透明人間に告ぐ 〜中編2〜
ミステリ研活動中!
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「透明人間には食べ物を与えず、眠らせないことだ。昼も夜も、街中であいつを警戒する。食べ物をすべて戸棚に入れて鍵をかけておけば、あいつは必ず壊して奪おうとするだろう。どの家にも鍵をかけて、入れないようにする。どうか夜が冷え込み、雨が降ってくれますように。この辺り一帯の人々が協力し合って、透明人間を追い詰めなければいけない。アダイ署長、あいつは危険な男だ。災いそのものだよ。捕まえて牢屋に入れないことには、何が起こるか知れたものじゃない」

        ――――「透明人間」著:H.G.ウェルズ 訳:雨沢泰(偕成社)



     ※



 陽光高い正午の空の下とはいえ、校舎裏のゴミ捨て場近辺はひっそりと静まり返って音もない。掃除の時間であればゴミを捨てに来る生徒がちらほらと見えるものの、それ以外の時間帯はといえば、くすんだ色合いの焼却炉が、それ自体が粗大ゴミででもあるかのように鎮座ましましているばかりだ。まして、腹ペコの学生たちが各々の食欲を満たすためのこの時間、わざわざゴミ捨て場まで来なければいけないような用事を抱えた生徒など皆無である。
 ――ただ一人を除いては
「な、ないっ! ないないないっ! 俺の服がないっ!」
 声はすれども姿は見えず。さりとて気配は消えず、また動作のたびに蹴立てられる砂埃もしっかりと存在を誇示している異様な空気。
 現在、逃亡生活中の透明人間・向坂雄二である。
 つい数分前にこの場所に走りこんできたかと思うやいなや、大慌てで植え込みの中に頭を突っ込んで探し物を始めたのだ。
 お目当ては自分の学生服。透明人間として行動するために脱いで、植え込みに隠しておいたはずの自分の服だ。
 しかしどういうわけか、いつもは見慣れない場所に隠した、いつも見慣れた自分の学生服がどうしても見あたらない。隠し場所の目印として配置した三つの石ころが脇にあるから、見当違いの場所に首をつっこんでいるわけでもないのに、そこにあるのは錯綜した植え込みの枝と土の匂い、そしてよくわからない何匹かの小さな虫がいるばかり。
「なっ…何で…」
 そろそろ晩秋の囁きが漂い始める10月。薄衣一枚どころかオールヌードのセクシーダイナマイツで過ごせほど暖かいわけもなく、陽の光が明るい今の時間であっても鳥肌が立つような気温である。
 いや、仮に今が夏であったとしても、このままことを放置するわけにはいかないのだ。透明になっているから、誰にも気づかれずに家に帰ることは容易だが、その場合は自分の制服が一着紛失したという理由を、姉の環に納得できる形で提示しなければならない。
「川に落ちた女の子に貸してあげた……いや、それだと女の子はいつ返しにくるんだってことになるし……、野良犬の集団におそわれた……って、誰が信じるんだ……、追いはぎ…いつの時代だよ、ええっと…ええっと…」
 とてもではないが、妙案は浮かびそうにない。だいたい、真っ昼間に制服はおろか下着まで一切合切なくなってしまうような事態など普通はあり得ない。納得させろという方が無理な話だ。
 いっそ買ってしまうにしても、あの姉のことだ、手触りや微妙な形の違いで、いつもの服ではないと看破するだろう。
「……焼却炉の中にも……ないか……」
 灰になっているかもしれないと中を覗いたが、ここ数時間のうちに使われた形跡はどうやらない。
「てことは…」
 つっと校舎を見上げる。そこかしこから聞こえる賑やかな声は、おそらく自分を取り巻く包囲網が形成されつつある証左なのだろう。しかし――
「探すしか、ない…か? くそっ…」
 未だ圧倒的なステルス能力を有しているとはいえ、すでに事情は先ほどまでとはまるで違う。ほんの少しの判断の遅れ、違い、迷い――些細なそれらが致命傷になることだろう。
「……ちっ……」
 舌打ち一つ。
 どうであれいくしかない。逃げた先に猛虎がいるならば目の前の虎穴に入るしか道はないのだ。
 一つため息。雄二は首を何度か横に振ると、舌なめずりをしながら自分を待っているであろう校舎へと足を向けた。



