はるかなるいただき
第二話
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     ※



 なんか腹立ってきたわ。こんな可愛らしい顔して、あたしより大きいなんて!
      ――――涼宮ハルヒ「涼宮ハルヒの憂鬱」



     2



 学校までの平和な時間。それはひとときの安らぎの時間。
 一般的な学生にとっては、あまり歓迎したくないはずの"学校への道のり"であるが、こと彼――河野貴明にとって見ればその限りではない。朝起きて自宅から出、幼なじみの柚原このみを起こしてから一緒に登校する時間、特に、学校前の坂道にさしかかる頃までの30分弱は、その後の過酷な数時間に比して、気が遠くなるほど安らかな時間なのだ。
 もちろん、"安らか度"で言えば自室のベッドに寝ている時には敵わない。が、気の置けない幼なじみとの語らいや、途中から合流する向坂姉弟との和気藹々とした雰囲気は、激辛カレーをまろやかに中和するチーズのように貴重なエッセンスだ。
「ねぇねぇ、タカくん」
 貴明の隣をとことこと、示し合わせたわけでもないのに自然とぴったり同じペースで歩いていたこのみが、いつもの通りのコロンとした声で話しかけてくる。
「んー?」
「昨日のテレビ、観た? うたばん」
「あー、観た観た。大塚愛が出てたな」
「そうそう! 久しぶりに出てたから、嬉しかったなぁ」
「このみ、好きだもんな。大塚愛」
「うん! だって可愛いんだもん」
 番組の内容を思い出しているのか、このみの顔がふにゃんとほころんだ。中学生の頃までは、モーニング娘。の話題がよく出ていたが、最近は他のアーティストに夢中のようである。
 中でも、ポップな曲もシリアスな曲も歌う大塚愛などは、たぶん彼女にとって入りやすい部類の歌手だったのだろう。今も、最新ナンバーの歌詞を小さく口ずさんでご機嫌のようである。ツインテールを飾る桜の髪留めも、心なしか楽しそうに見えた。
 と、このみの歌声が耳に入ったのか、数歩前を同じようにゆっくりと歩いていた向坂環が、長い赤髪をなびかせて振り返った。
「こら、このみ。お行儀悪いわよ?」
「あ、ゴメン……。えへへ」
 姉貴分の環に注意されて、このみがぺろっと舌を出す。
 とはいえ、環も別段怒っているわけではないようで、少し歩を緩めると、このみの隣に並んで会話の輪の中に加わってきた。
「その歌、好きなの?」
「うん。最近よく聴くよ? タマお姉ちゃんは、こういうの聴かないの?」
「私はあんまり聴かないわね。そういう番組も観ないし」
「やっぱり時代劇とか?」
「そうね」
「でも、タマお姉ちゃんだったら、中島美嘉とか似合いそうだけどなぁ。あと、宇多田ヒカルとか……」
「あーダメダメ、そういうの姉貴が歌うわけねえって」
 今度は、環の弟の向坂雄二が会話に加わった。切れ長の目をいたずらっぽく細めて、いまいち流行りに疎い環を茶化しはじめる。
「せいぜいアレだ、水戸黄門とか暴れん坊将軍とか。あとは『魔王』とかな。シューベルトだっけ? この辺りがいいとこだろ」
「雄二……、朝から死にたいと見えるわね?」
「いやいや滅相もない」
 その後しばらく、いつもの見慣れた姉弟ゲンカ。
 まったくの"日常通り"がそこにあった。
 いたって平凡な会話。起伏もなくオチもない、眠たげな朝。
 人によっては、あくび混じりに流してしまう普通の朝。
 しかしこれもまた、貴明にとっては心安らぐ至福の時間である。
 浅瀬に浮かべた小舟に揺られながらまどろんでいるような、そんな時間。
 おせんべいと緑茶の乗ったこたつに突っ伏してうとうとしているような――そんな時間。
 全くもってジジむさいというか枯れているというか、高校男子ならもっと刺激を求めろとでも言いたくなるような感覚だが、これもある意味しかたない。こんなありふれた会話も、学校前の坂道へとたどり着くまでの僅かな時間のみにしか、許されてはいないのだから。
 そう、貴明の日常を根本からひっくり返した彼女たち――姫百合珊瑚・瑠璃の姉妹と合流するまでの、ほんの少しの時間だけ。
 この安らかな時間が終わったら、きっと今日も、珊瑚はこの世の幸福をすべて凝縮したような笑顔で、貴明の腕にくっついて歩くのだろう。
 きっと今日も、それを見た瑠璃のヤクザキックが背中を襲うのだろう。
 きっと今日も、それを見た向坂雄二にニヤニヤとからかわれるのだろう。
 きっと今日も、それを見た向坂環が何故か頬を強烈につねあげるのだろう。
 きっと今日も、それを見たこのみの苦笑の声が耳に届くのだろう。
 合流地点は、もう目の前。
「あら?」
 ――と、昨今の歌番組の特徴と傾向についてこのみにレクチャーを受けていた環が、きょとんとした声を漏らした。
「どうしたの? タマお姉ちゃん」
「今日は、珊瑚ちゃんも瑠璃ちゃんもいないのかしら?」
 見ると、合流地点である交差点の角に、あの双子の姉妹が見あたらなかった。いつもなら、こちらが見つけるよりも早く駆け寄って来るというのに。
「タカ坊、何か連絡あった? 休むとか」
 いぶかしそうな顔で環が聞いてくるが、貴明の方も特にそういう連絡は受けていなかった。
「いや……知らないな。ちょっと待って、携帯は……、うん、着信もないし、メールも来てない」
「おかしいわね。遅刻かしら?」
「どうだろう。イルファさんもいるし、それはないと思うけど。……今日はもう先に行っちゃったのかな」
「何言ってるのよ、そっちの方があり得ないでしょ。相変わらずわかってないのねぇ」
「……えっと、何が?」
「何がって、もう……。あのねタカ坊、あなたもうちょっと男としての自覚を……」
 いまいち反応の鈍い貴明の態度に業を煮やしたらしく、環の表情が『お説教モード』にシフトチェンジ。
 だがその時、思わぬ方向からよく知った声がかけられた。
「貴明さん」
「え?」
 鈴を転がしたような声。後ろを振り返ると、紺色のブラウスにエプロンを合わせた、青い髪の女の子。耳のサイバーアンテナがぴょこんと可愛らしい、姫百合家のメイドロボ、イルファがそこに立っていた。
「イルファさん?」
「おはようございます、貴明さん。みなさんも」
