Trick or treat 〜ある日の風景 るーこ〜
第三回葉鍵板最萌トーナメント出展作品
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「Trick or treatだぞ、うー」
 るーこがいきなりそんなことを言ってきたのは、午後も日の高い、昼休みのことだった。
「はい?」
「『Trick or treat.』だ。日本語に訳すと『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』」
 両手を上に突き上げたいつものポーズでるーこが言う。ほとんど白に近い、淡い桜色の髪が風になびいて、一種独特の雰囲気だ。いつもは眠そうな鳶色の瞳も、どことなく得意げ。
「いや、知ってるけど」
 今日は10月31日の万聖節。いわゆるハロウィンの日。この日に欧米で行われるお祭り騒ぎは日本でもそれなりに有名だ。
 るーこが先ほど口にしたのは、子供たちが近隣の家々を巡りながらお菓子をもらう時に口にする言葉である。なんでも、本場ではお菓子をあげないと本当にイタズラされるらしいが、しかし、日本ではそこまで本気でハロウィンやってる奴はいない。
「知っているのなら話は早い。お菓子を出すがいいぞ、うー」
「むしろなんでるーこがそんな地球の風習を知っているのか気になる」
「なにを言っている。るーはカリフォルニア州出身だぞ。アメリカでハロウィンを知らないものなどいるものか」
 ああ、そういえばるーこはアメリカから来たことになってるんだっけ。そうすると何か? ここでお菓子をあげるのを断ったら、何かイタズラされるんだろうか。
 それにしても、あの春の日から一緒に住み始めてもう5ヶ月くらい経つが、未だに信じられない。そのうち何事もなかったかのように「カリフォルニアじゃないぞ、大熊座47番星第3惑星『るー』から光より速い光に乗って――」なんて言い出さないか期待しているくらいだ。
「さあ、早くお菓子を差し出すが良いぞ、うー。さもなくば、イタズラだ」
「どんな?」
「口では言えないが、それはそれは恐ろしいイタズラだ。下手をすると、足腰が立たない」
「物騒な……」
 足腰が立たないとは尋常ではない。何をするつもりなんだ、しかも学校で。とりあえず今この屋上にいるのは俺とるーこだけだから、周りに迷惑はかからないだろうけど……。
「じれったいぞ、うー。それとも、お菓子持ってないのか」
 相変わらず、両手を上に突き上げた『るー』のポーズで迫ってくる。さっき一緒にるーこが作ってくれたお弁当を食べたばかりなのに、もうお菓子が欲しくなったのか。
「あるにはあるけど……」
 こういう時のるーこに何を言っても引かないのはわかっているので、とりあえず俺はポケットに入れておいたお菓子のアソートを出す。先ほど隣のクラスの十波由真からもらったハロウィンのお菓子だ。もらったというか、投げつけられたといった方が正しいが。
「そうか。なら寄越すがいい。るーがありがたく食べてやろう」
「いや、一応もらい物だし……。一緒に食べようよ」
 るーこ以外の女子からの、とはいえ、それでも友達としての贈り物だ。あげてしまうのはさすがに由真に申し訳ない。ここは二人でいただくのが良いだろう。
「ちょっと待ってな、いま袋開けるから」
 だが、その瞬間――

   ばっ

 目にも留まらぬ速さで、俺の手からお菓子のアソートが奪われていた。
「あ、こら」
「ふむ……」
 見ると、るーこの手に由真からもらったお菓子の袋。なんて早業だ、タマ姉の平手打ちに匹敵するんじゃないか、今の。
「一口チョコ7つ、クッキー5つ、ビスケット5つ、キャンディ5つのミニサイズアソート。るーが好きなものばかりだ、悪くない」
 しげしげと眺めながら、そんなことを言う。そりゃ、その内訳なら、甘いものが嫌いでない限りみんな好きだろ。
「では、さらばだ、うー」
「え?」
「るぅ〜〜〜……」
「ちょっ……!」
 慌てて立ち上がるも時既に遅し。屋上の扉からどこかに逃げてしまった後だった。
「い……いったいなんなんだ……?」
 唖然とする俺をよそに、開け放たれた扉がきいきいと音を立てる。

 ――なお、これが今日の一連の事件の、その発端となる出来事である。
 だが、この時の俺は、その後に待ち受ける出来事の片鱗すら見えず、ただ呆然と立ちつくしているだけだった。