     ※



「というわけで」
 ホワイトボードの前に仁王立ち、何がそんなに嬉しいのかと思わず聞きたくなってしまうような満面の笑みで切り出したのはまーりゃん先輩である。
「ここ生徒会室に集まってくれた有志の諸君。君らの活躍に期待している! 以上っ!」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
 語り始めから終了まで5秒とかからなかった口上に、思わず声を上げた生徒一人。2時限目の放課時間の被害者、十波由真である。
「なにかねうーま君?」
「うーま言うな! 以上って、先輩ほとんどなんにも話してないじゃないの! 作戦総本部とか言うくらいなんだから、なんかないの?もっと他に」
「ないっ!」
「な…」
「ちっちっち、うーま君、わかってないなあ。あちしにそんな妙案があるんだったら、こんな作戦会議なんか開く訳ないじゃん」
「いや、まあ、それは…って、それって開き直りじゃないの!」
「まぁまぁ落ち着きたまへよ。妙案がないからこそ、こうやってみんなで集まって作戦を練ろうってことなのさ」
「…さっき『以上!』とか言わなかったっけ?」
「気のせい気のせい」
 コミカルなやり取りを続ける二人
 草壁優季はあまり意味のありそうではない議論から視線を外して、隣の席に座っているるーこ・きれいなそらに声をかけた。
「るーこさん…」
「なんだ、うーき」
 優季に応えて、るーこがいつも通りの眠たそうな目を向ける。
 とりあえず生徒会関係者でも、また直接的に透明人間の関係者でもないのだが、こういうイベントをスルーできない友人がクラブ活動の会長なのだ。まーりゃん先輩の招集号令にいち早く反応した笹森花梨が、とるものもとりあえず生徒会室に乗り込んだのである。もちろん、生徒会役員でもある貴明も一緒に。当然、優季もるーこも引っ張られてきて、今は中央を囲むように四角に並んだテーブルについて、まーりゃん先輩の演説を聴いていたところだ。
 その他の面々としては、貴明と同じく生徒会役員である久寿川ささら、柚原このみに加え、どうやら何か因縁のあるらしい十波由真、小牧愛佳の姿。さらに、姫百合珊瑚と瑠璃の姉妹が卓についている。
 決して広くはない生徒会室の中、総勢11人の生徒がひしめき合っているわけだ。
 なぜか生徒会副会長の向坂環と、その弟で同じく生徒会会員の向坂雄二の姿が見えなかったが、柚原このみの説明によると副会長は体調不良による欠席、弟氏の方は所用で席を外しているとのことだった。
「どう思いますか。透明人間って…」
「見てみないことには何ともいえない」
「それはそうですけど…。でも、そんなことってあるんでしょうか?」
「あるある! あるに決まってるでしょ、優季ちゃん!」
 横からうきうきした声で話しかけてきたのは花梨である。見れば、見たことも無いような嬉しそうな顔だ。念願の『ミステリー』そのものが、ようやく目の前に出現するかもしれないのがたまらないのだろう。
「ウェルズの小説の中だけじゃなかったんだぁ…。あー、もう、この時のためにミステリ研を立ち上げたと言っても過言じゃないよ! 早く会いたいなぁ、透明人間さん…」
「でも」
 盛り上がる花梨を前に多少気が引けたが、優季は疑問点を開示する。
「本当にいたとして、どうやってその透明人間さんを見つけるんですか?」
「へ?」
「だって、見えないんじゃ見つけようがないと思いますよ。映画みたいに、包帯でぐるぐる巻きになっているならわかりやすいですけど、こんな…」
 窓の外、その先にある校門に優季は目をやる。そこでは、幾人かの生徒が、閉じた校門の前に陣取って見張り役になっていた。どの生徒も、多分真剣に透明人間の存在を信じて見張っている訳ではなく、おおかた『まーりゃん先輩の悪ふざけにつきあってやるか』程度のものだろうが、それでも普段に比べれば厳重な体制になっていることは疑いない。
「こんな状況で、そんな目立つ格好でいるでしょうか? きっと透明になって、普通では見えなくなっていると思いますけど…」
「そ、それは…」
 とたんに、答えに窮する花梨。本人も、その辺りはよく考えていなかったのだろう。
「だが、あのうーりゃん先輩とやら、その透明人間を見つけたからこんな会合を開いているのだろう? では、何らかの手段、あるいは機会があったということだ。見つけ出せる可能性がないわけではないのだろう」
「そ、そうだよね! るーこちゃん、鋭い!」
「でも、それってどんな状況だったんでしょうか?」
「そんなの本人に聞けば良いよ。はいはーい! まーりゃん先輩、しつもーん!」
「ん? 何かね、ええっと…?」
 どうやらまだ由真とやりあっていたらしいまーりゃん先輩がきょとんとした顔で花梨を振り返る。
「あ、あたし笹森花梨って言います! ミステリ研究会の会長でーす!」
「おおー、ミステリ研? へえー、来栖川のせーりゃん先輩の部活、まだやってたんだぁ」
「あ、あの、違います。それはオカルト研究会の方です」
 現生徒会長・ささらから訂正が入る。よく間違われるが、花梨率いるミステリ研究会と、かつてこの学校に在籍していた来栖川グループの令嬢・来栖川芹香が所属していたオカルト研究会は全く別物で、直接的にも間接的にも関連はない。
「あ、そうなの? ふーん。で、なにかね、かーりゃん…響きが悪いな、うーん。ささりゃん!」
「はい、あの、えっと、どうやって透明人間を見つけたんですか?」
「ああ、それは…」
 何度かささらからの注釈が入りつつも、まーりゃん先輩から簡単にことの顛末が語られる。しかし、その内容はといえばほとんど『偶然』に近い状況で発覚しただけのものであり、少なくとも優季には捜索手段の手がかりになるとは思えなかった。
「あの、まーりゃん先輩?」
「ん? えっと、君はなんて言ったっけ?」
「草壁優季です」
「ゆーりゃんね」
「ゆ…、ま、まあ良いですけど。あの、さっき話されていたとおりだと、現状ではその透明人間さんを見つけ出す方法はないって言うことですか?」
「う…。そうそう、そこなんだよねー。あちしもそれが困っててさー」
「嘘だ! 絶対今まで考えてなかったって!」
 横やりは由真である。
「うーま君、うるさい」
「うーま言うな!」
「あ、あの、それで、これからどうするんですか? 相手が見えないんでは、追いかけようがないと思うんですが」
 と、そこで思わぬ方向から声がかかった。
「それならまかしときー♪」
 見ると、先ほどからずっとノートパソコンに向かっていた珊瑚が、ほやんと笑みを浮かべて優季の方を見ていた。
「えっと…たしか、姫百合さん、でしたっけ?」
「珊瑚でええよ。姫百合さん、なんて呼ばれても、ウチのことなのか瑠璃ちゃんのことなのかわからへんもん」
「じゃあ…珊瑚ちゃん」
「うんうん」
「任せておけ、って、何か秘策でも?」
「へへー。こんなこともあろうかとな? いっちゃんたちにはサーモグラフィがついてるねん」
「いっちゃん?」
 なぜ『こんなこと』を想定していたかの疑問はともかく、とりあえずはその『いっちゃん』という人の方が先決だと判断し、優季が先を促す。
「あの、いっちゃん、っていうのは?」
「もうそろそろ着く頃やけどなー。さっき連絡しといたし」
「さんちゃん、あいつらここの場所知らんのとちゃうか?」珊瑚の妹、瑠璃が口を挟む。「生徒会室なんか、来たことないんちゃうの? 迷っとらへんかな」
「ガッコの見取り図データなら入っとるよ。心配せんでも、その内来るよ」
「べ、別に心配やあらへんけど」
「素直やないなー」
 と、その時、生徒会室の扉がコンコンとノックされた。
「あ、来たー! 入って入って!」
 珊瑚が嬉しそうにそう呼ぶと、『失礼します』という声とともに、扉が開かれる。見ると、青い髪とピンク色の髪の、二人の女の子が立っていた。
「お待たせしました、珊瑚様。少し準備に手間取ってしまって」
 そう言って、青い髪の子の方が、深々と頭を下げた。紺色のブラウスに短めのエプロン、葡萄色のミニスカートがすっきりとまとまっていて、全体的にとても清楚な印象だ。
「ええよええよ。急に呼び出してごめんな? みっちゃんも」
「いいっていいって、ちょうど暇だったし」
 活発にそう答えたのは、ピンク色の髪の女の子の方である。服装自体は先ほどの青髪の少女と変わりないが、こちらは正反対におてんばそうな感じである。
「あれ? しっちゃんは?」
「シルファちゃん、怖いって言って家から出てこなくて…」青い髪をした方が、困ったようにそう答える。「仕方ないので、お留守番してもらっています。よろしかったですか?」
「かまへんけど、もったいないなー。透明人間なんて、滅多に見られへんで」
「あの、珊瑚ちゃん? そちらの人たちは?」
「あ、そか、紹介するなー」
 優季の疑問に答えて、珊瑚は入ってきた二人を前に立たせる。
「こっちがいっちゃんで、こっちがみっちゃんや」
「…えっと」
 ほとんど紹介になっていない紹介に、リアクションに困る優季。さすがに初対面の相手を『いっちゃん』『みっちゃん』と呼ぶわけにもいかない。
 と、そんな様子を見かねたのか、いっちゃんと呼ばれた少女が、自己紹介を始めた。
「…HMX-17aイルファと申します。姫百合家にて、メイドとして珊瑚様と瑠璃様のお世話をさせていただいております。以後お見知りおきを」
「HMX? あの、失礼ですが、来栖川の?」
「はい。メイドロボです」
 そう言って、イルファと名乗った少女は、特徴的な耳飾りを見せる。センサーのようなそれは、確かに彼女がメイドロボであるという証拠だった。
 だが、その表情や口調、仕草はほとんど人間のそれで、耳飾りがなければ彼女たちがロボットだとは誰も思わないだろう。思わず優季も、まじまじと目の前のメイドロボを見つめてしまう。
「ほら、ミルファちゃんも、自己紹介を」
「おっけー」
 と、イルファに促されて、今度はピンク色の髪の少女が一歩前に出る。
「HMX-17bミルファって言います。河野貴明君の彼女でーす!」
「!」