 葡萄色のミニスカートも清楚に、いつもの通りのうやうやしいお辞儀をするイルファ。だが、その表情はいつもと違ってなにやら曇っている。いや、曇っていると言うよりは、何か困惑しているといった方が正鵠だろうか。
「ああ、おはよう、イルファさん。えっと、どうしたの? 今日は」
「その……、なんと申しますか……」
「それに、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんもいないみたいだけど。ひょっとして、お休みとか? 風邪でも引いたとか……」
「ああ、いえ、そういうわけではないのです。二人とも、いらっしゃいますよ。ただ……、ええっと……、すいません、ちょっと言葉が見あたらなくて……」
「はい?」
「ですから……ええっと……」
 いつもははきはきと理知的なイルファにしては珍しく、言葉の歯切れが悪い。見れば、視線もあっちへいったりこっちへいったりと落ち着かない。何を見ているのだろうと視線を追ってみると、どうやら環とこのみの間を行き来しているようだった。もちろん、それが何を意味しているのかまでは、貴明には判らなかったが。
 と、何か内なる覚悟でも決まったのか、不意にきりっと口元を引き結ぶと、イルファが貴明の目をまっすぐに見つめてきた。
 その瞳には強い意志。思わず、貴明の背筋が伸びるほど。
「貴明さん」
「え、あ、はい」
「驚かないで、いただけますか?」
「はい?」
「それと、何をご覧になりましても、決して動揺せぬと……」
「あの、いったい……」
「加えて、心ない言動、態度などなさらぬようお約束してくださいまし。……何があったとしてもです」
 驚くなとか動揺するなとか何があったとしてもとか、次々と出てくる不穏な台詞に、さすがに面食らう貴明。いったい何があったというのだろうか。
「だから、何を……?」
「……無礼をお許しください。このようなことを念押しせずとも、貴明さんに限って、瑠璃様を傷つけるようなことをするはずはない……。そう信じてはいるのです。信じてはいるのですが……、いかんせん、状況が状況なので……」
「……瑠璃ちゃんに、何かあったの?」
 本当に、いったい何があったというのだろう。
 ただならぬ気配に、貴明のみならず、成り行きを見守っていたこのみたちも言葉が出ない。いつもなら口を閉じていろと言っても開きっぱなしの雄二でさえ、貴明の後ろでおとなしくしているくらいである。
 だが、問われたイルファはと言えば、よほど言いにくいことなのか、すぐには何とも答えを返さない。それこそ貴明の問いを心の内で何度も吟味しているかのように、目を閉じて黙考している様子である。
 そしてさらに1秒、2秒、3秒……。永遠とも思える静寂が辺りを過ぎていく。
 だが、どんなに長いトンネルもやがて終わりが来る。決心が付いたのか、ようやくイルファはゆっくりと目を開き、貴明を見据えて「約束……、していただけますね?」と言った。
「……はい」
 もちろん、これで首を横に振るほど薄情な人間ではない。イルファの問いに、貴明ははっきりと頷いた。
 そんな貴明の様子に、イルファもまたこくりと頷くと、彼女は背後を振り返って、こちらからは死角になっている方へ声をかけた。
「では。……瑠璃様、どうぞ……」
「ううーっ……」
 聞こえてきたのは、紛れもなく瑠璃の声。ときどき”いやいや”をする時に出す声と同質の声音が曲がり角の向こうから響いてきた。
 それと同時に、姉の珊瑚の声も聞こえてくる。こちらは、ときどき瑠璃をなだめすかす時に出す声と同質の声。
「ほら、瑠璃ちゃん。みんな待ってるよ?」
「で、でもぉ〜……」
「大丈夫やて。貴明も、このみも、みんな笑わへんから」
「ほ、ほんま……?」
「あたりまえやん。瑠璃ちゃん笑うやつなんて、おらへんよ。それに、カッコええし」
「うう〜っ……」
 しばしの問答。しかし、なかなか瑠璃の決心がつかないのか、陰から出てくる気配はまだない。
 ニブちんでならした貴明もさすがに心配になって、思わず向こう側に声をかけてみる。
「瑠璃ちゃん?」
「た、貴明?」
「どうしたの? 何かあったの?」
「な、何でも……」
「ほら瑠璃ちゃん、貴明も待ってるし、な?」
「あーうー……」
「瑠璃様、大丈夫ですよ。みなさんお優しい方ばかりですから」
「い、イルファ……」
「ほら……こっち」
「あっ、さんちゃん、待っ……!」
 ひょこん、と。珊瑚が後ろ向きに飛び出てきたかと思うと、彼女に手を引っ張られていた瑠璃が、ようやく角から出てきた。出てきたと言うよりは、引きずられてきたという風情だったが。
 とはいえ、とりあえず顔色が悪いとか足取りがふらついていると言うことはなさそうだった。表情も、何かいろいろと絶望的な色が浮かんでいるわけでもなさそうで、そういう意味では何かのっぴきならない一大事と言うことはないようである。
 ……が。
「瑠璃ちゃん、いったいどうし……」
 何がどうしたのかと心配になって声をかけようとした貴明の口が途中で止まる。
 異変に、気づいたのだ。
 顔色とか足取りとか、そういう色々を吹っ飛ばすような異変。一目でわかった。
「ちょ、ちょっと、あなた……」
 背後からは環の声。信じられない、と言うニュアンスを多分に含んでいる。それに数瞬遅れて、このみが息をのむ音も。
「ま……マジか……?」
 こちらは雄二の声。少々のことではたじろがない雄二も、これにはさすがに絶句したようだ。
「み、見るなぁーっ!」
 そんな周囲の様子に気づいたのだろう、瑠璃が自分の体を隠すようにかき抱き、その場にしゃがみ込む。より正確に言えば、胸のあたりを隠すように。
 しかし、客観的にみてその試みは成功したとは言い難い。隠そうとする対象物は、少女のか細い腕にはとうてい収まりきらないほどだったからだ。
 すなわち
「る、瑠璃ちゃん……、その……胸、は……?」
「ううーっ!」
 いつもなら、制服に包まれてひっそりと息づいているだけのささやかな胸。
 何かの弾みで当たった時にだけその存在に気づき、それ故、気づいた時には通常以上に意識してしまう、控えめな"女の子"。
 それが、今は

