境界上のミステリー
この世の秘密を解き明かせ。現世と常世の境界に、ミステリーは踊る。
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タイトル 著者名 出版社
黒死館殺人事件
(「小栗虫太郎全集」所収)
小栗虫太郎 東京創元社
ドグラ・マグラ 夢野久作 角川書店
虚無への供物 中井英夫 講談社
匣の中の失楽 竹本健治 講談社
生ける屍の死 山口雅也 東京創元社
夏と冬の奏鳴曲 麻耶雄嵩 講談社
霧越邸殺人事件 綾辻行人 新潮社
笑わない数学者 森博嗣 講談社
絡新婦の理
(じょろうぐものことわり)
京極夏彦 講談社
時の鳥籠 浦賀和弘 講談社
彼女は存在しない 浦賀和宏 幻冬舎
女王の百年密室 森博嗣 幻冬舎
ミステリ・オペラ 山田正紀 早川書房


日本4大奇書のひとつめ。正直なところ、筆者の理解の範疇を超えていると思うが、どうにも外せない一作として名前が挙がってしまう。友人などに「あれって読んだほうが良い?」と聞かれると、必ず「読まなくても良いです」と答えてしまうんですがね。でも、なぁ…。やっぱり、なんか外せないんだよなぁ。内容は、探偵役の法水鱗太郎が、ひたすら衒学的知識を披露するだけのものだと思ってもらって結構です。それ以上でも以下でもありません。…でも外せないんだよなぁ。ちなみに、東京創元社の『小栗虫太郎全集』には、世紀のバカトリックミステリー『完全犯罪』も収録されていて、いい感じにおトク。


あらすじ:4人の異国人が、幼いころから幽閉されていた館「黒死館」。その館の前主、降矢木算哲の残した予言のとおりに、惨殺されていく住人たち……。不可能状況をいともたやすく作り上げてしまう犯人はいったい何者なのか。そして、稀代の博覧強記:法水麟太郎は、この館にいかなる理論を当てはめるのか?


日本4大奇書のふたつめ。筆者的には、4つの内で一番好きです。「人間を読み解く」ということに全身全霊を傾けた挙句、これほどの異形の物語が完成。「これを書くために生きてきた」と著者自身に言わしめたその幻魔力は、60年以上経過した今でも、読書人を魅了してやまないです。そして翌1936年、その言葉を遂行するように、他界…。夢野センセイ、ドラマチックすぎます。ところで、角川文庫版の表紙は左のようなものですが、内容は別に「あっハァ〜ん」「うっフゥ〜ん」とかいうようなものではありません。下巻の冒頭は少しエロちっくですが。


あらすじ:目を覚ますと、そこは青黒いコンクリートの壁で囲まれた狭い部屋だった。「どこだ、ここは…」思い出せない。それどころか、驚くべきことに自分が何者なのかも思い出せないのだ。隣の部屋からは、「にいさま、にいさま」と、自分を呼んでいるらしい少女の声が続いている…が、その声にもやはり聞き覚えがない。混乱する自分の前に、若林と名乗る一人の老学者が現われて、ここは九州大学精神病科第七号室だと告げられる。そして、失われた記憶を取り戻すべく、過去への探求が始まった…。


日本四大奇書の三つ目。多分、世評はこれがいちばん高いでしょう。昨今の境界上に位置するミステリーは、ここから全てが始まってるといっても過言ではないと思います。アンチ・ミステリーがなぜアンチ・ミステリーと呼ばれるのか? まずはこの作品からどうぞ。


あらすじ:昭和29年の洞爺丸沈没事故で両親を失った蒼司・紅司兄弟、従弟の藍司らのいる氷沼家に、さらなる不幸が襲う。密室状態の風呂場で紅司が死んだのだ。そして叔父の橙二郎もガスで絶命。殺人か?あるいは事故か? 薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた四つの密室殺人は、やがて漆黒の翼をその身にまとい、目くるめく反世界へと飛翔する。


日本四大奇書の最後のひとつ。ミステリーという素材をこねくりまわしてこねくりまわしてこねくりまわしてこねくりまわしてこねくりまわしてこねくりまわしまくって作り上げられた、壮大な騙し絵の世界。読んでいる内に、平衡感覚が失われること請け合いの、アンチ・ミステリーの大傑作。この作品がデビュー作って、普通ありえないです。


あらすじ:探偵小説狂の仲間うちで黒魔術師と綽名されていた曳間が殺害された。しかも友人のナイルズが現在進行形で書いている実名小説が現実世界を侵食するかのように実現していく…。溢れるペダントリィと、悪夢の如き手練によって紡がれた究極の謎迷宮。序章において描かれた四つの光景は、匣の中に構築された失楽園において、いかなる変貌を遂げるのか?