 ばっ

 と思わず貴明を振り返る優季。見ると、この場の全員が同じように、隅っこでおとなしくしていた貴明に視線を注いでいた。どうやらライバルは多そうだ。
 当の貴明はと言えば、いきなりの恋人発言に目を白黒させて、ほぼ茫然自失といった様子である。やがて数瞬の後、周囲の視線が自分に集まっていることに気づいたようで、大慌てで首を横に振り出した。
「ちょっ…ちがうちがう! ちがうって!」
 しかし、爆弾投下犯人の攻撃は止まらない。そんな貴明の様子を見るや、すかさず燃料の投下である。
「こないだの日曜日は二人でラグーナでデートしましたー!」
「してないって!」
「午前中はテルムマランラグーナで二人で泳いでー! お昼はラグンブルーでフレンチ食べてー! 午後はラグナシアで思いっきり遊んでー! 夜は海を見ながら告白されちゃいましたー!」
「なんでそんなにマイナーデートスポットに詳しいんだよ! ていうか、行ってない!」
「来週の日曜日はミッドランドスクウェアでショッピングの予定でーす!」
「いい加減にしろってば、ミルファ!」
『ミルファ!?』
 貴明の呼び捨て発言に、またも視線が一気に集中。
 貴明もすぐに己の過ちに気づいたのか、顔面蒼白になってまたも首をぶるぶる。
「ちちちち違う! 違う違う違う!」
 しかし、既に火がついてガソリンもばらまかれた状態では、家庭用の消化器一つではどうにもならない。先ほどの呆然となっていた状態から一転、スイッチが入ったかのように、その場の全員が一斉に騒ぎ始めた。
「たかちゃん、ちょっと! その子といったいどーいう関係なのよ!」
「たかあきくん…、女の子苦手だ、って言ってたのに…」
「見損なったぞ、うー」
「河野貴明! あんた、いったいどんだけ女の子たぶらかせば気が済むのよ!」
「こ、河野さん、そんな、呼び捨てだなんて…。私なんて、名字に『先輩』付けなのに…」
「いやー、たかりゃんも隅に置けないねぇ。ここにいる女の子みんな骨抜きたーねぇ」
 こうなるともう止まらない、どうにも止まらない。飛び火が飛び火を呼び、決して広くはない生徒会室の中、もはや透明人間のことなどきれいさっぱり忘れさられて、急浮上した河野貴明とメイドロボの交際疑惑で大洪水の状態である。
 さらに、しゃべりやまないミルファの口を塞ごうとして貴明が席を立ったのを機に、周囲の女生徒たちが一斉に貴明に詰め寄ろうとしたものだからたまらない。ミルファの元へと進もうとする貴明と、一斉に詰め寄ろうとする女生徒たち。相反する力は混乱を生み、その場の勢いも手伝って、あっという間に収拾がつかなくなった。
「もー、貴明君ったら、みんなの前では『ミルファさん』って呼んでくれなくちゃ、ばれちゃうでしょー?」
「何がばれるんだ何が! ていうか、離してって、ちょっと笹森さん!」
「いーやーだー! ちゃんと納得のいく説明をしてくれるまで離さな…って、ちょっと痛い! いたたた! 足踏んでる! 誰か足踏んでるってば!」
「あ、ああっ、ごめんなさい! え、えっと、絆創膏は…」
「ちょ、小牧さん、こんなとこでポケットひっくり返してると…」
「ああーっ! のど飴落としちゃったぁー!」
「言わんこっちゃな…」
「河野貴明! あんた、なに愛佳泣かしてんのよ!」
「俺のせいじゃないだろ! っていうかイルファさんも何とか言ってくださいよ!」
「私のことは呼び捨てにしてくださらないんですね…」
「だーかーらー! そんなこと言ってる場合じゃ…」
「貴明ぃー! あんた、さんちゃんに変なことしたらただじゃおかへんで!」
「瑠璃ちゃんまで何言ってんの! ていうか、事情を知ってるんなら油を注がないでよ!」
「ウチ、何もしらへんもーん」
「た、タカ君、事情って何? まさか、ホントに瑠璃ちゃんたちと…」
「"たち"ってなんだよ"たち"って!」
「このごーかんまーっ!」
 もうめちゃくちゃである。 運動のベクトルはしっちゃかめっちゃかに入り乱れて、上を下への大騒ぎ。どすんばたんと物音も騒々しく、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 乱闘騒ぎに参加していない優季にしても混乱していることには例外ではなく、『やっぱり5年も離ればなれだったから、私のことなんて…』とネガティブモードに入ってしゅんとなっているところだった。ただでさえ女の子の姿が周囲に多い貴明のことである。恋人の一人や二人いてもおかしくなさそうだし、だいたいこれだけ女の子の嫉妬を集められるような境遇であれば、自分のことなど気にかけてもらえなくても不思議じゃないのかなぁと、すっかり後ろ向きだ。
「観念しなさい河野貴明! このあたしがあんたに引導渡してやるーっ!」
「だぁーっ!由真! こんな状況で襲いかかってくるんじゃねぇー!」
「あんたに呼び捨てにされる筋合いないわよ!」
「いいぞー! やれやれー!」
「まーりゃん先輩! 変に煽らないで…って、うおわぁーっ!?」
「あひゃえあー!?」
「ちょ、ちょっと、何いきなり愛佳に覆いかぶさってんのよ!」
「こ、河野さん! 生徒会室での不純異性交遊は、その…」
「ちちちちち、違いますって! これは偶然…」
「たかちゃん、いったい何人の女の子を押し倒せば気が済むのよ!」
「けだものか、うー」
「俺は誰も押し倒してねぇー!」
「再来週の土曜日は新居を見に、ハウジングセンターに見学に行く予定でーす!」
「いいかげんにしろー!」
 その後、柚原このみの口から「日曜日はタカ君に勉強を教えてもらっていた」という証言が出されるまで実に15分、生徒会室はかつてない大騒ぎに包まれていた。


