどな。初詣だし」
 貴明の言葉に茶化したようなことを返したのは、一緒に来ている向坂雄二である。一月一日のまさに元日、男二人で初詣。
「普段はひっそりしてる分。たまには賑やかに働いてくれないとな」
 神宮や大社というほど格の高い神社ではないものの、近隣では最も大きな神社であるため、人の入りがとても多い。初詣はもちろん、盆の夏祭りや七五三でも多くの人が訪れるくらいには名も通っているらしい。
「それなら雄二も、普段はいい加減な分、たまには敬虔な気分になってみるって?」
「何を言ってんだ貴明。俺はいつでも敬虔だぜ? こう見えてもクリスチャンなんだ」
「神社でクリスチャン」
「細かいこと気にするなよ。気分の問題だ。神様なんだから大したことは無問題だろ」
「いい加減だな」
「それに、今日の目的は神様じゃねえからなぁ」
 そう言って、ニヤニヤしながら肩をポンと叩いてくる雄二。
「じゃあなんだ?」
「おいおいとぼけるなよ。賽銭投げただけで帰るつもりか?」
「破魔矢も買うかな。あとおみくじ」
「ついでに安産祈願のお守りを」
「下世話だな。まだ必要ないだろ」
「まだ! まだと来ましたよ奥さん、どうしましょう! いつ頃必要になるご予定……グファ」
 不意打ちで放った肘打ちが綺麗にヒット。膝を折る様子が横目に見えたが、構わずにいっそう混雑を極める拝殿までの参道を歩いていく。
 途中にある手水舎に立ち寄り、何故か正しい作法を知っている雄二に習いながら、手と口をお清め。姉の環にでも仕込まれたのだろうが、こういう所を見ると、確かに自分よりは敬虔なのかもしれない。
 そうして、まだしばらく続く砂利道を行列に並んで進んでいくと、中々に立派な拝殿の前まで辿り着く。
 そこからなんとか先頭まで人波をかき分けると、初詣の賽銭投げ用に、賽銭箱ではなく白い布で敷き詰められたエリアが目の前に表れる。今も、後方から投げられている硬貨が貴明達の頭上を通り越して、賽銭エリアに次々と転がっていくところである。
 何やら俗世的で、御利益がありそうな光景ではないが、疑ったところで仕方なし。貴明も手の中に握っていた五円玉を投げると、そのまましばしの瞑目。去年も願った恒例の願い事と、それから、昨年より一つだけ増えた願い事を頭に思い浮かべる。誰かのために祈るなど、そういえばこれが始めてかもしれなかった。
 ちなみに、ふと横を見ると雄二が鬼の形相で手を合わせていた。ぶつぶつと願い事が口に出ているようだが、内容はどうやら去年と変わりないようだ。相変わらず平穏な毎日を送っているらしい。
「雄二、声に出てるぞ」
「うるせえな、そんだけ本気なんだよ。今年こそ美人でグラマーな彼女をゲットするんだ」
「そうか……」
 願い事が終わると、次の目的地は授与所になる。おみくじ、破魔矢、お守り等を売っている場所で、今日限定のアルバイト巫女が働いているはずである。
 ここもまた拝殿に負けず劣らずの混雑振り。遠目で確認すれば、授与所の中で忙しそうに注文を捌いている少女達の姿が見える。
 レジスターも無しにお釣りを間違えたりしないのだろうか? と、素朴な疑問が浮かぶが、貴明はそれをあまり考えないようにする。――多分、今働いているはずの「あの子」なら、いちいち心配するのがバカバカしいくらいに、盛大に間違いを連発しているだろうから。
「盛況なこった」
「雄二は何買うんだ?」
「縁結びのお守り。あと、神鈴と神札と破魔矢を買ってこいって姉貴が」
「けっこう買うんだな」
「寺まで行って新しい招き猫を買ってこいって言われなかっただけマシだと思うようにした」
「あんなの毎年買うものか?」
