バスタイム in 修学旅行
第二回葉鍵板最萌トーナメント出展作品
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 なぜ今こんな状況になっているかを説明すると、長いようで短くまとめられることができるので、労力的にはたいしたことはないんだが、どうにも気恥ずかしさというか、普通に恥ずかしいのであまり語りたくはない。しかし、まぁ、なんというか解説しなきゃしないでいろいろとまずいような気はする。いったいどうしたものかと誰に向かって悩んでいるかは自分でも定かではないのだが、少なくとも今が自分の人生最大の危機であり、ここをどう乗り切るかによって今後の俺の生活が平凡なものとなるかそれとも地獄となるかが決定されることは間違いない。
「あああああああ、あのあのあの、なんでたかあきくんがここに…」
 月明かりと、そしてぼんやりとした灯篭の明かりが湯煙をほのかに照らす、夜の露天風呂。初夏の風は心地良く湯船の上を撫でながら、漂う湯気を揺らして通り過ぎていき、どこからか聞こえてくる「ほう、ほう」というミミズクの鳴き声が、少なくともまだ時間というものが正常に流れていることを教えてくれている。乳白色に染まったお湯の色は星明りを受けてきらきらと輝き、一種幻想的な風景を見る者の目に演出していた。
 一人でこの場にいるのならば、平和な状況に身も心も委ねきって、我が身の平安とこの瞬間の幸せをじっくり噛み締めていたのであろうが、しかし状況はそうではない。俺の背後には、いるはずのない――いや、本来はいて当然なのだが――"いいんちょ"こと小牧愛佳が、おそらくは茹でタコもかくやというなほどに真っ赤になって縮こまっている。
「こ、ここ、ここっていま女性用だよね? あたたた、あたし間違ってないよね?」
 間違っていない。間違っているのは俺の方で、なぜか…いや、なぜって理由は自明なんだが、とにかく男の俺が女湯に闖入しているのが今の状況なのだ。そして、お互い生まれたままの姿――タオルは一枚持ってはいたが――で背中合わせになっていた。

     ※

 修学旅行の中日、俺たちの高校はとある温泉街に宿を取った。かけ流しの豊富な湯量が自慢の旅館らしく、男女別の大浴場と露天風呂の、計3つの湯船から立ち上るかすかな硫黄の匂いが全館に漂っている。
 露天風呂は男女共用――といっても混浴というわけではなく、時間帯によって男湯あるいは女湯に使用を制限するタイプの宿だった。
 原因はそこにあった。
 夕食を終えてしばしの憩い、なんとなくお土産売り場を冷やかしていた俺のところに、ジャージ姿でさっぱりした様子の雄二がやってきた。
「あれ? 貴明、何やってんだ?」
「ん? ああ、土産物を…。ていうか、あれ? 雄二、風呂入ってきたのか?」
 露天風呂の使用制限のため、男子と女子の入浴時間はずらされている。男子の方が先なのだが、まだ時間にはなっていないはずだった。
「そうだよ。ていうか、今が男子の入浴時間だろ。入る前にお前探してたんだけど、いなかったから先に入った」
「え? マジで?」
 慌てて腕時計を見て時間を確認するが、まだあと1時間くらいは余裕がある。
「その時計、電池切れじゃねえの? ほら、そこの壁の時計」
 雄二が売店の時計を指差す。みると、俺の時計の時間よりずっと進んでいて、もう間もなく交代時間になりそうだ。
「あ、ホントだ。マジかよ、うっかりしてた」
「早く入ってこいよ。もうちょっとで交代の時間だぜ?」
「ああ」
 慌てて部屋に戻って着替えとタオルを取り、浴場へと向かう。廊下の突き当りには3つ扉があり、それぞれ男湯、女湯、そして露天風呂へ続く扉だ。ちょっと迷ったが、せっかくなので露天風呂の扉を開けて中に入る。温泉宿に来ておいて、屋内浴場だけで済ますのももったいない。
「うーん、もう誰もいないな…」
 脱衣所の籠は全て空いていた。時間がもうギリギリだし、他の奴らはみんな入った後なのだろう。一人で入るのも味気ないが、もたもたしている暇もない。手早く服を脱いでタオルを手に取ると、俺は露天へ続く引き戸をあけて、表に出た。
 とたん、俺の目に飛び込んでくる乳白色の湯船と白い湯煙。暗い夜空の下で月明かりにきらめいているそれは、朴念仁と呼ばれて久しい俺にも感動的な風景だった。洗い場で髪と身体を洗い流し、いよいよ真っ白に染まった濁り湯に浸かると、熱めの湯が足のつま先からじーんと全身にいきわたり、旅の疲れがふきとぶような心地良さに思わず「ふーっ…」と息をついてしまう。まさに至福。
 やっぱ、温泉はいい…って、なんか爺さんみたいだが、こればっかりは日本人なら誰しもそう思うはずだよな? 湯煙の間から月と、そしてちらちらと光る星の明かりを眺めながら浸かる湯船。今も世界のどこかで戦争が行われているなんて、この瞬間ばっかりは信じられないくらい平和な気分だ。再度言うが、まさに至福。