「あらためまして、HMX-17bミルファでーす」
「み、皆さんすいません…。妹の不始末の責任は私の責任です…」
「いや、いいんですよ…大丈夫です」
 あっけらかんと自己紹介のやり直しをするミルファの隣で、真っ赤に赤面して縮こまるイルファ。それを乱闘騒ぎでぼろぼろになった貴明がフォローしているが、どう見ても大丈夫そうではない。いまも、優季が消毒のために傷口に当てたアルコール脱脂綿に顔をしかめているところである。
「つっ…」
「あ、あ、ごめんなさい、沁みましたか?」
「だ、大丈夫」
「もう…、日曜日はふさがってたなら、早くそう言えば良かったのに」
 新しい脱脂綿をアルコールに浸しながら、優季は先ほどまでの大乱闘を思い出して苦笑する。なんにせよ、心配していたことは何もなかったようだったので、一安心ではあったが。
 他の女生徒たちも、自分たちの取り乱しようを今更ながらに恥じているのか、おとなしく席についているようだ。一部を除いては。
「やー、笑った笑った。ま、たかりゃんにそんな甲斐性があれば、さーりゃん泣かせてるわきゃないよなぁ」
 そう言ってご満悦なのはまーりゃん先輩である。彼女にとっては、それが何であれ、お祭り騒ぎであれば問題なしなのだろう。
「最低だ…この人最低だよ」
「あーっはっはっは、たかりゃん、それは褒め言葉として受けとっとくよ」
 面白くて仕方ないといった表情で高笑い。このままではいつまで経っても前に進まないような気がして、優季が先を促す。
「あ、あの、それより本題の方に戻りませんか?」
「は? 本題? 何それ?」
 きょとんとした顔で聞き返すまーりゃん先輩。この場にみんなが集まっている目的を、どうやらきれいさっぱり忘れているらしい。これには、普段から笹森花梨など突き抜けた人物たちと顔をつきあわせている優季も、さすがに絶句した。
「…あの、透明人間…」
「透明? ………あ、ああ! そう、そうだよ! うん、もちろん忘れてないって!」
「………………」
「で、では! 改めて珊瑚ちゃんに、その二人のことを教えてもらおうかなー!」
「ええよー」
 細かいことにこだわらない様子の珊瑚が、まーりゃん先輩の言葉に嬉々として手元のパソコンを操作しだした。すると、ウィーンという機械音とともカーテンが閉じられ照明が消され、天井からホワイトスクリーンが降りてきた。
「あ…えぇっ? 生徒会室にこんな設備あったかしら…」
 久寿川生徒会長が驚いた様子で、見る間に整えられていく部屋の様子を見渡す。
「あー、まあ細かいことは気にせんほうがええよ?」
「こ、細かいことかしら…。ええと、自動開閉カーテンの設備費用ってどのくらいかしら。それにスクリーン…照明設備もあって…。あ、あの、河野さん、生徒会の予算残高って、あといくら…」
「ほらほら、はじまるでー」
「あ、はい…」
 いまだ目を白黒させながらも、珊瑚にいいように丸め込まれてしまっているようだ。
 ともかく、遮光カーテンで陽の光が遮られ、隣に座る者の顔さえ曖昧な闇の中、スクリーンだけがいやに明るく、何かの映像を映し出す。
 それは夕焼けに染まった海を見ているらしい男性のシルエット。ヨットが浮かぶ水面はきらきらと輝き、トランペットのもの悲しいメロディが、絶妙に男性の心情を物語っている。
「…金曜ロードショーだ…」
「あはは、こういうのは凝らなあかんからなー」
 貴明の声に、あはあはと珊瑚が笑う。締まりかけたその場の緊張が一気に抜けた。
 ご丁寧にスポンサークレジットまで表示されると――来栖川エレクトロニクスらしかった――ようやく本題が始まるらしく、タイトルテロップで『HMXシリーズのすべて』と出てきた。

 ――と

『いっちゃんたちはなー』いきなり珊瑚のどアップが映し出されたかと思うと、なんの脈絡もなく突然台詞が始まる。『目ぇの部分に高性能CCDカメラがついとってな、ほぼ人間と同等の色調識別と、人間以上の遠隔識別、細部識別、動体識別能力をもっとるんやけど…』
『あ、あの、珊瑚ちゃん、もうちょっと下がって…』
『そか? ええっとなー』


 なにやら男性の指示の元、スクリーン上の珊瑚が後ろに下がっていく。制服に白衣という出で立ちの珊瑚の全身が映し出された。
「あはは、あんまし近すぎて、長瀬のおっちゃんに怒られてん」
 場所はよくわからない。どうやらどこかのスタジオのようだが、背景のようなものは一切なかった。かなりの手抜きらしい。


『なんやったっけ? ああ、そうそう、そんでなー、ええカメラ持っとっても、露出狂があれやと暗いとこやと映らへんやん』
『露出! 露出狂じゃなくて露出!』
『似たようなもんやん。んでなー、そう言うときのためになー』
 ここで、♪て〜ってれ〜って・てててて〜♪ と妙に軽快なSE。
『おっちゃん、今のキテレツ大百科やんか。うちドラえもんのほうが…』
『いいから続けて続けて!』
『むー…。まあ、ほんでな? 夜でもよう見えるようにって、赤外線センサーとサーモグラフィと…、えと…、寝台列車…』
『夜光カメラ!』
『夜光カメラがついとんねん〜』
 ここで、どんどんどんパフパフパフ〜というSEが入った。どう聞いても瑠璃の声だった。
『以上!』