死者が生き返ったらミステリーとして成立しない…のに、この作品では成立します。後に現れる同ジャンルの巨星・西澤保彦に先駆けて執筆された、SFミステリーの嚆矢にして最高傑作。四大奇書にこれを加えて、五大奇書にしても構わないと思うんだけどなぁ。


あらすじ:ニューイングランドの片田舎で死者が蘇るという怪現象が相次ぐ中、霊園経営者一族の上に殺人者の魔手が…。死んだ筈の人間が生き返ってくる異様な状況下で、それでも展開される殺人事件の必然性はいったいなんなのか? 自らも死者となったことを隠しつつ事件の真相を追うパンク探偵グリンは、肉体が崩壊するまでに真相を手に入れることができるか?


不朽の大傑作か?世紀の大失敗作か? 一読後、とにかく何か言わなければいけないような気がする度マックスの、麻耶雄嵩の会心の一撃、あるいは痛恨の一撃。とりあえず、謎解き部分で絶句します。必ず。この作品に比べれば、清涼院流水なんて赤子も同然に見えます。まぁ、要するに、まともな作品ではないということなんですが。


あらすじ:間宮和音という、今は亡き女優の20周期の夏…今なお彼女を崇拝する者たちが、昔、メンバーで共同生活をしていた「和音島」という島に集うことになった。それを取材することになった雑誌記者の如月烏有は、舞奈桐璃という女子高校生を連れて、一向と共に和音島へとおもむく。そして、真夏にもかかわらず雪の降り積もった朝、一つの足跡もない雪の中で殺された死体を発見する…。


『時計館の殺人』と表裏一体をなす、初期綾辻の傑作長編。この作品を読み解くキーワードは「閉じた完璧」。今後、おそらく二度とこのような作品は現れないであろう、ただ一度きりの魅力に溢れた作品。ひょっとしたら、本格ミステリーという文学は、『霧越邸』を出現させるためだけに勃興したムーヴメントだったのかもしれない…。


あらすじ:山中で猛吹雪に遭遇した、劇団「暗色天幕」の一行。体温を奪っていく雪の冷たさに倒れそうになるのを堪えながら足を進めるメンバーたちの前に、吹雪の中にそびえ立つ豪奢な洋館が現われる。屋敷の名は霧越邸。吹雪がやむまで屋敷の世話になることになった一行だったが、しかし、助かったと思うのも束の間、外界と隔絶された屋敷の中で、メンバー達に今度は殺人鬼の恐怖が襲いかかる。不可解な状況の中で、一人、また一人と確実に死体を積み上げていく、その連続殺人の真犯人は果たして誰か?


なんでこれが「境界上」のミステリーなんだとお叱りの声が聞こえてきそうですが、それでもやはりここに並べられるべきだと思うのです。天才数学者と、工学部助教授。この二人のやり取りは、われわれが信じる「日常」が、頼りない砂上の楼閣であることを、いやというほど教えてくれます。犀川創平が、事件の果てに手に入れたもの…あるいは失ったものはなんだったのか? それを読み解くとき、読者の胸に去来する哀しみと感動。森魔術の魅力、ここにあり。 


あらすじ:天才との誉れ高い数学者、天王寺翔蔵の住む「三ツ星館」で開かれたパーティ。その席上、天王寺博士は庭に立つオリオン像を跡形もなく消し去るという離れ業を演じて見せた。だが、その次の日の朝、オリオン像はいつの間にか元の位置に戻っていたものの、その足元に黄色いドレスを着たままの、天王寺律子の死体が発見される。パーティに招待されていた西之園萌絵と犀川創平は、オリオン像消失の謎と共に、事件の真相を探り始めるが…。


現在の本格ミステリー界、ひいては文学界の頂点に位置するといっても過言ではない作家・京極夏彦。その彼が紡ぎ出した、壮大な論理の蜘蛛の巣がこの作品。もはや芸術を通り越して、神の領域にすら踏み込んでいる感のある、その美しい論理の糸。少なくともこの方向性では、これを越える作品は今後100年経っても出てこないでしょうね。