  ぽよんっ

 と、なにか奇妙な擬音でも聞こえそうなほど。
 すなわち――
「きょ……」
 このみの口から、言葉が漏れる。何秒か我を忘れていたようだが、少しだけ戻ってきたらしい。とはいえ、驚愕の色はそのままに。
「きょにゅうだ……」
「あーうー……」
 穏やかな登校途中の坂道前。
 いったいどこのグラビアから出張してきましたかと聞きたくなるような紛れもない”巨乳”が、瑠璃の小さな制服をぱっつんぱっつんに押し上げていた。



     ※



「こ……これはいったい……」
「驚くのも無理はありません、貴明さん。しかし、夢でも幻でもなく、これは現実なのです」
 あんぐり口を開けて元に戻らない貴明に、イルファが首を振りながら声をかける。
 とはいえ、昨日までとあまりに違う、その”猛威を振るっている”とでも形容したくなるような乳について『これが現実です』と言われても、にわかには信じがたい。環に付いているわけではないのだ。持ち主はあの姫百合瑠璃なのだから。
「い、いや、でもこれは……。いくらなんでも、何というか、いろいろ信じがたいって言うか」
「お気持ちは判ります。判りますが、ここはご自重ください。瑠璃様が怯えてしまいます」
「え? あ、いや、ごめん。……って! だから、もう少し説明を……」
 実測80センチ、ブラのサイズはBカップ。いつものスペックはいったいどこへ消えたのか。
 セーラー服を『うおりゃっ』とばかりに持ち上げて、裾から可愛いおへそがのぞくまでになっている、巨乳としか言いようのないバスト。"爆乳"、"超乳"、"魔乳"、"奇乳"と、世に大きな胸を指す単語は数あれど、本当に大きい胸はやはり"巨乳"と形容すべきなのだと実感できるような、見事な乳である。
 それが瑠璃の胸だと言われても、信じろという方が無理だ。
「……パット……?」
 ふと、環がそんなことを言う。なるほど、詰め物なら手軽に乳の増量が可能であろう。
 だが、イルファはゆるゆると首を振ってその可能性を否定する。
「最初は私もそう思いました。瑠璃様が思いあまって、大量のパットを仕込んでいるのではないかと……」
「え、じゃあ違うの?」
「はい。驚くべき事に、豊胸手術でもありません。それは、私が確認しました。シリコンなどの成分反応はありません。遺伝情報その他諸々、すべて瑠璃様のものに相違ないのです。……それに、パットや手術ではこのような自然かつ美しいラインは形成できませんし」
「それもそうね……」
 環とイルファの会話に、思わず貴明の目が瑠璃の胸に吸い寄せられる。
 なるほど、服の上から見ても柔らかそうで女性的で、パットのような人工的な堅さは感じられない。それどころか、触ってもいないのにふにふにと弾力が感じられそうなふくよかさを――
「じ、じろじろ見るなぁーっ!」

  げしっ!