 ――が、幸せなんてえてして長続きしないってのも、神が与えた人生の法則だ。

 あまりの心地良さにうっとりと目を閉じかけた俺の耳に、"ガラリ"と引き戸の開く音が聞こえてきたのは、湯船に入ってから5分もしない頃だった。
 今ごろ誰か入ってきたのか? と入り口の方に首を回した俺の目に、信じられない光景が飛び込んでくる。
「うわぁ〜、月が綺麗〜」
 うららかな午後の陽射しにメープルシロップをたらしたかのような"ふにゃん"とした声。男のものではない、紛れもなく女の子の声だ。
「お湯も白い〜。バスクリンみたい」
 いや、声なんて聞かずとも、その姿を一目見れば誰にだってわかる。150センチそこそこの、小柄でほっそりした身体。下ろした髪の毛が白いうなじに栗色の彩を添えている様子は明らかに女のそれだし、何より、くびれた腰に反抗するように膨らんだ胸とお尻のラインは、どう見ても男には見えない。
 クラスメートの小牧愛佳が立っていた。しかも、タオル一枚を手に持った、なんというか、あられもない姿で。…いや、風呂なんだから当然なのだが。
「あ、お邪魔します〜」
 あんぐり口をあけた俺に、愛佳が声をかける。どうやら、先客がいるものと思ったらしいが、根本的なところで何か勘違いしてないか。たぶん、湯煙で俺の姿が良く見えないのだろう。そのまま洗い場に行き、備え付けのアロエソープをとって身体を洗いはじめる。…なんつーか、エロい。
 ぐちゃぐちゃになりそうな頭で必死に現在の状況を組み立てる。どうやら、もうすでに女子の入浴時間が始まっているらしい。まだ少し時間はあったはずだが、おそらく男子は全員入ったものとみなされて、女子の時間を繰り上げたのだろう。無理もない。こんなギリギリの時間になって、悠長に湯船に浸かっている奴がいるとは思わないだろうし、つい数分前は誰もいなかった状態なのだ。おそらく、俺が来るより先に先生たちが風呂の様子を見て、その時に男子がいなかったのでそう判断されたのだろう。
「今日は良い天気だから、露天風呂が気持ち良いですよねぇ〜」
 相変わらず、出来立ての生クリームみたいな声で愛佳が俺に声をかける。女子の誰かと勘違いしているのだろうが、こっちは声を出すわけにはいかないから黙っているのみ。
「寝てるのかな…」
 頼む、こっち見るな。そう必死で念じている俺。こんなところを見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。