 『この番組は、皆様の未来と笑顔を作り出す、来栖川エレクトロニクスの提供で――』


「早っ!」
 イルファ&ミルファを含めた生徒会室ほぼ全員の声が見事にハモる。ウィーンと引っ込んでいくホワイトスクリーンと遮光カーテンが実に憎らしい。
「ていうか、珊瑚ちゃん、これじゃあ説明になってないって!」
「いや〜、映画って、ホントにええもんやな!」
「だ、だから…」
 挫けそうになる心を必死で奮い立たせているのであろう、貴明が目にも擬音が聞こえるかのように「ギギギ…」と片腕で身体を支えながら珊瑚に突っ込みを入れようとしている。優季が心の中で「ファイト!」と叫んだ声は彼に届いただろうか。
「結局、何が言いたかったわけ?」
「判ってないなぁ、たかりゃんは! そんなの『いや〜、映画って、ホントに良いもんですね!』に決まってるじゃんよ」
「まーりゃん先輩は黙っててください!」
「なんだとぉ! たかりゃんのくせに生意気だぞ! そんな口聞いてると、その内さーりゃんに言いつけ…、ちょ、さーりゃん、離し…」
 見ると、うんざりした顔のささらが、まーりゃん先輩の首根っこをひっつかんでいた。そのまま、嫌がる先輩をずりずりと扉口まで引きずっていく。
「先輩、お願いだからあっちで遊んできてください…」
「うわーん! さーりゃんがいじめるー! なんだよなんだよ、みんなして! その内タマちゃんに言いつけてやるからなー!」
「はいはい…」
 そのまま外に向かってぽいっと放り投げ、ぴしゃっと扉を閉めた。表でなにやら喚いている声が聞こえたが、どうやら無視するようである。
「………で、珊瑚ちゃん、さっきの話だけど………」
「ん? そんなん決まっとるやんか。貴明は身体、あったかいやろ?」
「!」
 再び凍り付く生徒会室。
「ち、違う!」
「あはは、そういう意味やないよ〜。あんな? 透明人間いうたかて、動いてるいうことは、運動してるいうことやろ?」
「そうだね」
「でな? 生き物の運動いうんは、ぶっちゃけカロリーを熱エネルギーに変換するいうことやんか?」
「そう…だね?」
「要は、そういうことやねん。動けば熱ぅなるし、止まれば冷え冷え〜」
「…………」
「要するに」
 よくわかっていない貴明に代わり、るーこが珊瑚に応える。
「対象が有機生命体であると仮定するならば、動作する際には必ず熱を発する…。つまり、体温としてエネルギーを放出しているということになり、であれば、サーモグラフィに必ず反応がある。いかに視覚としての光を消していても、それを実装しているそこの二人からは隠れ得ないということか」
「大当たり〜! 加えて、赤外線センサーも装備済みやから、もう完璧やで〜!」
「ふむ…。ということは、至近距離での索敵に憂いはないということか。あとは、どこに潜んでいるかという問題があるが、これについては何か案はあるのか?」
「うーん、そこはもう、手当たり次第やなぁ」
「そもそも、校舎内にまだいるのかという問題もある。うーりゃんによって校門などは閉ざされているようだが、それ以前に逃亡を果たしたという可能性も否定できない。その場合、探索すること自体が無駄骨ということになるが」
「でもるーこさん」
 懐疑的な言葉を並べるるーこを優季は制する。正直、優季もその点には疑問があったのだが、それだけではどうしようもない状況に追い込まれていることもまた事実なのだ。
「ん? なんだうーき」
「透明人間がまだ校舎内にいるかいないか…、いいえ、そもそも透明人間が実在するかどうかは、もうこの際問題ではないかもしれません」
「る?」
「だって…」
 そう言って、優季はまだ校門前で頑張っている生徒たちを見やる。
「こんな大騒ぎになってしまっているんです。門番までしている生徒もいますし、先生たちの耳にも入っているでしょうし…。それに、まーりゃん先輩だけならともかく、久寿川先輩だって見ているわけでしょ?」
「ええ…。残念なことに」そう言って、大きくため息をつくささら。「私だけではないわ。あの時更衣室にいた女生徒たちは、みんな見たのだから。見た、って言って良いのかどうか判らないけれど…」
「なら、例え形だけでも、校舎全体を捜索しなければ収まらないと思います。いるならいる、いないならいないってはっきり明言できないと、とても…」
「賽は振られている、ということか、うーき」
「はい」
「あー、もうもうもう、なんでそんなに深刻そうな顔してるかな!」
 と、突然脳天気な声で割り込んだのは笹森花梨である。立ち上がり、教室を見渡しながら花梨は重い腰の生徒たちを鼓舞するように声をかける。
「いる、いない、そんなの探してみなきゃわかんないよ! だいたいそのために集まったんだから」
「花梨さん…」
「それにさ、ね、優季ちゃんはドキドキしない?」
「え?」
「そ、ドキドキ。だってさ、透明人間だよ? しかも、テレビや映画の中じゃない、今この学校にいるかもしれないんだよ? いないかもしれないけど、でも、"もし会えたら"って思ったら、ドキドキしない?」
 まっすぐに、花梨は優季の目を見つめてくる。その視線と言葉に、優季は今一度己の胸に手を当ててみる。
 確かに――花梨の言葉を否定できない何かが、そこにあった。
「それは…そうかもしれません」
「でしょ?」
「でも、もしも、その透明人間さんが怖い人だったら? 乱暴な人だったら、怪我をしてしまうかもしれませんよ?」
「そんなの、あっちだってあたしたちのことそう思ってるかもよ?」
「え…?」
 思いもよらない花梨の言葉。優季はきょとんとして、まじまじと花梨の目を見る。
「知らない人が怖いなんて、きっと誰でも同じだよ。でもさ、怖い怖いだけじゃ、誰とも友達になれないよ」
「ともだち…」
「いつだって、誰だって、どんな時だって、ひとりぼっちなんてつまんないよ。仲の良い友達と、一緒にいたい。そうでしょ? だったら…だったら、『はじめまして、友達になろ?』って、言いたいよ。透明人間とか、そんなの関係ない。あたしは、まだ知らない人と、いっぱい友達になりたいもん」
 そう語る花梨の目はとても澄んでいた。まるで、この世の中に友達になれない人なんていない、そう信じてでもいるかのように。
 その瞳の中に、優季は花梨が『不思議』を追いかける理由の一片を見たような、そんな気がした。
「花梨…さん…」
「だが、うーささ」
 優季と花梨の間に、るーこが割って入る。
「なあに?」
「さっきもうーきが言ったように、その相手は敵意を持っているかもしれない。我々に恐怖心を持っているかもしれない。命の危険もあるかもしれない。もしもそうであるならば…どうするのだ?」
 そう問いかけるるーこの目は厳しい。普段の茫洋とした目とは正反対の目。
 しかし、花梨はそんなるーこの言葉に、笑って応えた。
「どうするって、そんなの決まってるよ」
 一呼吸の間。そして、確信に満ちた言葉が、生徒会室に踊る。
「どうやったら仲良くなれるか、考えれば良いんだよ!」
 ――誰も、何も言葉を発しない。
 あまりにもまっすぐな花梨の言葉。誰もが、何か圧倒されるような気分で、あっけらかんと笑う花梨に目を奪われていた。
 見れば貴明まで呆気にとられたような顔をしている。
『そっか…』
 不意に、優季はミステリ研に入部した時のことを思い出す。花梨の強引な勧誘を断り切れなかった、あの時。それは、たぶん自分の気が弱かったからではなく――。
『ちょっとだけ、羨ましかったのかな…』
「……なるほど……ふふ、うーささらしいな」
 ふ、と緊張の糸が解け、るーこが花梨に微笑みかける。先ほどの厳しい光はもうなかった。
「しかたない。…うーささはるーの友達だ。友達の頼みなら、聞いてやらねばなるまい」
「あはっ。ありがとう!るーこちゃん!」
「ふふ…じゃあ、私も手伝わないといけませんね?」
「優季ちゃんも!」
「ええ、友達ですから」
 そう言って、優季はにっこりと花梨に笑いかける。先ほどまであまり乗り気ではなかった透明人間探索だが、そういう考え方なら楽しく思える。存在自体にはまだまだ懐疑的だったが、いるかいないか判らないものをわいわい騒ぎながら探し回ってみるのも、なにやら宝探しのようで面白そうではないか。
「お、おいおい…3人とも、本気かよ?」
 と、そんな優季たちに半ばついていきかねたのか、貴明が声を上げる。入部して半年、どうやらまだまだミステリ研に染まり切れていないようだ。
「んー? 別にたかちゃんはいいんだよ〜? 無理しなくっても、女の子3人だけで。ねー?」
「ふふ、そういうことだ、うー。怠け者は教室でゆっくりしているがいい。るーたちが透明人間を連れてくるまで指をくわえて待っていろ」
「怠け者って…ちょっと、草壁さんも何とか…」
「残念ですが…」
 口元に手を当てて、優季はいたずらっぽく笑う。その途端、まだ言い終わらないうちに、貴明の顔がふにゃりと歪んだ。この後に続く台詞を予想したのだろう。
 実はこういう時の貴明の表情が、優季は少し好きだった。なんとはなしに、周囲に影響されているのかもしれない。
「私、ミステリ研究会の会員さんですから。ね?」
「ねー!」
「るー」
「ふふ…。貴明さん、どうします?」
「……わかったわかった、手伝うよ、手伝うからのけ者にすんのはやめてくんない?」
 そう言って、貴明は両手を挙げて降参のポーズを取ると、大げさにため息をついた。何を言っても無駄と判断したようだ。その様子に優季はくすっと笑うと、改めてメンバーを見渡した。花梨、るーこ、貴明、優季。4人もれなく揃って、ミステリ研は全員参加である。
「むー、そこだけ盛り上がっとるー」
 と、そんな様子に置いてけぼりのような感じがしたのか、珊瑚からブーイングが入った
「貴明たちだけずるいー。ここにいるみんな、全員参加やで? なー?」
「さ、さんちゃん、ホンキなん?」
「瑠璃ちゃんは嫌なん?」
「い、嫌ってわけやないけど、でも…」
「じゃあ、瑠璃ちゃんもいっしょなー?」
「はぁ…。まぁええよ。イルファたちが一緒なら、危ないこともないやろし」
「まぁ、瑠璃様! そんな信頼を寄せていただけるなんて…感激です!」
 瑠璃の言葉になにやらきらきらと目を輝かせて、イルファが喜ぶ。そのままがばっと瑠璃の抱きつくと、嫌がる瑠璃をがっちりロックしつつ、思うさまほおずりを始めた。
 噂に聞く『感情を持つメイドロボ』は、少し愛情過多のようである。
 ともかく、生徒会室にいる他の面々も、探索活動から外れる意志はないようだ。全員、多少苦笑しつつも、この場から去る様子は微塵もない。
「あはっ。これだけいれば、きっと見つけられるよ! 全員で…12人も!」
 周囲の様子が一方向に揃っていることを確認し、花梨が嬉しそうに笑う。
 と、不意に生徒会室に聞き覚えのある声が轟いた。
「ちょーっと待ったっ! あちしのこと、忘れてもらっちゃー、困るねぇ」
「まーりゃん先輩!」
 見ると、いつの間にか開け放たれていた窓枠に仁王立ちになって、まーりゃん先輩が高笑いをあげていた。
「ていうかどこから…」
「細かいことはノープロブレム。お祭り騒ぎにあちしを入れないなんて、クリープの入ってないコーヒーみたい、みた…、み…わわわわわわ!」
 不自然な場所に立っている上に胸を反らして高笑いをしたせいで、どうやらバランスを崩したらしい。腕をぶんぶんと振り回しながら身体を前後させ、スローモーションのように背中側に倒れ――
「ひぃえやぁあああああ!!??」
「っと! 危ない!」
 ――と、間一髪のところで、瞬間移動のようにミルファが窓際に移動し、がしっと哀れなOGの足首をつかんだ。
 かろうじて危機回避――と思いきや、しかし、つかんだのはあくまでも足首である。背後への転倒を支えるには、いささか力点支点の場所が悪すぎた。
 そのまま掴まれた足首を軸にして、まーりゃん先輩の身体が勢いよく半回転し――