「あいたっ!」
 少し無遠慮が過ぎたか、瑠璃のヤクザキックが炸裂。
「それに……、お恥ずかしながら今朝方触らせていただいた限りでは、その賞賛すべき感触はとてもとても人工物のそれではなく、文字通り女神の感触とでも言いますか、私、この世にあれほど素晴らしい触り心地のものが存在するとは夢にも思っておりませんでした。叶うものなら一日中瑠璃様をベッドに引きずり込んで、その天国のようなふかふかの胸に顔を埋めて毎日を過ごしたいと考えてしまうくらいです。そうして、瑠璃様のパジャマの前をはだけて、あらわになった二つの双丘の頂きに色づく可憐な桜色を口に含み、記憶にあるはずのない赤子の頃を思い出しながらちゅうちゅうといつまでも吸っていたい……。いいえ、ここはむしろ、不肖私めが殿方の代わりとなって思うさまバストを揉み転がし、瑠璃様の幼い性感を開発させていただくのも……。ああっ、私はどうしたらよいのでしょう。それに、こんなはしたない想像に身を焦がすなど、イルファはなんていけないメイドロボ――……、あら? 貴明さんに雄二様……、いかがなされましたか? 前屈みになどなられて」
 暴走する上に口に出してしまっているイルファの妄想。おまけに色っぽくしなを作り身をくねらせて、何やら目を細めて上気しながら語るその様子に、身体の一部分がのっぴきならない状態になったとしても、それは男として健康な証であろう。
「――っっ!! イルファもヘンなことぬかすなぁーっ!」

  げしっ! げしげしっ!

「も、もうしわけありません! 少し調子に乗ってしまいま――やめてくださいやめてください! 壊れてしまいます!」
「る、瑠璃ちゃん落ち着いて! って、痛い痛い痛い! 痛いって!」

 ――平和な朝に5分ほど悲鳴が響く。

「と……というわけで……、瑠璃様の胸が大きくなっているわけですが、皆さん、あまりお気になさらぬようお願いしたい次第で……」
 怒濤のようなキックの雨にさらされ、エプロンやら太ももやら至る所に足跡をくっつかせたイルファが、息も絶え絶えにそう言う。――メイドロボに一般的な概念としての"息"があるのかは不明だが――。
「そ、それは良いけど……、でもいったい何でこんな事に?」
「はい、それは……」
 聞くところによると、朝の支度をしているイルファの耳に瑠璃の絶叫が聞こえてきたのが、いつもの起床時間よりも数十分早い6時前。いったい何ごとかと、姫百合姉妹の寝室の扉を開けたイルファの目に飛び込んできたのが、パジャマの前ボタンを強烈に攻撃しているおっぱいをかき抱いて涙目になっている瑠璃の姿だった。
 驚いて何があったのかと問いただすと、どうやら昨日見知らぬ女生徒からもらった薬を飲んだところ、このような状態になってしまったらしい。
「薬を?」
「はい。錠剤の薬だそうで、何でも、一錠飲めばブラジャーのサイズが1サイズ上がるという効能だとか。それを4錠一気に飲んでしまわれたそうです」
 ――と、
「じゃあ、いまはFカップってことか」
 その時、それまで静かに話を聞いていた雄二が、突然会話に割り込んできた。何やら指折り数えて、ふんふんと満足げに頷いている。
「え?」
「だって、瑠璃ちゃんはBカップだろ? なら、4錠飲めばFカップじゃん」
「は、はあ……。いえ、あの、それより……」
「A、B、C、D、E、F……。うは、いやいや、思わず数えちゃうねこりゃ、はっは。元が細いから余計に強調されるっつーかなんつーかもう、いや、うはは」
「いえ、あの、それよりも、なぜ雄二様が瑠璃様のサイズをご存じなのですか?」
 わきわきと両手指を奇妙にくねらせる雄二を不気味そうに見やりながら、イルファが疑問を口にする。無理もない。貴明ですら瑠璃のサイズの正確なところは知らないのだ。それを、なぜこの向坂家の長男が知っているのだろうか。
 しかし雄二はと言えば、ちっちっちと舌を鳴らして指を振りつつ、憎たらしいほど余裕の表情でその問いを一蹴する。
「はっはっは、ナメてもらっちゃ困るね。この向坂雄二、女体の求道者の通り名はダテじゃねえ。全校女子のプロフィールとサイズデータはしっかりとPCの隠しファイルに保存済みってなもんだ」
 思わず"ずささっ"とその場の一同が後ずさり。無理もない。
「下は1年A組から上は3年F組まで、細大漏らさずチェックは完了。あのデータベースを作るのに、どれだけ苦労したことか……。ま、今となっては、すべて良い思い出。何もかもが懐かしい……」
 何を思いだしているのだろうか、きらきらと少年のような瞳で遠くを見つめながら、ほうっと息をつく雄二。その場の一同、さらに"ずささっ"と後ずさり。
 だが、約一名、後ずさりせずに一歩前に踏み出した者がいる。赤い長髪に怒りの闘気をまとわせたその姿はまさに鬼神の如し。
「ちなみに珊瑚ちゃんとチビ助はAカップ、姉貴はFカップ、イルファさんはDカップ、久寿川先輩はEカップ、ウチのクラスのいいんちょは……」
「――雄二」
「あん? ……姉貴?」
「念仏を唱え始めなさい」
「へ……」