「買ってるんだよ、何故か。毎年どころか、気に入ったのがあれば平日にだって買ってきやがる」
「ちなみにいまいくつあるんだよ、招き猫」
「お前は生まれてから口にしたパンの数を覚えてるとでも言うのか?」
「……そりゃすごい」
 そうして雑談をしている内、次第に行列も捌けていく。前に並んでいる人が一人、二人と用事を終えて列を離れ、ようやく貴明達の番がやってきた。
 授与所の中には巫女さんが五人。紅白の袴姿も目に眩しく、ちょこんと正座して次から次へと訪れる参拝客の注文を忙しそうに捌いている。
「あけましておめ……あっ!」
 その中の一人、貴明たちが並んでいた窓口を受け持っていた子が、こちらを見るなり驚きの声を上げた。
 桜色の髪留めをツインテールに結った、他の子より少し背の低い巫女さん。仔犬のような人なつっこい瞳がこちらに向いて、驚きの形からすぐに喜びの形へ変わっていく。
「タカくん! 来てくれたんだ!」
 貴明と雄二の共通の幼なじみであり、そして昨年の春から晴れて恋人になった少女――、柚原このみがそこにいた。


     1


「タカくん、こっちこっち」
 境内の隅、二階建ての立派な――とまではいかないが、そこら辺の小さな神社のよりはよほど大きな社務所の玄関の向こうで、巫女装束のこのみが手招きしている。
「……って、いいのか俺たちが入って」
「大丈夫だよ、休憩室ならお友達も入ってもらって良いって、上の人も言ってたし。なんだっけ、ネギ?」
「禰宜」
「そう、ネギさん」
「……微妙に違う気がするのはなんだろうな」
「それに、他の人もけっこう友達呼んでるみたいだし、大丈夫だよ」
 まぁ、上役の人が良いというなら良いのだろう。神社の社務所に入ることなど滅多にないので緊張するが、いざとなれば横にこの地方の旧家の長男もいる。何とかなるだろうと自分を納得させて、貴明は社務所の玄関をくぐった。
 そうして廊下を少し進んだ先の部屋に案内されると、そこは三十畳くらいある畳敷きの広い和室。中では何人かの神職や巫女がくつろいでおり、このみの言う通り、彼らの友人と思しき普段着姿の人たちもいた。
「はい、座布団どうぞ。お茶持ってくるからちょっと待ってて」
「まぁお構いなく」
「いいからいいから」
 ウィンクして、このみは隅に設けられたお茶セット――と言っても、ポットの横に急須と湯飲みが置いてあるだけのものだが――まで歩いていく。足を進める度にひらひらと揺れる袴が目に眩しかった。
「いやー、良いもんですなぁ、袴」
 横で突然雄二が呟いた。見ると、このみの姿を追って鼻の下を伸ばしているようだ。
「なんでこう、男心をくすぐるのかね、あの衣装は」
「馬子にも衣装?」
「チビ助が馬子に見えるのか?」
「……どうかな。でもお前の趣味じゃないんだろ?」
「趣味じゃないっつーか、まぁ俺にとっちゃただの幼馴染みだしな」
「理想はタマ姉?」
「不吉なことを言うな。俺の理想は久寿川先輩だ」
 そう言って、またも鼻の下を伸ばす雄二。おそらく脳内で、このあいだ現役を退いた久寿川ささら生徒会長の巫女装束姿を思い浮かべているのだろう。確かに、控えめに笑う久寿川先輩であれば、奥ゆかしい巫女装束は格別似合うだろうと貴明も思う。
「先輩も巫女のバイトしねえかなぁ」
「今ごろ受験勉強の真っ最中だろ。先輩の性格なら、神頼みしてるヒマがあったら勉強するだろうし」
「だよなぁ。じゃあ、来年バイトしてもらうか……」
「意地でも着せたいのか」
「あ、そうだ。またまーりゃん先輩にコスプレ喫茶を開くように入れ知恵して……」
「頼むからやめてくれ」
「なんの話?」
 見ると、お盆に湯飲みとお茶請けを載せたこのみが立っていた。