 ゴンッ!!!!

 と、なかなか悲劇的な音が生徒会室の中に響いた。後頭部を壁に打ち付けたのだろう。

「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………う……………………うわぁああああああん!痛いよーーー!!!!」
 死んだか? と、思わず全員蒼白になった生徒会室だったが、火の付いたような泣き声が窓外から聞こえて来るや、一気に弛緩した。
 まーりゃん先輩なら仕方ない…と言った風情である。そもそもいったい何をしに出てきたのか、これではさっぱり判らない。
 ともかく、ずりずりとミルファが生徒会室に引っ張り上げると、まーりゃん先輩の後頭部に漫画のようなでっかいタンコブが出来ていた。
 あわてて優季が、先ほど貴明のために出していた救急箱の中から湿布と包帯を取り出して治療に当たる。驚くべきことに骨は折れていないようだが、見た目は刺激的に重傷である。
「だから、あっちで遊んでてくださいって言ったのに…」
 呆れた様子で、ささらがため息混じりに呟く。こんなことは日常茶飯事なのか、怪我の具合にもあまり悲観的な様子はないようだ。
 もっとも――
「やだやだやだーあ! あちしもさーりゃんたちと遊ぶんだーーー! 遊ぶったら遊ぶーーー!」
 ――床に座りながら子供のように手足をじたばたさせて、ぱんつが丸見えなのも気にせずダダをこねる小さなOGの様子自体が、そもそも悲観的という言葉からほど遠かったのだが。
「やい、そこの黄色いの!」
 と、不意にじたばたをやめると、優季が包帯が結び終わるのも待たず、いきなり立ち上がりるまーりゃん先輩。そのまま、びしぃっ! とばかりに花梨に指を突きつける。
「な、なに? っていうか、黄色いのって…」
「ミステリ研だかオカルト研だか知んないけど、こういうことにかけては、生徒会の方が経験は上なんだかんなー!」
「え?」
「生徒会とは世を忍ぶ仮の姿…しかしてその実態は、闇に蠢く悪を斬り、白日の下へと引きずり出す恐怖の使者!」
「きょ、恐怖?」
「……? いや、正義の使者!」
 言い直したが時すでに遅し。この場の全員に『恐怖の使者』と言うフレーズがインストールされた。…どちらかというと『卑怯の使者』というような風情ではあるが。
「アストラルバスターズたぁ、あちしたちのことだぁーっ!」
 ババーン!と言う効果音がきっと頭の中では鳴っているのであろう。腰に手を当てて、多少上向き加減で得意げに名乗りを上げる。
 もっとも、頭にタンコブ、顔は涙目、包帯は巻きかけ、おまけに恐怖の使者では威厳も何もあったものではない。
 加えて、ささらが何やら思い出したくない過去でもあるかのように「あれは好きでやっていたわけでは…」と呟いたものだから、余計にキマらない。
「…で、そのアストラルバスターズが?」
「狐狸妖怪幽霊物の怪、そういうのにかけちゃー、こっちも専門だかんね。たかがミステリ研に負けたとあっちゃー、生徒会の名折れ!」
「た、たかがって言ったわね!」
 ある意味不屈の闘志で吠えるまーりゃん先輩の迫力に若干押され気味の花梨であったが、『たかが』という副詞に反応したのか、体勢を立て直してきっとにらみ返す。
「言っとくけど、こっちのメンバーは凄いんだかんね! るーこちゃんは宇宙人だし、優季ちゃんは優しいし!」
「え、ええっ!?」
 いきなり自分を前面に出されて、優季が驚く。弾みで巻きかけの包帯をぐいっと引っ張り上げてしまい、その衝撃で「はぎゃっ!?」と目前の患者から悲鳴がこぼれた。
「あ、ああっ!すみません!」
「痛い〜…」
「Good Job!優季ちゃん!」
「こ、これはわざとじゃないです!」
「うう〜…なんだよなんだよ、みんなして…。くっそ〜、やっぱり真剣勝負は避けて通れないようだな!」
「ていうか、先輩ぜったい避けて通るつもりなかったでしょ…」
「たかりゃんうるさい!」
「勝負って、どうするの?」
「ルールは簡単。先に透明人間を捕まえた方が勝者。敗者は勝者の言うことをなんでも一つだけ聞く、ってのはどうよ?」
「む…」
「いいだろう。その勝負、受けて立とう」
 少しだけ逡巡した花梨を押しのけて、るーこが突然勝負を受諾する。見れば両手をバンザイのように天に突き上げた、いつもの『るー』のポーズで、自分と同じ桃色髪の先輩に対峙していた。
「るーこちゃん!?」
「挑まれて背を向けるは戦士の恥。族長の娘として、それはできない。いいだろう、小さきうーよ。このるーが相手になってやる」
「あ、あの、みなさん、まだ透明人間が『本当にいる』って決まったわけでは…」
 話しの条件が『いるかいないか判らないけど探す』から『いること前提で勝負!』にすり替わっていることに気づいた優季が慌てて制止に入るが時すでに遅し、まーりゃん先輩とるーこのみならず、花梨にも火が付いたようだ。
「よ、よーし! あたしも覚悟決めたっ! ミステリ研と生徒会、どっちが先に見つけるか、勝負!」
「待ってください! 花梨さん、落ち着いて!」
「負けないんだかんね、先輩! きっちり勝って、言うこと聞いてもらうから!」
「後で吠え面かくなよささりゃん! じゃあ行くぞ。よーい…どんっ!」
「おーっ!」
 かけ声一閃。転がるように生徒会室の扉から表に出て行く、お騒がせ3人組。もちろん、後に続く者など誰もいない。
 勝負なんかにつきあっていられない――というのもあるが、それ以前に致命的なミスがあることに、誰もが気づいていたからだ。
 すなわち――

 ガラッ!