  ガッ
  ギリギリギリ……

「あだだだだだ! 割れる割れる割れる!」
「こ、これが環様のアイアンクロー……! ……勉強になります」
 向坂家秘伝の必殺技・環のアイアンクロー。どうやら初めて見るらしいイルファが、その流れるような技の"入り"と"極め"に感嘆の言葉を漏らす。とりあえず、被害者の容態は二の次のようだ。

  ギリギリギリ……

「ちょっ……いつもより長い! 長いって! いだいいだいいだいいだいいだい! 死ぬ!マジで死ぬ!」
「珊瑚ちゃん、帰りに家に寄っていってもらえるかしら? 私パソコンってよくわからなくて……。このバカのデータ、消して欲しいんだけど」
「それはええけど……。雄二、死んでまうで?」

  ギリギリギリ……

「ああ、大丈夫よ。手加減してるから」
「(びくっ! びくびくっ!)」
「いや、タマ姉! なんか痙攣してるから! マジで死にそうだから! それに耳から何か得体の知れない液体が流れ出てる!」
 脳漿かそれとも妄想か、雄二の耳孔から正体不明のピンク色の液体が流れ出している。さすがに心配になって悪友の頭部を指さすが、環はにっこりと微笑んだだけで弟を解放する気配は微塵もない。
「まぁ、雄二様の容態はともかく」
「イルファさんまでちょっと!?」
「瑠璃様の胸ですが、Fカップではありません。計測したところ、Gカップになっているようです」
「え? だって、さっき4錠って……」
 予想外の言葉に、思わずきょとんとする貴明。ちなみに今の一言で、雄二のことはきれいさっぱり忘れたようだ。
「どうやら、一気に飲んでしまったことで、作用が若干強化されたようです。ここにいる誰よりも大きくなってしまわれたようですね」
「へぇ……」
 このみや珊瑚はもとより、イルファよりも、それどころか環よりも――、そう思うと、何かものすごい奇跡を目撃しているような気がして、貴明の目が再び瑠璃の胸に。
 言われてみれば、瑠璃が少し動く度にぷるぷると小刻みに揺れる様は、環のそれよりも大きいかもしれない。今も、抱きしめた両腕からはみ出た乳が実に柔らかそうで、指でつついてみたい衝動を押さえるのに苦労するくらいだ。
 それどころか、見ていると何となく、二つの"桜色"が透けて見えるような気さえして、ますます魅惑のバストを凝視。視線の力、侮りがたし――
「見るなアホ!」
「ご、ごめん」
 瑠璃の表情が鬼面に変化するのを見て、慌てて胸から視線を引っぺがす。あと数瞬遅れたら、地獄を見ていたかも知れない。
 と、そんなやりとりをじっと見ていたこのみが、ふと声を挟んだ。
「で、でも……、やっぱり何だか信じられないよ……」
「このみ様?」
「だって、昨日までは私とあんまり変わらないくらいだったのに、いきなり、こんな……」
 そういって、両手で"ぽよん"と丸い形を作るこのみ。彼女の中では、大きなおっぱいというのはそういうものらしい。
「こんなになっちゃうなんて……」
「そうですね。信じられないのも無理はありません。私とて、実際にこの手で触れるまでは、パットか何かかと思っていたくらいですから」
 きっと今朝方のことを思い出しているのだろう、イルファの頬がぽっと赤くなった。
 と、その時、何かひらめいたらしい。ぱっと表情を明るくして、イルファがこのみに向き直る。
「そうだ、ではこのみ様も、お触りになってみますか?」
 これぞ名案、とでも言いたげな表情で、とんでもないことを言い出すメイドロボ。ここが天下の通学路だと言うことは、すでに頭にないらしい。
 驚いたのは、いきなりご指名されている瑠璃である。何が悲しくてこんなところで胸を揉まれなければいけないのかと、目を白黒。
「い、イルファ!? ちょっと……」
「良いではありませんか。女同士ですし。このみ様なら大丈夫ですよ」
「だ、大丈夫って何が?」
「まあまあ」
「い、いいの?」
 無茶なやりとりを続ける二人を前に、ごくりと喉を鳴らしたこのみがお伺い。
 大きな胸なら環や、あるいは同じ生徒会に所属している久寿川ささらなどがいるが、改まって触らせてもらうのは初めてであるらしく、なかなかに緊張の面持ちだ。
「ほら、瑠璃様」
 そのこのみを見て、再度イルファが瑠璃を促す。
「え、あ? う……。ま、まあ、このみなら……ええのかな」
 そう言って、ほよん、と胸をこのみに差し出す瑠璃。完全に、押し切られた格好である。
「……え、何でええんやろ、ウチ……?」
「じゃ、じゃあ……、いくであります」
「へ? あ、うん……」