「いや、なんでもないよ」
「ふうん? あ、これお茶」
「サンキュ」
 そうして、束の間のお茶会。もう出涸らしているらしく茶が薄いが、お茶請けの方はやたらと美味かった。
「お疲れさん、このみ」
「ありがとうー。えへへ、慣れないからちょっと疲れちゃったかも」
「だろうな。巫女の仕事なんて、滅多なことでは経験できないだろうから」
「そうだよねー。あ、でもちゃるはもう何度もやってるって」
 ちゃるというのは、このみの中学時代からの友人、山田ミチルの事だ。キツネに形容される掴み所のない少女だが、元気で素直なこのみと妙に馬が合うらしい。このアルバイトをこのみに紹介したのも彼女である。
 ちゃるとこのみ、そしてもう一人、よっちこと吉岡チエを合わせた三人組が定番である。進学した高校こそ別々になったが、今でも学校帰りや休日に頻繁にあっては、親交を温めているようだ。なお、ちゃるのキツネに対して、よっちはタヌキに形容される。このみはさしずめ犬か何かだろうと貴明は考えているが、そちらは特に形容されることはなかった。
「手際も良いし、子供の頃からお手伝いしてるみたいだよ」
「そうなのか? あの子もよく判らないところがあるな……」
「そんなことない。私はいたって平凡」
「いやー、それこそそんなことないだろ。キツネの例え通り、お稲荷様の化身だとしても驚かないな」
「お稲荷様……。センパイ、鳴いた方が良いか? 良い声で」
「良い声?」
「あっ、ふぅ……。いやん、みたいな」
「うぉっ!?」
 いきなり艶っぽい声とともに耳に息を吹きかけられて仰天する。
 振り返ると、くだんのキツネ――ちゃるがいつもの無表情でこちらを見つめていた。背後にはよっちも控えているようだ。
「ちゃる……!?」
「センパイ、あけましておめでとう」
 そう言ってうやうやしく会釈すると、彼女にしては珍しく、眼鏡の奥の目をにこやかに細めた。外ハネのショートヘアはキツネ色に輝き、巫女の装いと相まって、いっそう神秘的な雰囲気である。
「いつからそこに?」
「今来たばかりかもしれない」
「かもしれないって何?」
「お稲荷様は神出鬼没」
「……今来たんだね」
「コンコン」
「あけましておめでとう」
「すごい会話だな」
 噛み合っているのかいないのか掴めない言葉のやり取りに、雄二が呆れたような感想を漏らす。
「まぁ、ちゃるにかかれば、一事が万事この調子ッスからねー」
 と、こちらはちゃると付き合いの長いよっちの言。語尾に「ッス」を付けるのが癖らしい。
「セーンパイ♪ あけましておめでとうッス!」
 緑色にも見える鮮やかなツヤのボブカットが元気に揺れる。まんまるの目は黒目がちで大きく、確かに少しタヌキっぽいような愛らしさがあった。巫女装束の生地を押し上げる胸は三人の中でいちばん女性的だったが、仕種や表情はむしろ少年っぽい明るさを振りまいている。
「おめでとう」
「向坂センパイも!」
「ほい、おめでとさん。いや〜、巫女さんが三人も集まるとさすがに華やかだな」
「あー、向坂センパイ、目がエロいッスよ?」
 そう言いながら満更でもないのか、よっちは袴の端をちょんとつまんでおすましポーズ。そういえば、今までに何度かあったこういったコスプレでは率先して衣装を着ていたことを貴明は思い出す。三人の中ではいちばんスタイルが良いこともあるが、基本的にノリの良い性格なのだろう。
「いやいや、これは初々しき物を見る好々爺の目」
「こうこうや? 五つほど文字が違ってるッス」
「全部じゃねえか。ちなみにどう違うんだ?」
「エロジジイ」
「厳しいなオイ」