 ものの数秒も経たないうちに、再び開け放たれる生徒会室の扉。
 外にはつい今し方出て行ったまーりゃん先輩、花梨、るーこの姿があった。


「…………………で、どこ探せば良いんだっけ!?」


 ――その後、ひとしきりささらの説教が3人の頭上に降り注いだ後――あらためてチーム編成が行われ、手分けして探索に当たることになった。
 実に、会議開始から40分もの無駄な時間を費やした後、ようやく透明人間探索が開始されることになった。



     ※



「タカ君」
 生徒会室を出た貴明に、追いかけてきたこのみが声をかけた。
「ん? なんだよ」
 あの後、ミステリ研究会チームと生徒会チームを軸に、再度メンバーの振り分けが行われ、その結果、生徒会室での連絡員チームを含めて3チームが編成された。
 すなわち以下の通り。
 ――ミステリ研究会特別探検隊…花梨、優季、るーこ、瑠璃、イルファ
 ――生徒会アストラルバスターズ…貴明、まーりゃん先輩、由真、愛佳、ミルファ
 ――透明人間捕獲プロジェクト作戦総本部…ささら、このみ、珊瑚
 貴明が生徒会チームに加わることにはミステリ研究会から大いに抗議の声が上がったのだが、『貴明が抜けると、現役生徒会員が一人もいない』というささらの説得で、結局このメンバー構成に落ち着いた。
 そして、いざ気を取り直して目標を捜索せんと、捜索隊が生徒会室を出た後、このみが貴明の下へ駆けてきたのだ。
「こ、こっちに…」
 そして、貴明の手をひっつかむと、そのまま前を行く部隊と足並みを異にして、物影に貴明を引っ張り込む。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「ねえタカ君、このみと一緒に来られない?」
「は?」
「みんなと行っちゃだめ。お願い、このみと一緒に、ユウ君を捜して?」
「え?何?雄二? おいおい、いったいどうしたんだよ」
 何やら思い詰めたような表情で、このみが貴明に懇願する。しかし、貴明にしてみれば、なぜそんなお願いをされるのかわからないので、何とも応えようがない。
 だが、そんな貴明の様子に、このみはますます深刻そうな顔になると、やがてぽつぽつと信じられないことを語り出した。
「……タカ君には言っちゃうけど…たぶん、透明人間って、ユウ君だと思う」
「はあ!? なんでだよ、そんなわけないだろ。雄二が…」
「タカ君の言いたいこと、判るよ。でもホントなの」
「いや、ホントって言ってもな…」
 納得できない様子の貴明。無理もない、友人が透明人間の正体だ、と言われてすぐに信じるような者はこの世にいないだろう。
 だが、このみは少し頭の中を整理しているような素振りを見せた後、一つ一つ言葉を選ぶように貴明に問いかけ始める。
「ねえタカ君、今日、ユウ君のこと見てないでしょ?」
「見てないけど…。でも、どうせどっかでサボってるんだろ? タマ姉もいないことだし」
「違うの」
「だから、なんでだよ」
「最初は私も、気のせいかな、違うかな、って思ってたんだけど、でも…」
「でも?」
「何となく気になって、捜してみたんだ、ユウ君のこと。そしたら、裏庭の焼却炉のところで…」
「ところで?」
「…ユウ君の制服が、隠してあって…。木の陰に」
「…なんだって?」
 その言葉に、さすがに驚く貴明。
 だがこのみの話は終わらない。さらに驚くべき事実がその小さな口からこぼれ出す。
「だから、制服。学生服…。胸ポッケに、生徒手帳もあったし。それと、あの…くつしたとか、シャツとか…、それと、あの、ぱ、パンツも…」
「………まじか」
 ここまで来ればさすがに絶句せざるを得ない。服だけならともかく、下着まであったとなれば、もう話は別次元である。
「タカ君たち、今日は体育の授業、ない日だったよね? だから、体操服もないだろうし、すっぽんぽんで歩き回ってるはずなのに、誰も何も騒いでないし…」
「………まじか………」
「だから、お願い、ユウ君のこと一緒に捜して?」
「あのさ、このみ…」
「うん?」
 ひとつ、頭に浮かんだ疑問を貴明は口にする。それは、この問題の根源を支えている前提条件のことだ。
「なんで、雄二だって思ったんだ? 何がきっかけだったんだ? 少なくとも、久寿川先輩たちに見つかるまで、透明人間なんて誰も気づいてなかったはずなのに」
「………あのね、体育が終わって、着換えようとした時………ユウ君がいるような気がして………あ、でも、それはこのみがそう思っただけなんだけど、でも、やっぱりあれはユウ君だったと思う。ずっと、女の子の着替えとか、見てた」
「………………………まじか………………………」
 三度、同じ台詞。ため息混じりに宙に舞うそれは、呆れの要素がたっぷりに添えられていた。このみの言葉が本当なら、3年生の更衣室のみならず、1年生の着替えまで覗いていたことになる。
 常日頃、年上のお姉様が好きだとか何とか言っているくせに、どうやら本人が語る以上に節操がないようだ。
「あ、でもでも!」
 と、貴明のため息に何か別の意味を感じ取ったのか、不意にこのみが真っ赤になった。
「このみは、なんだか嫌な気がして、保健室で着換えたから! だから、このみのは見られてないよ? うん、ぜったい!」
 突然声を張り上げながらずずいっと身を乗り出すこのみ。迫力に押されて貴明が半歩下がるほどの勢いだった。
「え? あ、そ、そう…」
「このみのは…、だって…、タカ君が…」
「ん? なんだ?」
「あ、ううん、なんでもない。それより…ね? このみと一緒に来てくれるでしょ?」
「…そういや、3時限目の放課の時、電話してきたっけな。雄二のこと見なかったかって……あれはそういうことか」
「ねえ、ユウ君には、もうあんなことしないようにって、このみがちゃんとお願いするから。だから、一緒に捜して? このままじゃ、ユウ君がお巡りさんに捕まっちゃうよ。それに……」
「それに?」
「……タマお姉ちゃんにばれたら、ユウ君、死んじゃうかも……」
「……そだな……」
 万が一、向坂環にこのことが知られた時のことを想像して、貴明の背筋にぞくぞくと悪寒混じりの冷や汗が流れた。環の必殺技・アイアンクローで無惨に顔面を握り潰された雄二のイメージが、やけにリアルに想起されたのだ。
「でも、このみはいいのか? 雄二のこと、怒ってないのか?」
「だって…、友達だもん。もうしないって約束してくれたら、いいよ」
「……そか。偉いな、このみは」
 そう言って、貴明は小さな幼なじみの頭を少し撫でた。くすぐったそうに、このみが目を細める。
 花梨といい、このみといい、今日はやけに友達について考えさせられる日である。
 ――が、その時二人の背後から、不意に別の声が響いた。
「ふーん…そういうこと、か」
「え? あっ…」
 そこには、先に行ったはずのお団子頭の少女が、ジト目も良いところの視線で二人のことを見ていた。