  ぽよ

「ふわ……」
「んっ……」

  ぽよ、ぽよ

「すご……」
「や……」

  ぽよん、ぽよ

「柔らかい……」
「やぁ……」

  ぽよ、ぽよぽよ

「る……瑠璃ちゃん、ブラが……」
「だ、だってぇ……、そんな大っきいの持ってへんも……」

  ぽよ、ぽよ、くにくに

「じゃ、じゃあやっぱりここ……」
「ひゃ! ふぁ…、そ、そこ触っちゃ、やぁ……」

  ぽよん、ぽよん、ぽよぽよ

「はふ……すごい……」
「はぁ……はぁ……」

  ぽよぽよ、ぽよ、ぽよん

 上上、下下、左右、左右、くるっと回してもう一度。
 自分にはない胸のふくらみが相当気になるのだろう、ためつすがめつ視線を注ぎながら、飽くことなく瑠璃の乳を揉み転がすこのみ。興味津々もここに極まれりだ。とりあえず性的興味とは別種であろうが、夢中でおっぱいをこねくりまわしている様は普通にえっちぃ。

  ぽよん、ぽよ、ぽよ、ぽよん

「こ、このみ……、まだやの?」
「え、あ……、うん……」
 何やら赤く上気した瑠璃に請われ、このみがようやく手を離す。それでもなお名残惜しいのか、手をふにふにと動かして、何事か反芻しているようだった。
「いかがですか、このみ様」
「イルファさん……。す、凄かった……。本物、だと思う」
「もちろんです」
「あーうー……」
「ねえ、タカくん、瑠璃ちゃんすごいよホントに。柔らかくって、ふにふにで、すっごく…すっごく気持ちいいの……。私、何だか、もう……。……あれ、タカくん? どうしたの?」
 と、恍惚とした表情で瑠璃の感触を語っていたこのみが、不意にこちらを不思議そうに見やる。
「え?」
「前屈みになって。どこか痛いの?」
 視線の先には、もじもじと落ち着かない様子の貴明。まぁ、要するにいろいろとアレな状態再び。
「あ、あはは……、いや、これは……」
 無理もない、今の今まで美少女二人の痴態と言おうか百合園と言おうか、中心から桃色光線飛ばしまくりの光景が展開していたのだ。貴明の一部分がのっぴきならない状態にメタモルフォーゼしていたとして、いったい誰が責められるというのだろう。
 とはいえ――、当事者にしてみれば、冗談ではないわけで。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!! こんのどアホぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

  げしげしっ! げしっ!

「い、痛い、痛い! ごめん瑠璃ちゃん! もう見ない!見ないから!」
「痛っ! 痛いです瑠璃様! 何で私まで!」
「うるさいうるさいうるさぁあああああああい!!!」