 それにしても…

 ちら、と俺は洗い場の方に目を向ける。
 やめろ、よくない、サイテーだ、と聞こえてくる心の声をちょっとだけ無視して、愛佳の姿を盗み見ると、白い泡に包まれた彼女の裸身が目に入る。今は壁側を向いているため、こちらには背中を向けている状態になっているから大事なところは見えないが、それでも白く透き通った背中と、ヒノキの椅子にこしかけた柔らかそうなお尻が、泡立てたボディソープに包まれている様がはっきりと見える。
「うっ…」
 思わず鼻血が出そうになって、慌てて上を向いて首の後ろをトントン。しかし、視線はしっかり愛佳の背中に貼り付けたまま。
 なんというか、生で女の子の肌を見るのはこれが初めてなので、できうる限り脳内ディスクに保存しておきたい。書庫の作業の手伝いをきっかけに幾分か仲良くなった俺と愛佳だったが、まだ付き合っているわけではない。今後、女の子の肌を生で見られる機会がいつ巡ってくるかを想像すると、今目の前にある情景が当たった宝くじ以上の貴重な存在に思える。
 しかし、あまりうかうかもできない。どうにかしてここから逃げないと、俺の未来へのルートに『痴漢』という大きなレッテルがバシッと貼られることになってしまう。
 と、そんなことを考えている内に、どうやら身体を洗い終えたらしく、シャワーを取って愛佳は全身の泡を洗い流す。透明なシャワーの湯が白い泡を洗い流し、ほのかにピンク色に染まった裸身が月夜にきらめく――、慌てて上を向いてまた首の後ろをトントン。
 続いて愛佳はシャワーで髪を濡らすと、同じく備え付けのリンスinシャンプーを手に取って、頭を洗い始める。
 上に持ち上げられた腕の隙間から、愛佳の柔らかそうな胸がちらちらと見え…いや、いやいやいや、そうじゃない、そんなこと考えてる場合じゃない。
 千載一遇のチャンス。今を逃したら、もう逃げられない。
 頭を洗っていて、目の使えない今が、この状況を打破するチャンス。
 俺はゆっくりと立ち上がり、湯船から出ようと縁に足をかけ――
「あ、そうだ、お湯って熱いですか? それともぬるめ?」
 いきなり愛佳がこちらに振り向く。目はしっかり見開いたままだ。くそっ、目を開いたまま髪を洗うタイプなのか。
 ――硬直する俺、色々と隠す余裕もなく、全身月明かりにさらしたまま。
 ――固まる愛佳、髪を洗っている体勢そのままで、なんとなく大事なところが見えなくもないかもしれなくもないかも。
 ――見詰め合う2人。状況が違っていればロマンチックな夜なのだろうが、そんなことを夢想してみてももう手遅れだ。
 一瞬の後、ばっ、と愛佳が両手で勢いよく胸を隠す。正気にかえったのだろう。その後、ふゃ、と愛佳の顔がゆっくりと遷移。ああ、人が驚く過程って、こういう感じなんだな、とふと思う。もうあと数瞬後には、開いた口から流れ星をホームランできそうな絶叫が飛び出してきて、俺の背中に『痴漢です』という張り紙がべったりとアロンアルファあたりで貼られることになるのだろう。グッバイ、マイ人生。
「ゃ…」
 まさに想像したとおりの結果になろうとした矢先、俺の、というか俺たちの耳に、予想外の音が飛び込んでくる。

「愛佳、ごめーん。ちょっと遅れた」

 女の子の声。その声が、一瞬制止した俺たちの時間を動かす。俺は慌てて湯船にとんぼ返りして、首まで浸かって脱衣場の様子をうかがう。
「え?え? あ、由真?」
「あれー? あんまり人いないね。ほとんど貸切?」
「え、あ、や、その…」
 愛佳のほうはパニック状態になっているらしく、先ほどと寸分違わない姿勢で固まったまま、口だけ動かして声を出している状態。
 いや、パニックといえば俺の方もそうだ。由真って、あの十波由真か? まずい、あいつにこんなところを見られた日には、人生どころか命の保証すらない。
 と、愛佳がようやく動けるようになったらしく、シャワーのコックを捻って頭を覆っていた泡を流し始めた。そして、泡を流し終えると、手とタオルで身体を隠しながら、一目散に俺の方へ――って、ちょっと愛佳さん?
「向こう向いて!」
 小さく、しかし俺にだけはっきりと聞こえるくらいの声で、愛佳が俺に叫ぶ。慌てて俺が反対方向を向くと、小さく湯を割る音が聞こえて、愛佳が俺の後ろにやってきた。
 そして――
「うわ、ほんとに湯が白い! やっぱり温泉はいいねー」
 ガラリ、と引き戸の開く音と共に、そんな声が聞こえてくる。どうやら由真が入ってきたらしい。…姿こそ見えないけど、あいつ結構イイ身体してるんだよな…って、何考えてんだ俺。
「あああああああ、あのあのあの、なんでたかあきくんがここに…」
 何が何だかわけが判らない、というように、小声で愛佳が俺に声をかける。
「こ、ここ、ここっていま女性用だよね? あたたた、あたし間違ってないよね?」
「時間…」
「え?」
「俺が入ってきたのがギリギリで…たぶん、俺が残ったまま切り替わったんじゃないかな…」
「うそ…。ねぇ、どうしよう」
 心配そうな愛佳の声。"どうしよう"は俺の台詞だが、どうしたらいいんだ。
「ねえ、愛佳ー」
 唐突に、由真の声が聞こえる。ごしごしという音も聞こえるから、多分いま身体か頭を洗っているところなのだろう。
「あ、な、なんですか?」
「…なんで敬語なのよ。あのさー、お湯って熱い? あたし、ぬるいのって苦手でさ」
「あ、うん、熱いです、なのよ?」
「だから、なんでそんな口調なの?」
「いえいえ」
 確かに湯は熱い。平均的な温泉の温度がどれくらいなのか知らないが、かなり熱い方なのではないだろうか?
「ね、ねぇ…貴明くん、いつからここにいるの?」
 由真の様子をうかがいながら、再び小声で愛佳が俺に声をかける。
「15分くらい」
「大丈夫? けっこう熱いけど…」
「のぼせそう」
「が、がまんして。あと…50分くらいでお風呂の時間終わるから」
 絶望的なことを口にする愛佳。普通の風呂ならともかく、この温度は死ぬって。
「…誰と話してるの?」
 怪訝そうな由真の声。まずい、バレたか?
「はひ! あ、あの、あの…お星様、とか」
「あはは、何それ。流れ星でも見えた?」
 ぽちゃんと湯を割る音。由真が入ってきたようだ。愛佳の身体が少し下がってきて、背中が俺を圧迫する。そのまま少し位置を調整しているのか、センチ単位で移動しているのがわかる。どうやら由真の目から隠してくれているようだ…って言うか、背中、柔らかい…。
「う、うん! そう! そうなんです、なのだ!」
「へえー。あたしも見たかったな。それにしても…くー…いいお湯…」
 湯船のお湯が、少し波立つのが感じられる。たぶん、岩壁にもたれながら伸びをしているのだろう。