 姫百合瑠璃である。
「る、瑠璃ちゃん…!」
 腕を組み、左足に少し体重を預けながらじっと二人を見ている様子は、掛け値なしに怖かった。ひいき目に見ても怒っている。
「なるほどなー。あん時、なんや妙〜に気にしとったんは、そう言うことやんな?」
「あ、あの、あのあの…」
「あのケーハク男、ウチらの着換え覗いてたんか。しかも、さんちゃんの替えのパンツまで盗みくさって、とんでもないヘンタイや」
「る、瑠璃ちゃん〜」
 瑠璃の追求に、みるみるこのみがパニック状態に陥っていく。なんだかんだ言ってもいつも味方になってくれる貴明と比べ、瑠璃がそこまでおおらかであるようには考えられない。どうやって説得したらいいか、考えがまとまらないのだろう。
「ていうか、下着まで盗んでたのか雄二…」
「あーあ、やっぱヘンタイの貴明の仲間やな〜。揃いも揃って、しっかりヘンタイコンビやで、ホンマ」
「瑠璃ちゃん、お願い、みんなには黙ってて!」
「んー?」
「あ、あの、きっとユウ君には、もうしないって約束してもらうから。だから、お願い…」
 すがりつくようにこのみが哀願する。しかし、瑠璃はと言えば、そんなことでは怒りが収まらないとでも言うように、軽くこのみをあしらう。
「でもなー。ウチも着換え見られたやんなー?」
「あ…う…」
「さんちゃんもやし、他の子もやな。そんなん、黙っててええんかなー」
「そ、れは…」
「どーしよっかなー、やっぱセンセに報告かなー」
「………………」
 ついに何も言えなくなってしまったらしく、しょぼんとうつむいてしまうこのみである。雄二を助けてやりたいと思ってはいても、そこはやはり『悪いことは悪いこと』として、目の前でこう言われてしまってはどうしようもないのであろう。
 しかし、そんなこのみの様子に、瑠璃が思いもよらない言葉を口にした。
「…ええよ」
「え?」
「ええよ、黙っといたっても」
「え?え? なんで? どうして?」
「なんや、やっぱり黙っとかんほうがええん?」
「う…ううん!ううん!」
 あわててぶんぶんと首を横に振る。しかし、なおも『信じられない』というような表情だ。そんなこのみを見ながら瑠璃はくすっと笑うと、打って変わって柔和な表情になった。
「このみはさんちゃんと仲良ぉしてくれるしな…。ま、一回こっきりやけど、ええよ。それと一緒に捜したる。一人でも多い方が、ええやろ?」
 そう言って、にこっと笑顔になる瑠璃。どうやら、最初からそういうつもりだったようだ。
「あ、ありがとう…。瑠璃ちゃん、ありがとう!」
「俺からも礼を言うよ。ありがとう、瑠璃ちゃん」
「…ふん。貴明に礼なんて言われても、嬉しないわ」
 二人ともに同時に感謝の言葉を言われたのが照れくさかったのか、少し赤くなってそっぽをむきながら憎まれ口をたたく。
「それに、落とし前だけは、きーっちりつけさせてもらうでな? えっちぃことしたバツや! 思う存分、ウチの怒りの鉄拳を受けてもらうで! こればっかりは、頼まれてもうんって言わへんからな!」
「ああ、そのくらいはいいさ。あいつも少し、痛い目を見ておかないとな」
「はん、少しやあらへんで。あの男ぉ、生まれたんを後悔するくらいしばき倒し…」
 ――と、その時、瑠璃の言葉をさえぎるように、廊下の向こうから聞き覚えのある声が響いてきた。
『瑠璃さまー! 瑠璃さまー! どこに行かれたのですかー!?』
 大声で瑠璃の名を呼ぶその声は、誰あろうイルファのそれだった。
 どうやら、先に行ったミステリ研チームに配属されたイルファが、瑠璃がついてきていないことに気づいて探しにきたらしい。
「ちょ、貴明! 前、前出ぇな!」
「え? ちょっと…」
 その声を聞いた瞬間、血の気の引いた様子の瑠璃が、大慌てで貴明の背中の後ろに回りこむ。どうやらイルファの目から隠れているらしい。
 もっとも、貴明たちがいる場所はもともとイルファたちのいる廊下から陰になっているので、そんなことをしなくても、そう簡単に見つかりはしないのだが。
『もう…。どこに行かれてしまったのかしら…。せっかく瑠璃様と学校をお散歩できると思ったのに…』
 独りごちるイルファの声。
 さらに、その声に被さるかのように、他ミステリ研メンバーの声が聞こえてくる。
『散歩って、イルファさん! 散歩じゃないってば! そんなんじゃ生徒会に負けちゃうじゃない!』
 少し怒気を含んだ花梨の声。こちらは、おおかた瑠璃を探し始めて隊列から離れたイルファを追いかけてきたのだろう。
『あ、ああっ、すみません、そう言う意味では…』
『もたもたしていられないぞ、うーささ、いるーふぁ。かなり出遅れている』
『ほらほら! 早く! あたしたちはあっちを捜すんよ!』
『あ、みなさん待ってください、もうちょっと計画を立ててからの方が…』
『瑠璃さまー! 後でちゃんと合流してくださいねー!』
『るぅ〜〜…』
 そして数十秒――、賑やかな声たちが遠ざかっていくと、入れ替わりのように、貴明の背中にひっついていた瑠璃が表に出てきた。
 何やらむすっとした顔で、窓の外でも見ているかのようにそっぽを向いている。
「…なるほど、ね」
「な、なんやの」
 なんのことはない。なんだかんだと言っていたが、真意はひっついて離れないイルファから解放されたかっただけのようだ。
「まぁ、イルファさんも、ちょっと強引なところがあるからなぁ…。瑠璃ちゃんが逃げちゃうのも、無理ないか」
「に、逃げてんのとちゃうぅ〜っ! ちょ、ちょっと…散歩しとうなっただけやんか」
 貴明の言葉に真っ赤になって言い返す瑠璃。
 このみがその様子を見てくすっと笑い――どうやら、いつもの調子になってきたようだ。

 なにはともあれ、ここに第4の勢力――向坂雄二救出部隊が結成された。メンバーは貴明、このみ、瑠璃の3名。
 ミステリ研か、あるいは生徒会に捕まるのが先か、貴明たちが助けるのが先か、はたまた雄二が透明人間のまま逃げおおせるか――レースのシグナルは、今、ブラックアウトしたのである。


「あ、そういえばこのみ」
 と、貴明が先ほどから気になっていたことを口にする。
「なに?」
「雄二の制服、どうしたんだ? そのままか?」
「ううん、生徒会室のロッカーの中に入れておいたよ。だって、あんなところに置いておいて、誰かに取られちゃったらたいへんだもん」
「…………そ、そうか…………」
 貴明の脳裏に、隠しておいた服がなくなって涙目になっている雄二の顔が思い浮かんだ。
 悪気はない――このみには、悪気なんて何一つなかったんだろう。それでも――
 貴明は心の中で、今まさに真綿で首を絞められているような気分を味わっているであろう悪友に合掌した。



――――――――――――――――後編につづく


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