 ――平和な朝に、さらに5分ほど悲鳴が響く。

「と……とにかく……」
 身体中いたるところ、さらに足跡を増やしたイルファが、綺麗な青髪もぼさぼさの風体で一同に話しかける。そろそろ冗談抜きで壊れてもおかしくなさそうだが、見た目以上に頑丈らしかった。
「デリケートな問題ですので……、皆様、どうぞ感情をオブラートに包みながら、接していただくようお願いしたい次第で……」
 お前が言うな、とツッコミを入れたくなること火のごとし。しかし、このままズルズルと脇道にそれていても始まらないと思い直し、貴明はそもそもの発端となった件について口にする。すなわち、『誰がそんな怪しげな薬を瑠璃に与えたのか』という問題である。
「ホントに誰が持ってきたんだ? そんな凄い薬なんて、その辺に売ってるとも思えないし。るーこ辺りならひょっとしたらとも思うけど、ほいほい人にあげるとも思えないし。いったい誰なんだろう。それが判れば……」
「そうだよね。まずその人が誰かって判らないとダメだよね」
「ああ……って、なんでこのみはメモ帳構えてるんだ?」
 見ると、可愛くトッピングされたシステム手帳を開いてペンを構え、臨戦態勢ばっちりのこのみの姿。何をやっているのかと貴明の目が丸くなる。
「え? ……えっと、やっぱりそういうのはメモを取っておかないと忘れちゃうし……」
「……まさかお前、自分も薬もらおうとか……」
「お、思ってないよ! うん、私、全然思ってないよ!?」
「…………」
「ほ、ホントだってば」
「…………」
「……あの、だから」
「…………」
「…………え、えへ〜」
「…………」
「……………………ダメ?」
「ダメ」
「うう〜……」
 よほど大きな胸がうらやましかったのか、残念そうに手帳をカバンにしまうこのみ。
 思い出してみれば、事あるごとに『タマお姉ちゃんみたいになりたい』と言っていたが、まさかここまでとは。さすがの貴明も、少々このみに同情する。
 とはいえ、無いものを無理に薬でなんとかしようというのは、やはり間違っている。なおも上目遣いで見つめてくるこのみの視線からぐっと目をそらしつつ、「ともかく……」と、瑠璃への質問を再開。
「瑠璃ちゃん、その人に心当たり、ないの?」
「知らん上級生やったけど……」
 貴明に問われ、しばし黙考する瑠璃。
 と、何やら思い出したことがあったらしく、ふと顔を上げると、
「あ、でも確か、ミステリ研のなんとかて言うとったな……」
 と言った。
 瞬間、話を聞いていた貴明の頭ががくんと落ちる。
「さ……笹森さんか……」
 なるほど、あの暴走特急なら、何をやらかしても不思議はない。ある意味合点のいく話である。
 というか、考えてみれば、彼女しかあり得ないような気さえする。おおかた、どこぞの怪しげな錬金術の本か何かに載っていた魔法薬でも試したのだろう。それが、何のきっかけか、本当に効力を発揮してしまったと言うことか。まったくもって、迷惑千万な会長である。
「貴明、知ってるん?」
「知ってるも何も、俺が入ってる……というか入らされてるクラブの会長だよ」
「クラブ?」
「そう。ミステリ研究会って言って、来る日も来る日もわけのわからない研究だか活動だかしててさ。俺も何回ひどい目に遭わされたかわかんないよ。確かに、笹森さんならそういうヘンな薬も作りかねない……って……瑠璃ちゃん、ちょっと……」
 不意に、首筋に冷んやりとした空気。
 見ると、目の前の少女の背中の辺から、何やら青白いオーラが。
「あの……どうしたの?」
「そう……」
「え?」
「なんや何でウチに声かけたんかなって思とったら……あんたの仕業やったんな……」
「ええっ!?」
 驚いて、もういちど瑠璃の目を見る貴明。何かの冗談かと思ったのだ。
 が、そこに宿っているのは冗談でも何でもない、マジモノびんびんの超真剣。すでにオーラは怒気と化し、闘気に変わり、明王の火炎となって瑠璃の全身から立ち上っている。
 まごうかたなき臨戦態勢の瑠璃がそこにいた。
「い、いやいやいや! 違うって誤解だって! 最近部室に顔出してないし、ほ、ほら、その証拠に瑠璃ちゃん見るまで知らなかったでしょ?」
 一瞬で命の危険を悟り、ぶんぶんと首を振って瑠璃の誤解を解こうと試みる貴明。
 が、瑠璃の聞く耳はすでに売り切れているらしく、後ずさりする貴明を追うように、ゆっくりと歩を進めてくる。
 正直、怖い。
「覚悟はできてんねやろな…」
「ひっ! ……お、おい、このみ! 瑠璃ちゃんに何か言ってやってくれよ!」
 どうやら自分の言葉は届かないと判断し、多少カッコ悪いとは思ったが、幼なじみのこのみに助けを求める貴明。
 が、当の幼なじみはと言えば、何やらうつむいていて元気がない。どうやら瑠璃の胸の辺りを見つめながら自分の胸元をふよふよと触り、ため息などついている。
「やっぱりタカくん……大きい方が好きなんだよね……」
「はいぃ!?」
「このみの……ちっちゃいから……」
「いや、何言ってるんだよ! それに"やっぱり"ってなんだよ! 俺がいつそんなことを!」
「だって、タマお姉ちゃんに抱っこされてる時、よく嬉しそうにしてるし……」
「してないよ! 普通に苦しいよアレは! ちょっ……タマ姉もなんで今になって胸を抱えて後ずさるの!? やめてよ!」
「た、タカ坊……。よく私の胸にすがりついてくるなとは思っていたけど……。そんな劣情を抱いていたなんて……!」
「いやいやいやいやいや! なんか逆転してるよ! すがりついてないよ、タマ姉が俺に抱きついてくるんじゃないか!」
 幼なじみ二人からあらぬ嫌疑をかけられて顔面蒼白になる貴明。現在、『瑠璃に怪しげな薬が手渡されるよう工作した』、『向坂環の乳の感触をこっそり楽しんでいた』、『重度のおっぱい星人』の容疑が展開中。
「た、貴明さん……! ……言ってくだされば、イルファめがいつでも抱きしめて差し上げますのに……。環様には敵いませんが、私の胸でよろしければ存分に……」
「いっちゃんええなー。ふかふかやも。うちの胸ぺたぺたやし、やっぱりおもろないかなぁ」
「だから、なに言ってるんだよ二人とも! 落ち着いてよ! ……い、イルファさん待って! ここは天下の往来だから! ちょ、やめてやめて!おムコに行けなくなる!」
 どこの回路がショートしたのか、ちょっと文章では書きづらい部分に対して、ちょっと文章では書きづらい行為に及ぼうとするイルファ。この春先からこっち、身の危険は何度も感じたことがあるが、貞操の危機を感じたのはさすがに初めてである。
「お、おい雄二、お前は判ってくれるよな!? 何とか言って……」
「えー、本日の業務は終了いたしました」
「はぁ!?」
「恋愛帝国主義のブタ野郎はとっととお帰りやがってください。またのご来店はお待ちしておりません。明日の開店時間は未定……」
 そっぽを向いて『あーあー聞こえなーい』の体勢の雄二。どうやらすべての退路は断たれたようで、貴明の目から涙がぼろぼろ。渡る世間は鬼ばかり。
 そして、一歩一歩近づいてくるリアル鬼・姫百合瑠璃はすでに攻撃の射程圏内に入っているようだ。さらなるオーラをまといつつ、ゆっくりとファイティングポーズに構えを移行。
「たーかーあーきー……」
「ちょっとーーーーーーーーーー!!!!!」