     ※


「河野くん」
 屋上を後にして教室に戻る道すがら、声をかけられて振り向くと、我がクラスの委員長・小牧愛佳の姿があった。
「あぁ、委員長。どうしたの?」
「こ、これ、ハロウィンのお菓子……。あの、いま"委員長"って言った?」
「いや、ぜんぜん。これ、小牧が?」
 受け取った包みは、小牧らしい控えめな模様の化粧紙にリボン。お店でラッピングしてもらうのとは違った、手作り感いっぱいの愛らしい装いだった。
「うん。あたしが焼いたスコーンなの。河野くんにはお世話になってるから……」
 そう言って「えへへ」と笑う委員長。随分前に書庫整理の手伝いをしたことを、まだ感謝してくれているらしい。いろいろお菓子やらもらっているから、むしろ俺の方がお世話になっているくらいなのに。
「あ、お、おいしくなかったら、捨てちゃっていいからね?」
「そんなことしないよ、ありがとう、小牧」
 ほわんと温かい気持ちになって、素直に礼を言う。この奥ゆかしさが委員長の良いところだよなぁ。るーこにも、せめてこの半分くらいの謙虚さが会ったらなと思わずにいられない。まぁ、なんだかんだで、傍若無人なところも可愛いんだけどさ。
 ああ、そういえばるーこはどこに行ったんだろう。屋上からこっち姿を見かけないが、もう教室に戻ったのだろうか。まさかとは思うが他の人のお菓子を強奪してな――

「べっかんこ!」

「うぉあっ!」
 いきなり目の前ににゅっと伸びてきた二本の手に驚いて、思わず尻餅をつく。見ると、高々と両手を天に突き上げたるーこだった。
「な、なんだるーこかよ! 驚かすな」
「あ、あたしも驚きましたぁ……」
「ああっ、委員長、大丈夫?」
「はいぃ……。あの、"委員長"って……」
「大丈夫、気のせい。……で、るーこ、いきなりなに?」
 そう聞きながら、ぱんぱんと服をはたきながら立ち上がる。まったく、神出鬼没にも程があるよ。どこから出てきたんだ、今。地面から生えてきたのか?
「Trick or treatだぞ、うー」
「は、はい? また?」
 こくり、と頷くるーこ。いや、頷かれても困るんだが。
「というわけで、これはもらっておく」
「え? あっ!」
 ふと気付くと、さっきまで俺の手にあったスコーンの袋が無くなっている。見ればるーこの手には愛佳にもらったお菓子。いったいいつの間に! 瞬間移動でもしたのか!?
「では、さらばだ」
「ちょ、こらっ、るーこ! 待てよ!」
 だが、静止の言葉も聞かずに、るーこは驚くべき早さでその場から逃げ去ってしまう。もちろん、両手は高々と天を目指したままで。
「ああっ、もう、なんなんだよ!」
「あの、河野くん……」
「ごめん、委員長! 後でちゃんと取り返すから!」
「は、はいぃ……。それと、あたしはやっぱり委員長なんですねぇ……」
 何ごとか呟いている委員長をその場に残して、急いでるーこを追いかける。プレゼントしてくれた本人の前で強奪していくとはなんて奴だ。お尻ペンペンしてやる!

 だが、昼休みを目一杯使ってもるーこは見つからず、その上、授業が始まっても教室にすら姿を現さなかった。
「もう家に帰ったのかな……」
 学校の勉強など、既にほとんどをマスターし尽くしているるーこなら、奪い取ったお菓子をゆっくり食べるために、学校をフケるくらいは普通にするだろう。今ごろ紅茶でも淹れてのんびりしているのかもしれない。

 しかし、それが甘い考えであったことを、俺は放課後に嫌というほど思い知らされることになる。


     ※


「タカちゃん! タマゴサンドあげる!」
「え! 笹森さんがタマゴサンドを!? 俺に!?」
「ハロウィンだからね! 半分食べちゃった後だけど!」
「そ、そう……。ありがとう……」
「Trick or treatだぞ、うー」
「なっ、るーこ! あ、こら、また奪っていくんじゃない!」
「あたしのタマゴサンド!」
「いや、俺のでしょ!?」


「たかあき〜、ハロウィンのお菓子やで。ウチと瑠璃ちゃんから! これからもよろしゅうな?」
「あ、ありがとう珊瑚ちゃん。こちらこそよろしく。瑠璃ちゃんも」
「ふ、ふん。あんたなんかと仲良ぉしたないけどな!」
「でもこれ、瑠璃ちゃんが作ったんやで? 朝早ぉ起きて……」
「さんちゃん、言うたらアカン〜〜!」
「Trick or treatだぞ、うー」
「なっ、なんやねんアンタ!?」
「るー」
「るー♪」
「さんちゃん、ヘンなのと関わったらアカン!」