あらすじ:連続する目潰し殺人、基督教系女学校で行われていると言われる黒ミサ、徘徊する絞殺魔、黒い聖母…そして、数々の事件の陰に見え隠れする、織作家の女たち。古書店主にして神主、そして陰陽師の顔を併せ持つ京極堂こと中禅寺秋彦は、それら全ての事象の裏に、女郎蜘蛛の糸が張り巡らされていると言うのだが…。


『安藤直樹シリーズ』の二作目にして最高峰。シリーズ作品とはいえ、一作目を知らなくても十分楽しめます(無論、読んでいたほうがより楽しめますが)。とにかくラストの一文が良い。まさに衝撃の幕切れ。こんなこと考える奴は、浦賀以外にいないだろうなぁ。ヒントはタイトルにあります。時の鳥籠、その意味が明らかになった時…全ては始まり、全ては終わる。


あらすじ:私は、この子がそう遠くない未来に死んでしまうことを知っている…。初対面の少女の自殺を、何故か「私」は知っていた。「私」の生まれてきた理由は、その少女を救うためだから…。


スキャナ取り込みの画像では判りづらいですが、左の表紙には、黒文字とは別に、白抜きで『彼女は存在しない』と書いてあります。ちなみに、この目立たないことこの上ない装丁は、この作品をズバリ・表現しています。確かにそこにいるのに、それでも、彼女は存在しない。その理由は何か? ここでも、浦賀の感性が横溢した幕切れの鮮やかさは健在。静かで、そして…恐ろしい作品です。


あらすじ:恋人といって差し支えないくらいには親密な男――貴治――との待ち合わせ場所に現れた不可思議な女性。彼女は自分のことを「アヤコ」という人物と間違えているようだ。頼りなげな彼女の名は由子という。貴治と共に、放っておけない彼女を連れて帰った翌朝、こっそり帰ってしまったらしく姿の見えない由子と共に、貴治の大事なナイフがなくなっていた――。


この作品では、それまで森作品では登場人物たちの思考の端々に見え隠れしている程度だった「人の尊厳」という問題に真っ向から対峙しています。アンドロイドが闊歩する未来世界において、20世紀の旧生活様式を守り、「死」という概念を捨て去った街で起こる殺人事件――という設定を軽々と処理しつつ、「生命とは何なのか?」「心とは何なのか?」「生きることの意味は?」という、人間という存在が持つ謎を、論理の刃を用いて解きほぐしていきます。知の作者・森博嗣の腕の冴えをご堪能あれ。


あらすじ:雑誌の取材に行く途中、山道で迷った僕――「サエバミチル」と、相棒の「ロイディ」は、マイカ=ジュクと名乗る老人に、ルナティックシティと言う町を紹介してもらう。外界から遮断された独自の文明を持ち、女王によって統治されているその不思議な町で、ミチルは殺人事件に遭遇する。現場は完全なる密室――女王の塔。ロイディと共に捜査を開始したミチルだったが、なんと住民は「殺人」の存在さえ認めない。この地では、人が「死ぬ」ことなど決して無いのだと言う――。


とんでもない作品を書いたもんだ――、それが読後の正直な感想。背表紙のリード文に「本格推理のあらゆるガジェットを投入した壮大な構想の全体ミステリ」とあったが、本格推理どころではない、アンチもメタも、およそ「ミステリー」と名のつくものの全て、そして世界の全てがこの一冊に凝縮されています。まさに全体ミステリー。結末の壮絶なアクロバットといい、妖鳥・山田正記の才能がここに結集しています。


あらすじ:昭和13年、満州にて奉納オペラ映画『魔笛』を撮影するために、宿命城(シュウミンツェアン)へと向かう善知鳥良一たちは、道中、太古の人骨に刻まれていた「予言」を体現するかのような、奇怪な殺人事件に遭遇する。時を超えて50年後――平成元年。古文書修復を学ぶ萩原桐子もとに、夫・裕介が、勤め先のビルから身を投げて死んだという知らせが入る。しかも、目撃者の一人が、裕介は空中でいったん浮遊し、その後に落ちたという奇妙な証言をし始めた…。
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