「こんの……ごーかんまーーーぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 一閃――――!

 ぐっと体重を落とした体勢から、跳ね上がるように地面を蹴って、放たれるは瑠璃のジャンピングハイキック!
 いや、正確に言えば――放たれようと、した。

  ずるっ……

「うぁっ!?」

 跳び蹴りというのは、ぱっと見以上にバランス感覚の必要な技である。
 加えて、相手との位置を瞬時に測る距離感、インパクト・ポイントまでを正確に跳躍しきるバネ、体をぶれさせずに蹴りを繰り出す空中感覚など、難しい要素が満載なのだ。
 だが、この日の瑠璃は、いつもの瑠璃ではない。普段よりも前寄りに、妙な重りがくっついている。
 いかに身体の一部分とはいえ、飛び跳ねようとした瑠璃のバランスを崩すには充分。ジャンプしたまでは良いが、思い切り重心を崩して、そのまま貴明の方にバンザイしながら飛び込んでくるような形になり――

  ぽよんっ♪

「あっ……?」
「へっ……?」

 顔を包むは、至福の香り。
 跳び蹴りに失敗して飛び込んできた瑠璃の胸が、何という偶然か貴明の顔面に猪突猛進。えもいわれぬ少女の香りと、たとえようのないふくよかな感触が、ふよんふよふよと顔を包み込む。
 思わず「うぉあ……」と声を漏らした貴明を、誰が責められようか。

  ぽよ、ぽよんっ♪

「ふ……ふぉ、あ……」
「ひゃ……」

 なんという弾力、なんという柔らかさ。
 巨乳なら環の胸で慣れていると思っていたが、これがまた環の胸とは違った感触である。形、弾力、香り、みんな違ってみんな良い。ブラ有りかブラ無しかと言うところでも違うかもしれない。
 いずれ、どちらも甲乙付けがたい味わいだが、とにかくこれが女の子の感触だというなら、女の子は存在そのものが"愛"だと断言できる。前後関係すっ飛ばしてでも『生まれてきて幸せです!』と叫びたくなるような心地良さ。

  ぽよ、ぽよぽよんっ♪

「ふぉあ、ふ、ふぉあ……」
「い……」
「た、タカくん! ダメだよこんなところで!」
「い、い……」
「貴明さん! ……な、なんてうらやましい……」
「い、い、い……」
「タカ坊、あなた! どさくさに紛れて!」
「い、い、い、い……」
「うわ〜、瑠璃ちゃん大胆やなぁ〜」
「い、い、い、い、い……」
「てめえ貴明! 通学途中の健全な朝に何やってやがんだこの野郎! くっそぉ! 何で俺にはこういう僥倖が巡ってこないんだ! つまづいて転んだ拍子にぱふぱふ……う、うぉああああ!! ちくしょあああああああ!!!」

  ぽよん♪ ぽよん♪ ぽよん♪

 何やら遠くで何かの声が聞こえるが、貴明にとってはすでにどうでも良いこと。今はひたすら、顔いっぱいに広がる"幸せ"の感触を噛みしめながら、夢の世界へトリップ中。
 もちろん、いまだ乗っかった状態の瑠璃から、新たな闘気が放たれ始めたことなど知るよしもなく――

  ぽよ、ぽよ、ぽよよん♪ ぽよぽよよん♪

「いぃぃいいいいいいいいいやあああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 ――
 ――――
 ――――――……
 その後の光景は、どうぞ皆様で想像していただきたい。
 一つ言えることがあるとすれば、とりあえず"血の雨が降った"ということくらいだろう。

 朝の空気も清涼な青空の下――、貴明の悲鳴と瑠璃の猛攻の音が、いつ果てるともなく、静かな住宅街を震撼させていた。



―――――――――――つづく
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