「ふぅん……普通の女の子か。
タカちゃんも、普通が好きなんだよね」
「貴明! ごはん!」
「だ〜れだ?」
「だったら、タカちゃんにとっては、山の向こうは人跡未踏の地じゃない?
私も行ったことないから人跡未踏だよ?
ね、二人ともそうなんだから何の問題もないでしょ?」
「ふふっ、道っていうのは切り開けば出来るもんなんだね。
ほら、タカちゃん、見てみて、私たちの後ろに道が出来ちゃってるよ」
「タマゴサンド、げっと〜」
「そっか。普通の人は、嫌いなんだ……。
私はね……この本を読んだせいかな、そんなに嫌いじゃないんだけど……」
「……タ……タマゴサンド……体の中のタマゴサンド成分が足りないよ…」
「タカちゃん。どんなに頑張っても、サンドイッチはショートケーキにはならないよ」
「タカちゃん、嘘は良くないよ。嘘は。
宇宙人のせいにしちゃ駄目だよ。非科学的でしょ」
「うん……さびしくないよ……」
「本当はね、今日は、クラブ活動なんだけど、クラブ活動じゃなくて……。タカちゃん……。私……本当は……本当は……」
「ではこれで、クラブ活動は終了で〜す!
タカちゃん、ご苦労様でしたぁっ!
今までありがとう、タカちゃん!」
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序盤は顔見せということで小悪魔性全開だった笹森会長も、中盤に差し掛かって、思春期らしい悩みがそこかしこに。
「ふぅん……普通の女の子か。タカちゃんも、普通が好きなんだよね」
という言葉に込められた想い。
自分が決して平均的ではないという自覚と、それに伴う孤独。
たった一人で、誰もいない部屋の中で「クラブ活動」を続けてきた、その寂しい情景。
自分らしく、私らしく、でも、そこには理解してくれる人も、そばにいてくれる人もいなかった。
貴明が、あの忘れられた用具室の扉を叩いた時、彼女がどれだけ嬉しかったことか…。
やっと、見つけた。そばにいてくれる人。自分を理解してくれるかもしれない人。
いや、理解してくれなくても、それは仕方ないかもしれない、でも…
それでも、願うことを許されるならば、見つけてほしい、私を。
薄暗い部屋の中で、それでも誰かが扉を叩いてくれることをずっと待っていた私を。
笹森花梨という名の、私自身を。
「だ〜れだ?」
無邪気に問うその言葉の中に、彼女の孤独と、そして貴明への願いが読み取れてならない。
しかし、誰かがそばにいることの喜びは、長くは続かない。
好奇心は猫をも殺す――興味本位で行った錬金術の実験が、思わぬ形で、待ち望んだ小さな幸せを奪っていく。
この世の不思議が知りたかった、素敵な夢を見ていたかった、
一緒にいてくれる優しい男の子と一緒に、楽しく過ごしていたかった。
ただそれだけだったのに、自分の迂闊さが、せっかく微笑んでくれた人に、迷惑をかけてしまった。
苦労して、努力して、やっと設立したミステリ研究会。
でも、自分のすることが、間違っているのなら、
優しい誰かを、ただ傷つけるだけでしかないのなら…
「本当はね、今日は、クラブ活動なんだけど、クラブ活動じゃなくて……。タカちゃん……。私……本当は……本当は……」
伝えたかったこと、いっぱいあるよ。
もっともっと、楽しいこと、いっぱいしたかった。
ずっと、ずっと一緒に…
…言えばきっと、あなたは私をかばってくれる。
いつもの困ったような顔で、それでも微笑んでくれる。
でも、もう、迷惑かけられないから…。
だから、もう終わり。
「うん……さびしくないよ……」
本当は、とても寂しいけれど、でも…
思い出、いっぱいもらったから。
一緒に写ってる写真もあるから、
だから、笑顔で言うよ。
本当は、終わりにしたくなんかないけれど、それでも…
最後に一言だけ、あなたに言うよ。
「ではこれで、クラブ活動は終了で〜す! タカちゃん、ご苦労様でしたぁっ! 今までありがとう、タカちゃん!」
好きなものを好きと、そう言い続けていたかった。
自分らしく、私らしく、何かを追い求めていたかった。
体育館の片隅で、いつか訪れることを夢見ていた毎日。
やっと手に入れた、幸せな日々。
それを失う悲しみは、胸を抉るほど痛いはずなのに、それでも笑顔で、貴明に夢の終わりを告げる。
その苦しみ、悲しみはどれほどのものだったか…。
彼女の優しさが垣間見える、作中屈指の名台詞だと、私は思う。
――終盤編へ
(画像:(c)Leaf/AQUAPLUS 「ToHeart2」)
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