自称名探偵氏の事件簿「凶器消失殺人事件」〜問題編〜
★掌編でミステリーが描けるのかという問題★
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 名前を聞けば誰でも知っているような大手新聞社の課長が殺害されたのは、暮れも押し迫った師走の夕方のことである。編集室から続きになっている資料室内で死んでいるのを、部下が発見し、その日のうちに警察に通報。厳密な鑑死により、何かごく太い紐状の物体で考察されたものと断定された。事件の早期発見、および、扉一枚隔てて編集室という人間の出入りの多い場所であったことから、推定殺害時刻の幅がなんと前後5分という異例の短時間に凝縮された。しかも、その時間帯に出入りした人間がただ一人――30代後半の独身女性編集員――と言う、もはや解決が最初から用意されていたような、捜査員にとっては至れり尽くせりの事件であった。

 …だが、前代未聞のスピード解決かと思われたこの事件は、ただひとつの点においてそれを許さず、あろうことか迷宮入り寸前にまで当局を追い詰めた。凶器と目される物体が、どこにも見当たらなかったのである。資料室内部には、膨大な数の書類、過去半年分の新聞やシュレッダーなどの事務機器があるばかりで、ましてや絞殺にあつらえ向きのものなど何一つとして見当たらなかった。

 犯人と目される女性も、その日の服装が、珍しく身体にぴったりとした丈の短いワンピースで、ベルトなどの類も一切身につけておらず、バッグやポーチなどもロッカールームにおいてあったことが確認されている。服や下着を脱いで、それで首を絞めたのではないかという珍説も飛び出したが、科学鑑定の結果、布のほつれなどは一切見当たらなかった。犯行時刻、編集室内において作業していた他のスタッフも、紐状のものを彼女が持っていたような記憶はないと証言し、結局凶器はどこにも存在しないという結論に落ち着いてしまった。

 いい加減捜査も行き詰まり、もはや不可能犯罪の断定を下すしかない状況に陥りそうになり、この事件を担当した神居警部が藁にもすがる思いで助言を求めに行ったのが、神居警部の従兄弟であり、私立探偵などというふざけた職業についている、自称名探偵氏その人である。

 ――――――――――――つづく
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