 …いま、俺、裸の女の子2人とお風呂に入ってるんだよな…。

 ふと、愛佳と由真の全身像が頭に浮かんできた。ってこら、こんな状況で何を不埒な! 隠してくれてる愛佳に申し訳ないと思わないのかよ俺! 慌ててそれを振り払おうと、ぶんぶんと頭を振る。
 と、

 ぱしゃ、ぱしゃっ

「ん?何の音?」
 一瞬、俺が首を振ったせいで湯を蹴立てる音が響き、由真が怪訝そうな声を上げる。いかん、バレたか?
「な、流れ星の音!」
 機転を利かせたのか、愛佳が苦し紛れにそういう。…いや、でももうちょっとマシな言い訳してほしかった。
「…聞こえるの? そんなの」
「た…たまに」
「あ、そう…」
 だが、驚くことに由真はそれで納得したらしい。…思う以上のおバカさんだったのか?
 だが危機はまだ去らない。というか、さらに近づいてくる。
「よいしょ、ちょっと移動するか」
 また湯が波立つ気配がして、ザーッという音が聞こえた。どうやら由真が立ち上がったらしい。落ち着かない奴だな。
「ふゃあ! な、何?なんですか?」
「な、何ヘンな声あげてんのよ。ちょっと場所を移動しようかなって」
「ああああああ、えっと、えっと、なんで?」
「いや、別に理由は無いけど。何かあったの?」
「な、なんでもないけど」
「ふーん?」
 ざ、ざ、と湯を蹴立てる音。まずい、こっちにくる!?
 と…
 瞬間、グッと俺の後頭部に何かが重くのしかかった。どうやら愛佳が俺の頭に体重をかけているらしい。そのままぐぐーっと、どこにそんな腕力があったのかと思うような力で、俺の頭をミルク色の湯船の中に押し込んで…って、ちょっと!?
 そのまま、ばしゃんと俺の頭が湯の中にもぐりこむ。後にはごぼごぼという水の音と、水面の上から聞こえてくる声。
「何やってんの? ヘンな格好して」
「す、ストレッチ運動!」
 どうやら、移動する由真の目から俺を隠そうとしてこうしたらしい。目の前は白い湯に阻まれてどうなっているかわからないが、雰囲気からして、かなりヤバイ位置に由真がいるようだ。
  …とはいえ、息を吸いなおす間もなく水中に押し込まれた状態なのだ。これは…長く持たない…。
「なんかおかしいなぁ…愛佳、あたしに何か隠してない?」
「そんなことありません!」
「絶対怪しい。それさ、何かを湯の中に押し込んでるでしょ?」
「いやいやいや、違いますってば! ストレッチしてるだけなのよ?」
「どんなストレッチよ」
 息が…漏れ…