「ダーリ〜〜〜ン!」
「は、はるみちゃん……」
「こんにちは、貴明さん」
「シルファもいるれすよ」
「あ、イルファさん。シルファちゃんも。みんな揃ってどうしたの?」
「ハロウィンのお菓子、あげるね! みんなで作ったんだよ。ダーリン、嬉しい?」
「ありがたく食いやがれ、れす」
「日ごろのお礼もこめて、です。受け取ってくださいね」
「ありがとう、みんな。美味しくいただくよ」
「Trick or treatだぞ、うー」
「ああっ、何すんのよ、ダーリンにあげたんだよそれ!」
「いきなり表れて奪い取っていくとは、失礼千万な野郎れす!」
「シルファちゃん、相手は女の子だから、『野郎』じゃないですよ」
「イルファさん、今そういう場合じゃないのでは……」


「センパ〜イ、ちわッス!」
「どうも」
「あ、吉岡さんに、山田さん」
「もう〜、まだ苗字にさん付けなんて水臭いッスよ」
「というわけで、センパイ、お菓子あげる。それとも、イタズラの方が良いか?」
「あ、いや、お菓子もらっておくよ。ありが――」
「Trick or treatだぞ、うー」
「うわっ、るーこセンパイ!?」
「なんという早業」


「お兄ちゃん、あの……」
「菜……」
「Trick or treatだぞ、うー」
「あうー! 菜々子だけなんだか扱い酷いよぅ!」


「よぉー、タカりゃん。あたしとさーりゃんから……」
「Trick or treatだぞ、うー」
「なっ! あたしの邪魔をするたぁ、良い度胸だ! やったんぞコルァ!」
「るー!」
「なんかもう俺必要ないよね……」


     ※


 いったい今日のるーこはなんなんだ……。
 俺が友達からお菓子その他をもらうたびにどこからか現れて、強引に奪って逃げていく。家に帰ったなんてとんでもない、どこからかずっと俺を監視しているらしい。お菓子のためにそこまでするか!?
 あ、ひょっとしてやきもち妬いてるのか? 女の子からお菓子もらうから? でも、今までそんなこと一度もなかったのに、どうして今日に限って。
 まぁでも、悩んでても仕方ない。本人に聞いてみるしかないよな。
 幸いというか、るーこは俺と一緒に住んでいるんだし、今どれだけ逃げていたとしても、家では顔を合わせる。なんたって、許嫁なんだから。
 ……でも、部屋に籠もって出てこないとかだとお手上げだな。るーこの頑固さと来たら折り紙付きだから、もし何か気分を害しているのだとしたら、ハンストすら辞さないだろう。
 だが、その心配は帰って居間のドアを開けた瞬間、杞憂だったことを知る。

「べっかんこ!」

  すぱぱぱぱーん!

「うぉあ!」
 いきなり響いた大声と共に、軽快な破裂音。驚いて、思わず尻餅をついてしまう。見ると、るーこがクラッカーをこちらに向けて、心なしか得意げに微笑んでいた。
 しかも、何やら格好が尋常ではない。いつものセーラー服の上に真っ黒いマントを羽織り、頭の上には同じく真っ黒い三角帽子。どちらも少しよれており、それが却っておどろおどろしさを醸し出している。
「驚いたか、うー」
「驚くよ! ていうか、何その格好!?」
「魔女だ」
「魔女!?」
 言われてみれば魔女に見えないこともない。ああ、これ仮装か? ハロウィンの?
「Trick or treatだぞ、うー」
 そして再びお決まりのセリフ。やっぱりハロウィンの続きか。
「まだお菓子欲しいの? あれだけ奪っていけば気が済んだだろ」
「そういう問題ではない」
「は? え、じゃあいったい何……」
「とにかく、Trick or treatだぞ、うー。お菓子、差し出せ。さもなくばイタズラだ」
「くっ……」
 残りのお菓子はあと二つ。このみとタマ姉にもらったものだ。カバンの中にしまってある。だが、物心ついた頃からの友人にもらったお菓子。せめてあの2人の分くらい、自分で口にしたいぞ。
「なるほど、そのカバンの中か」
「やべっ」
 くそぅ、ちょっとカバンを気にしたのがバレたのか? こういうところばっかり鋭い!
 でも、いかにるーこといえど、男の俺の方が腕力はあるはずだ。全力で守れば……
「カバン、ゲットだ」
「へ? あああああ、なんで!? 今ここにカバンあったのに!」
「るーの力」
「るーの力って、お前その設定、エンディング後は無しのはずでしょ!? 地球人だよね!?」
「そうだ。るーの名前はルーシー・マリア・ミソラ。アメリカ・カリフォルニア州出身。父は弁護士、母は自然保護活動家。星を見るのと、サンマの開きが好きなちょっとおしゃまな女の子だ」
「だから、るーの力なんて使えないはずで……」
「なにをわけの判らないことを言っているのだ、うー。いつか、すべての星の民は白鳥座を目指さねばならないのだぞ。うぬぼれるな、うー」
 さすがに頭を抱えた。何この反則設定。
「というわけで……」
 ぽんっとソファにカバンを投げると、またしても『るー』のポーズでこちらににじり寄ってくる。さすがにちょっと怖い。
「Trick or treatだぞ、うー」
「もうないよ! 今ので全部だよ!」
「ない? では、うーはもうお菓子を持っていないのだな?」
「全部るーこが持っていったじゃないか。一つ残らず」
「そうか、もうお菓子を持っていない……」
 ふんふんと何やら少し考える風のるーこ。そして、すぐにぽんっと手を打つと、こちらにずずぃっと寄ってくる。
「ならば、イタズラせねばならない」
「そんな理不尽な!」
 俺がもらうもの全部横からかっさらっておいて、無くなったと見るやイタズラって何!? なんなのこの嫌がらせ!
「イタズラするぞ、うー……」
「ていうか、最初からイタズラする気マンマンだっただろ!」
「ふふ、そうかもしれないな……」
 かもしれない、じゃなくて、間違いなくそうだよ!
 だが、俺の抗議など知ったことかというように、るーこは不敵な笑みを浮かべて距離を詰めてくる。一歩、二歩。それに合わせて、俺も一歩、二歩と後ろ向きで逃げる。
「あっ……」
 だが、足に何かが引っかかってしまい、再び尻餅。見ると、掃除機の電源コードだった。なんで今こんなところに掃除機が!?
「ふふ、大人しくするがいいぞ、うー」
 そして、床に落ちた俺と目線を合わせるようにるーこも四つんばいになり、じりじりと這うように近づいてくる。
 うあぁ、足腰立たなくなるイタズラってなんだろうな。俺、明日学校いけるかな。
 そうしてついに、俺の背中が壁とくっつく。もう逃げ場無し。
 仕方ない、覚悟を決めよう。なんでこんな目に会わなければいけないのか皆目わからないが、どうせるーこと付き合ってこっち、何かが皆目わかったことなんて一つもないしな。
 そうして、俺はぎゅっと目を瞑り、るーこの攻撃を待つ。