 どこかで聞いたようなネタだが、とにもかくにも、見慣れた顔ぶれが揃った模様である。いつものメンバーでここにいないのは、雄二の姉の環ぐらいだろうか。
「そういえば、姐さんはどうしたんッスか?」
「タマ姉なら、九条院の後輩に連れられて遊びに行ったみたいだよ。まだ来てないんなら、その内ここにも初詣に来るんじゃないか?」
「へぇ、後輩さんたちが遊びに来てるんッスか。人望厚いッスねぇ」
「遊びに来てるというか……」
 そういう生易しいものではないのだが、説明が難しかったので貴明はそのまま黙ることにする。いずれにせよ、環の方は今頃あちこちに連れ回されながら、ここぞとばかりに甘えられているのだろう。ほぼ信者とすら言える勢いの子達だから、さぞや凄まじいに違いない。元日から気が休まらないことで、他人事ながら同情を禁じ得ない。
「ま、いないならいないで好都合ッスけどねー」
「え、なんで?」
「そりゃあ――」
 そう言って、よっちはおもむろこのみを立ち上がらせると、貴明の前に気をつけさせる。
「このみがせっかく巫女さんの可愛いカッコしてるのに、目移りの対象があっちゃ困るからッスよ!」
「ちょ、ちょっとよっち……」
 いきなりボールを渡されたこのみが目を丸くしている。無理もない。
「ほらほら河野センパイ! センパイのことだから、どうせまだ褒め言葉のひとつも言ってないっしょ?」
「いや、俺は……」
 もちろん図星だった。
「言い逃れしようとしてもダ〜メ! 河野センパイが誰かに言われずとも女の子の容姿を褒めるなんて、札束が賽銭箱に入ってるくらいあり得ないッス」
「そんなことないよ」
「へえ。じゃあ、もう褒めたんッスか?」
「……いや、まだ」
「まぁ、予想通りッス。ではあらためて、褒め言葉どうぞ〜!」
「ええー!」
 無茶振りも良いところの展開にさすがに目を丸くする貴明。いくら相手が自分の彼女とはいえ、こんな好奇心丸出しのメンバーが見ている中――まして衆人環視の中で「可愛いね」とか「似合ってるね」とか言えと言われても、はいそうですかと了解できない。
 もちろんこのみのことは可愛いと思う。
 よっちやちゃるに比べれば、背も低いしスタイルはお世辞にも女性っぽいとは言えないが、その分、少女っぽい愛らしさと無邪気さに溢れている。そのくせ、時折見せる年相応の表情など、見慣れているはずなのにドキッとさせられることも多い。
 今だってそう。見慣れない巫女装束姿は清潔な白と華やかな赤が目に眩しく、このみの元気な雰囲気に似合ってとても可愛かった。はやし立てられて少し赤く染まった頬も、戸惑いながらも期待のこもった眼差しも、思わず抱きしめそうになるほどの威力である。
 しかし、それとこれとは話は別だ。
「そ、そういうのは人前では言わないものなの!」
「えー。じゃあいつ言うんッスか」
「その内」
「そのうちじゃわかんないッスよ!」
「い、いいよよっち……。タカくん、後でちゃんと褒めてくれるから、きっと」
 見かねたのか、このみが助け船を出してくれる。彼氏としては情けないが、この状況ではありがたさ百パーセントだ。
「ええー、このみは甘いなぁ。彼氏を甘やかしちゃダメなのにぃ」
 なおもぶつぶつ文句を言うものの、このみがそう言うなら……と、よっちも矛を収める。どうせこのまま押していても扉は開きそうにない、と諦めたのかもしれないが。
「ま、仕方ないか。その内おいおいこのみに仕込めば良いだけッス」
 ――諦めていないようだった。


――――――――――――ここから先は、「神様のおくりもの」本誌にてどうぞ


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