  ごぼごぼっ

「…………」
「…………」
「…………」
「…………や、やだなぁ、由真、おなら? するならするって、言ってくれなくちゃ」
「あたしのお尻はどこにあるってのよ。ちょっと、いったいそこにあるのは何?」
「ほ、ホントになんでもないぃ〜。もうあがろ?」
「あたしはまだ入ったばっかりだから。ていうかさ、脱衣場に服が2セットあったのよね。もう一人いるはずなんだけど、どこに行ったのかな…?」

 こんな時に…ヘンなこと思い出すな…
 っつーか、もう、やば、息…

  ごぼごぼっ

「…………えへ」
「…………そこに、いるのね。誰がいるのかわかんないけど、まさか…」

 死ぬ、死ぬって、マジ…

  ごぼごぼっ

「ひとつ、その人物は愛佳が隠したい人物である。ひとつ、その人物は隠れなければいけない理由をもった人物である」
「ゆ、由真?」
「この2つの理由から導かれるのは、つまり、『この場にいてはいけない人物』で、また『愛佳とごく親しい人物』。つまり…」

  ごぼごぼっ

「はっきし言って考えたくないことだけど、そこにいるのは…」
「お、お願い由真、みんなには…」

 もうダメだ!

「こうのたかあ…」

 ざばーっ

「げほっげほっ…はーっ!はーっ!」

 無呼吸潜水なんて、いくらなんでも長持ちするはずがない。あまりの苦しさに、俺は愛佳が押さえつける手を強引に払いのけて湯船の上に顔を出し、今とばかりに酸素を肺に取り込む。

「た…たか…たか…」
「あ、あ、あー…あの…由真、これは、その…」

 何とはなしに顔を上げる。

「…………」

 …誓って言う、やましいことを考えていたわけではない。
 ただ、苦しさから逃れた解放感と、現在の状況を確認したいという人間的欲求が、そうさせただけであって、決して…なんというか、劣情がそうさせたわけではい。

 しかし、理由はどうあれ、俺の目に2人の女神の姿が飛び込んでくる。

 ひとりは、俺のいる方向に"びしっ"とばかりに指をさしたまま硬直している、青みがかった髪の女の子・十波由真。着やせするタイプなのか、思う以上に豊かな胸に乳白色の湯の雫がはねている。そのくせ腰のくびれは蜂のようで、太ももにかけて流れるラインはくらくらするほど色っぽい。
 あと一人は、もうどうしたら良いか判らないというように、呆然と突っ立っている栗色の髪の女の子・小牧愛佳。
 瞬きも忘れて泳いでいる目は抱きしめたくなるような保護欲をかきたて、頬から首筋にかけて伝う汗の雫は宝石のように輝いている。その首筋から胸の先、たゆんと曲線を描いて柔らかそうなそれは卒倒するほど魅力的で、なぜ赤ん坊が母親のおっぱいから離れないのかが感覚的にわかるほどだ。そしてお菓子に目がない食いしん坊とは思えないほど細いおなかから、ちょっと口では言えないような部分までのラインは黄金率というにふさわしく、俺はいまこの瞬間の僥倖を神に感謝したい気分で一杯になった。
 2人とも、まさか俺がこうも簡単にあがってくるとは思っていなかったのか、色々と隠さなければいけないことも忘れて、呆気に取られた様子で俺を見つめていた。

 月明かりの下、湯煙が彩るオールヌード。
 神様、どうもありがとう。グッジョブと言っておく。

「なっ…」
 ばっ、と前を隠す由真。正気に戻ったらしい。その様子を見て、慌てて愛佳も湯船にその身を隠してしまう。ああ、俺の幸せもここまでか。
「こ…こ、こ…」
 わなわなと震える身体から由真の声が漏れる。
 "これで勝ったと思うなよ"ならまだ良い方だが、多分そうじゃないだろう。
「この…」
 2文字目ですでに違うしね!
「この変態痴漢野郎ーーーーーッ!」
 眼前一杯に握りこぶし。
 貫くような衝撃が俺の頭部を駆け抜けて――
 その日、俺は夜空の星になった。グッバイ、マイ人生。



 ……その後、愛佳の必死の懇願により、この時のことを由真も黙っていてくれることになった。
 え? よく許してくれたなって?
 許してくれるわきゃあない。
 それからの3ヶ月間、みっちりと由真の奴にあれやこれやとこき使われる羽目になったんだから。

 でも…
 俺の脳内ディスクには今でも、
 月明かりの下の2人の女神の姿が焼きついているから、まぁ…よしとしよう。

 ――――――――――おわり

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