 ――と

  さわっ……

「ひぇあっ……」

 首筋にぞくぞくっとした感覚が走り、思わず声を上げてしまう。何?なに?
「な、なに?」
「何って、イタズラだ。大人しくしているがいい」
「イタズラって……」

  さわっ…さわさわっ……

 見ると、るーこが俺の首筋を撫で回している。それどころか、今度は制服のシャツのボタンを外して、胸板やらお腹やらをるーこの手が……手が……うぉぉ……
「ちょ、ちょっと、るーこ……」
「嫌……か?」
「え?」
 その声に目を開けると、驚くほど近くにるーこの顔。先ほどまでの不敵な笑みは消えて、今度はどこか不安げな、頼りない表情。
「るーにこういう"イタズラ"されるの、嫌か?」
 さわさわと、素肌の上をるーこの手がなぞる。正直、気持ちいい。
「いやじゃ、ないけど……」
 絶え間なく俺の肌を撫でる、るーこのすべらかな手。少し冷えた彼女の手が、撫でるにつれてだんだんと熱を帯びていくのが感じられ、よりいっそう――
「まさか……このために俺のお菓子を?」
「そうだ、お菓子を持っていたらイタズラできない」

 Trick or treat. お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。
 逆に考えれば……、お菓子をもらえてしまう限り、イタズラできない?

 そ、そんなバカな。いや、でもヘンなところで律儀なるーこならあり得る。
「そして日本では、万聖節は仲の良い者同士がもっと仲良くする日だと聞いた」

 親しい者が仲良くする日――。お菓子とイタズラ――。
 ――そういう、ことか。それで、こんな手の込んだことを……。

「だから……」

 俺が嫌がっていないことがわかると、少し不安げだったるーこの顔に、再び笑みが戻る。いつものクールな笑みではない、何かを内に秘めた、女性特有の妖艶な笑みを。

「だから、イタズラするぞ、うー……」

 そうして――

「んぅ……」

 唇に、柔らかいものが押しつけられる。
 それと同時に、ふんわりとフローラルの香りが鼻腔をくすぐる。
 はだけられたシャツの間から、るーこの長い髪が俺の胸に垂れていた。

 『下手をすると、足腰が立たない――』

 るーこの言葉が思い出される。
 はは、足腰って、こりゃ…なんとも……

「うー……」
「な、なに?」

「今夜は、寝かさないぞ、うー」
「それ、どっちかっつーと男の俺の台詞……」

 そもそも、まだ夕方なんだけどな……飯も食ってないし。

 でも……

「ずっとずっと、仲良しだぞ、うー」

 ま、いいか――



 ――――――――――――――終わり

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